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「ラーメン屋なんてやめろ!」と断言するプロレスラーのビジネス書《週刊READING LIFE Vol.63 2020年に読むべきBOOK LIST》


記事:篁五郎(READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部)
 
 

ビジネス書というのは、多くの場合が「こうすれば成功する」といった内容がほとんどだろう。
 
スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツの自伝が売れるのは、成功した人の話を読むのが楽しいからだ。だから、ビジネス書を売るためには成功願望をくすぐるように「こうすれば成功する」といった話になることが多い。
 
しかし、やってはいけないことしか載っていないビジネス書が発売された。
 
その本はプロレスラー・川田利明が書いた『開業から3年以内に8割が潰れるラーメン屋を失敗を重ねながら10年も続けてきたプロレスラーが伝える「してはいけない」逆説ビジネス学』という本だ。
 
タイトルの長さに驚くが「してはいけない」とカギ括弧で強調しているのも失敗例ばかり載っているのがうかがえる。
 
王道と逆をいく本を紹介する前に川田利明について少し話をしておきたい。本のタイトルにあるように川田利明はプロレスラーだ。ジャイアント馬場が設立した全日本プロレスに国体優勝の看板をひっさげて高校卒業後に入門。7ヶ月の新弟子時代を経てデビューをしたが、なんと205連敗と若手時代は全く期待をされていなかった。
 
ところが、滑舌が悪すぎる男こと天龍源一郎に見いだされて台頭をしてきた。天龍が全日本プロレスを離脱した後は、高校の一つ上の先輩で後にプロレス界の歴史に名を残す名レスラー・三沢光晴や小橋建太、盟友となる田上明と激闘を繰り広げていった。彼らのあまりに激しい攻防と脳天からたたき起こす厳しい技の応酬は「四天王プロレス」と呼ばれて90年代のプロレスブームに一役買った。
 
だが、2010年に突如として東京の世田谷にラーメン店「麺ジャラスK」を開店し、2019年に10年目を迎えた。店名は川田のレスラー時代のキャッチコピー「デンジャラスK」をもじったものだ。
 
ご存じの通り有名人の飲食店は、名義貸しが多い。タレントショップがその最たる例なのはいうまでもない。プロレスラーの飲食店だと、新宿・歌舞伎町に「アントニオ猪木酒場」という居酒屋があるが、もちろん猪木はいない。店内にリングがあって猪木の人形が置いていて、料理やドリンクに猪木をモチーフにしたメニューがあるくらいだ。他にも武藤敬司が焼き肉店をやっているが「プロデュース」と宣伝に使っているのでもちろん武藤はいない。こちらのお店も武藤にちなんだメニューがある程度だ。
 
しかし、川田のラーメン店は本人が仕込みから調理までやっていて、奥様がフロアを担当している。つまり川田本人がラーメン店の経営で体験した失敗を並べて「やってはいけない」ビジネス書なのだ。
 
しかも目的は前書きに書いてあるが、ビジネス書としては異例だ。
 
《この本を読んで「こんなに大変なら、やっぱりラーメン屋になるのはやめよう」と思ってくれる人がいたほうが、俺はいいと思っている。
こんなに成功する確率が低いビジネスに、人生賭けてチャレンジするなんて本当に無謀なこと。チャレンジというより、これはもう無謀だからね》

 
いきなり、ラーメン屋にならないようがいいと断言しているのだ。だが、川田の言っていることには裏付けしているデータがある。2015年に飲食店の出店開業支援サイト「飲食店.COM」が発表した「閉店した飲食店の業態と営業年数の調査結果」によると、開店したラーメン店の約4割が1年以内に閉店し、3年以内には3割も閉店しているという結果が出ているのだ。川田はこのデータを元に「潰れる可能性のほうが高いからやめろ」言っているのだ。
 
しかし、ネットで調べてみると成功した事例も紹介されている。例えば人気ラーメン店・くじら食堂の店主は、食肉卸の営業マンから有名店の麺や 七彩で3年間修行を積んで独立して僅か1年で行列ができる店を作り上げた。店主は開業前から緻密なシミュレーションと周辺調査で、客層とターゲットを分析してからの出店をしていたそうだ。
 
では、川田の場合がどうだったか?
 
