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「『変わらざるもの』『変わるべきもの』を持ち続ける」《週刊READING LIFE Vol.63 2020年に読むべきBOOK LIST》


記事:高林忠正(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

百貨店の地階の食品フロアは光に満ちている。
 
食という品物が持つ特性だろうか、私たちの視覚、聴覚、さらには体感覚を刺激される。
 
暮れの12月はじめ、年末の手土産を購入するために、かつて勤務していた百貨店の地下の食品売場を訪れた。
インフォメーションの前は、その日の百貨店の顔ともいうべきエリアである。
通称、デパ地下スイーツ。その日はフランス人パティシエによる期間限定ケーキが販売されていた。
日本にはない原色づかいの洋菓子の数々。
フロアの一角とはいえ、まるでパリコレのファッションショーを見るかのようなその色と形状に足が止まった。
(なにかいいことがありそう)
無意識のうちに、その日の品物のセレクションになにか大きな期待が湧き始めていた。
 
次のコーナーに足を進めると40から50人ほどの行列ができている。
アップルパイである。よく見ると卵の風味のカスタードに煮詰めたりんごがたっぷりのっていて、いままでにない食べごたえが満点のように感じる。
 
さらに通路を直進していくと、焼き菓子のキングともいうべきシュガーウェファースである。
東京限定の品ということで、海外からの旅行者だろうか、クレジットカードでまとめ買いをしている。
 
左右に展開される洋のスイーツを見ながら、甘党のわたしは自分へのごほうびを考え始めていた。
 
焼き菓子もあれば生菓子もある。ベルギーから空輸されたチョコもあれば化粧品メーカーが始めた生チョコもある。
和菓子のコーナーも入れれば、まさに百菓繚乱。
 
視覚、聴覚、想像上の味覚も含めて、私の感情はすっかり解放されていた。
 
和洋菓子のコーナーをほぼ1周した私は、たまたまバックヤードにつながるドアの前に出た。
店舗のなかでははっきり言って端っこのエリアである。
いつも出入りしていたドア。しかし私はOBとはいえ社員ではない。
Uターンをして今来た通路をもとに戻ろうとしたときである。
 
目の前のガラスケースに目が留まった。
下の段には、なつかしい顔があった。
クッキーのプティ・ガトーである。
缶入りのケースに、タテ・ヨコ3センチほどのかわいいクッキーが、一個一個OPPの袋に入っている。
小学校低学年の頃、甘党の父が給料日あとに必ず買ってきてくれた品。
妹と私は1つ1つをなぜか味わおうとしていた。
普段食べているビスケットよりも小型。一気に食べたらもったいないという配慮からだった。
50年前の郷愁を感じながら、なぜその上の段の品物に目が移った。
 
レーズン、マロン、パインの3つの味のフルーツケーキである。
10個入りと15個入りがある。
分けやすく個別包装されている。
 
原色使いの他のショップのスイーツに比べて、なぜか薄い色調の品物である。
3種類というバランスがなんともいえない。
女性にたとえれば、メークバッチリではなく、ナチュラルメークでありながら品の良さを感じさせる品物。
 
買おうとしている手土産は明日持参する予定のもの。
念のため、日持ちを聞いてみた。
「賞味期限は1週間でございます」
柔和な笑みを浮かべたベテランの販売員さんの声に何か安心感を覚えた。
 
普通、このような焼き菓子の賞味期限は3週間から4週間である。
賞味期限の短さは、素材とともにその製法に特殊なものがあるはずである。
さらには大量生産というよりも限定生産に近いことがうかがえた。
これは焼き菓子という1つのアイテムではなく、はっきり言って生鮮食品である。
食の生命線は、「味」とともに「安心」である。
 
気づくと、15個入り2,376円の品物を求めていた。
自分のなかでは、ごくごく自然に買ったという印象しかなかった。
 
「特別な品物なんですね」
品物を受け取りながら、なにげなく聞いてみた。
 
「はい」
彼女は何か話し足りないように思えた。
 
「この品物ってどちらの?」
恥ずかしいことに、ショプ名をそのときまで確認していなかった。
 
「東京會舘でございます」
 
(東京會舘!!)
 