兎に角、開業するときから失敗したエピソードだらけだった。店舗を選ぶときも失敗している。ラーメン屋をやるときに重要なのは立地だ。ラーメン屋を潰さないために必要なのは端的に言えば
 
・立地
・客層とラーメンの相性
・価格設定
 
この三つで説明がつくそうだ。まずくて潰れるというのはほぼないという。しかし、川田のラーメン店は最寄り駅の小田急線・成城学園前駅から歩いて15分もかかる。筆者も何回か行ったことがあるが15分歩くとなると夏は暑くてきつく、冬は寒くてつらい。行く側にも覚悟が問われるのだ。しかも途中に急な坂道があるのがこれまた客の心を折りにくる。
 
本にも書いているが本当に立地が悪い。しかも川田の店がある通りはセブンイレブンやすき家、バイク王といった有名チェーン店が撤退するほど悪いそうだ。近所に住んでいる川田はその事実をよく知っていたという。しかし、この場所にしたのかは、本にいくつか明かされているが一つだけ記しておく。
 
《自分で店を持つ以上は仕込みから片付けまで、すべて自分でやりたい、という希望があった。だから自宅から通いやすい、この場所をオープンの地として選んだ訳だ。》
 
実際に10年近くほぼ毎日厨房に立ち、ラーメンを作り続けているからその理由は間違いない。川田も店舗選びに失敗したことは認めている。
 
後は、開業するときに気になるお金の話もきちんと盛り込んである。ラーメン屋を開くのに約1000万円ほどかかると言われている。事例として1階12坪(40㎡)の店を都内に出すという前提だと、賃料が22万5千円。保証金が賃料の6ヶ月分、礼金が賃料の1ヶ月分かかる。
 
この他に
 
内装工事費:500万円
外装工事費:100万円
厨房設備工事費:300万円
空調設備工事費:100万円
券売機・備品購入費:200万円
 
その他:50万円
 
これらをすべて足すと1400万円ほどになるそうだ。居抜き物件なら1000万円ほどで済む。
 
川田は、居抜き物件を借りたにも関わらず借りた店舗にはラーメンに必要な機材は何一つ残っていなかったそうだ。仕方なしに一から機材を揃えていったが、1000万円でも足りなかった記している。さらに実店舗を経営していく川田からの提言がある。
 
それは維持費だ。
 
ラーメン屋の維持費と聞くと家賃や光熱費を想像しがちだが、他にも機材の保守料がかかるという。これがローンが終わっても支払いが続いていくのだ。例えば、エアコン。小さい店舗だと家庭用ので十分だが大きいと業務用にしないと役目を果たしてくれない。川田の店舗は、ラーメン屋としてはかなりの大きさなので業務用のエアコンを入れたのだが、保守点検の費用を支払わなければならないのが大きな負担だという。
 
しかしながら、エアコンが壊れたら商売にならないので泣く泣く加入したそうだ。他にも食材を保存する業務用冷蔵庫、麺を茹でる機械なども保守料がかかるそうだ。しかも、駅から遠いので駐車場も4台分借りているからそれも維持費として毎月福沢諭吉が飛んでいく。
 
これも計算に入れて経営を続けてないといけないからやめろというのだ。実際に川田を店を残すために少しでも経費を浮かそうと、自分の手でできることはなんでもしたそうだ。オープンの時に買ったテーブルや椅子の修理からエアコンのダクト工事までこなしたという。
 
手先が器用で全日本プロレスの練習生時代にも一人でちゃんこ鍋の買い物から調理までこなしていたが、その特技が役に立ったと綴っている。先輩レスラーから「つみれ鍋が食べたい」と言われても見よう見まねでいわしをさばいて調理したこともあるくらいだそうだ。
 
この話を読んだときにプロレスファンは目を疑ったはずだ。プロレスラー・川田利明のファイトスタイルは、不器用かつ無骨で無口なキャラクターだった。リング上でマイクパフォーマンスなんてほとんしたことがない。試合後のインタビューも二言三言くらいしか話さない。実は器用で何でもできる川田が、不器用で無骨なキャラクターを10年以上演じていたというわけだ。
 
その理由は本を読んでみればわかる。プロレスファンならばきっと頷いてしまうだろう。
 
そんな川田が失敗の理由として挙げている一つが「自分のこだわり」だった。仕込みと片付けも自分でやりたい川田は、出す料理もすべて「手作り」にこだわっている。
 
ラーメンのスープはもちろん、トッピングのチャーシュー、煮卵、メンマも手作りだ。それくらいなら自作しているラーメン屋も多い。だが、川田の店はから揚げも看板メニューで、そちらも手作りだ。夜はお酒も飲めるようにおつまみに出すメニューも多い。マッシュポテトなどのサイドメニューもすべて手作りなので、仕込みはずっとやっているという。
 
朝はランチに出すラーメンの仕込みを8時には店に入って始めている。スープ作りは力仕事なので終わる頃に汗だくだ。開店前にシャワーを浴びに一旦帰り戻ってきてランチの開店をする。昼休みは夜の仕込みで食事を取る暇もないという。定休日も店で仕込みをしており、ラーメン屋をやって以来、休みらしい休みはないそうだ。しかも営業中はずっと立ち仕事でプロレス時代に怪我した膝は痛み、腕には力が入らない。激務で115kgあった体重は30kgも落ちてしまった。川田はどうしてもラーメン屋をやりたいなら体力が必要で、すべて手作りというこだわりは失敗したと綴っている。
 
他にもこれでもかというくらい失敗のエピソードを語っている本はあまり見かけないが、まだまだ怒濤のように続いていく。
 
しかも、開店して1年くらい経ったときに本当に資金続かずに閉店するかを考えたそうだ。しかし、撤退しなかった。本人も「今思えば、あそこがリアルな辞めどきだった」そうだ。それでも辞めずに続けてきたのは…… 何か?
 
それは「せっかく来てくれたプロレスファンに自分が作る美味しいラーメンを食べてほしい」「大口のスポンサーが現れて運転資金を援助してもらった」などの美談でもない。ましてや「美味さが評判になって行列ができるお店になった」といったミラクルが起きたわけでもない。
 
その理由は明かしてしまうと本の売り上げに響くので記さない。ただ、一プロレスファンとして「川田らしいな」としか思えなかった。
 
だが、川田の行動だけは本人もあちこちで言っているので残しておく。
 
それは、所有していたベンツを3台売って店の運転資金に回してしまったのだ。それでも足りずに保険を解約して赤字を補填したのだ。そんな経験をしている川田だからこそ「ラーメン屋にはなってはいけない」と断言しているのだ。
 
しかし、ダメと言って失敗例を挙げるだけではビジネス書として失格だ。中には「それでもラーメン屋を開業したい」という人も出てくる。そんな人たちに向けて『俺だけの王道 辛口10箇条』というのがこの本の最後に書いてある。
 
印象的だったのは『新規オープン時でも不格好な接客をしてはならない』という内容だ。川田は自身でも語っているが、本当はひっそりとラーメン屋を始めて軌道に乗ってきたら「実はラーメン屋になっていたんだ」と告白したかったという。ところが、仕事で大阪に行ったときに飲食店用の道具が揃っている千日前道具筋商店街で寸胴などの厨房に置く機材を買って持ち帰りするなど目立つ行動をしたせいか、開店前にネットで
 
「川田がラーメン屋やるって」
 
そんな書き込みをされて店の場所まで知られてしまったそうだ。おかげで開店日は大行列ができてしまい、近隣に迷惑をかけた上にお客さんを長時間待たせてしまって大失敗をしたそうだ。それが10年経った今でも「手際が悪い」「ラーメンが出てくるのが遅い」と印象づけられているそうだ。
 
飲食店は「新規オープン」いう甘えが許されない世界だ。川田がいたプロレス界はデビュー仕立ての選手には優しい。技もドロップキックとチョップと逆エビ固めくらいしかないがそれでも許されるのだ。ファンは「できなくて当たり前」だと思って観戦している。若手レスラーに求めているのは「負けてたまるか!」という気持ちの面だ。しかし、飲食店はいくら新規オープン店の料理人が気持ちを込めて料理してもお客はそんなの気にしない。美味いかまずいかを情報や印象で判断されるのだ。
 
プロレスとは違った業界で10年も奮闘して、今でも店でラーメンを作っている川田利明の言葉は重い。
 
ラーメン屋をやるつもりがなくても読んでみてほしい。

 
 
 
 

◽︎篁五郎(READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部)
初代タイガーマスクをテレビで見て以来プロレスにはまって35年。新日本プロレスを中心に現地観戦も多数。アントニオ猪木や長州力、前田日明の引退試合も現地で目撃。普段もプロレス会場で買ったTシャツを身にまとって港区に仕事で通うほどのファン。現在は、天狼院書店のライダーズ俱楽部でライティング学びつつフリーライターとして日々を過ごす。

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