そうだったんだ。
 
クッキーや、洋菓子のギフトにとどまらない。
 
私の勤務した百貨店は、東京會舘と深くつながっていた。
 
日本橋の本店の複数のレストランのなかでも、VIPのお客さまをはじめ、特別なお客さまをおもてなしする特別食堂がある。
特別食堂の洋食は以前より東京會舘のシェフ常駐して、東京會舘のレシピで調理した料理である。
 
お客さまが私たちの店舗を「さすが天下の◯◯ですね!」と称賛していただくベースには、東京會舘の方たちの一方ならぬご尽力があったのである。
 
私たちの店舗ばかりではない。
 
大手町経団連会館で行われる会合、ビュッフェの料理はすべて東京會舘が担当している。
政財界の集まりを、陰で支えている存在である。
1974年、英国エリザベス女王が来日時にお食事をされただけでなく、記念となる料理もある。
故 越路吹雪さんのディナーショーは、イベントのさきがけとしてレジェンド伝説ともなっている。
 
そんな折、辻村深月さんが『東京會舘とわたし』として、東京會舘を舞台とする小説を執筆された。
 
大正9年に創業した東京會舘は3年後の関東大震災で全焼。
大正から昭和にかけて軍部が力を持ち、太平翼賛会が支配したとき。
戦争中の灯火管制のなかでの営業活動。戦後はGHQに接収される運命も経験した。
そのたびに、あらたに東京會舘として生まれ変わってきたのである。
東日本大震災では、帰宅困難な人たちに一晩の休息の場を提供したのである。
 
時代に翻弄され続けた東京會舘。
それは、まるで柳のような柔軟さと、地に根を張るような根幹の強さを感じさせる。
 
「変わらざるもの」があるからこそ、「変わるべき」ものがある。
 
どの時代においても、変わらざるものは、東京會舘としてのミッションである。
 
東京會舘を初めて訪れたた社会人生活2年目のとき。
先輩に連れられて、地方から上京されたお客さまに1階のティーラウンジ『ロッシ二』でお会いしたのである。
ご用命の品物のお届けだった。
まさかこんな場所に連れてこられるとは思わなかった私は、ガチガチに上がりまくっていた。
お客さまは地方の開業医さんだった。
話の内容は覚えていないが、會舘前から東京駅に向かうお客さまをタクシーでお見送りするときだった。
 
「このタイルって、裏が主役なんだよね」
お客さまが壁のタイルを見ながらとつぶやいたのである。
 
裏が主役?
 
はじめはなんのことか分からなかった。
 
お客さまによると、昭和46年、新装なった東京會舘の壁面にタイルを貼るという計画が担当する建築家によって提案された。
そこで、当初の予定では、濃い紺色の色調にしようとして焼いたところが、できあがってみると、関係者の間で裏面の淡い色のほうが東京會舘のカラーに合っているという結論になった。
そこで裏を表にして貼ることになったという。
 
表も裏も大切にする東京會舘。
いや、言い換えれば、表に現れない裏の仕事を決して手を抜かずにコツコツとやり続ける姿こそ、東京會舘の真骨頂と言えるのかも知れない。
 
だからこそ、一流の人たち、心ある人たちがその場所に集うのである。
2020年、東京にオリンピックがやってくる。
新たな日本の歴史が始まろうとしている。
そこには世界的なイベントを表ではなく裏で支え続ける東京會舘がある。
 
辻村深月さんの丹念な取材があって出来上がった本である。
それは、東京會舘という社交の殿堂の歴史絵巻ではなく、未来を生きる人への応援歌と取れる内容である。
 
「変わらざるもの」「変わるべきもの」を持ち続けること。
そのことが、どんな時代であっても、どんなに環境が変化しても、自信を持って人生を歩んでいくための羅針盤と教えてくれる。

 
 
 
 

◽︎高林忠正(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
ベストメモリーコンシェルジュ。
慶應義塾大学商学部を卒業後、三越に入社。
販売、仕入をはじめ、24年間で14の職務を担当後、社内公募で
法人外商を志望。ノベルティ(おまけ)の企画提案営業により、
その後の4年間で3度の社内MVPを受賞。新入社員時代、
三百年の伝統に培われた「変わらざるもの=まごころの精神」と、
「変わるべきもの=時代の変化に合わせて自らを変革すること」が職業観の根幹となる。

一方で、10年間のブランクの後に店頭の販売に復帰した40代、
「人は言えないことが9割」という認識の下、お客様の観察に活路を見いだす。
現在は、三越の先人から引き継がれる原理原則を基に、接遇を含めた問題解決に当たっている。

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