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「呪言」の正しい使い方《週刊READING LIFE Vol.65 「あなたのために」》


記事:長島綾子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 
 

「わぁ、おっきなお月様」
「君のために、置いておいたよ」
 
15年以上さかのぼる。
恋愛が人生の全てだった頃。私の中で一つの恋が始まったばかりであった。
ほろ酔いで歩き出した道の角を曲がると、目の前にまん丸の月が置かれていた。
恋愛真っ只中の女子に、月は恋の象徴である。それを私のために置いておいてくれたと宣う殿。
恋の炎は勢いよく燃え盛った。
 
歯の浮くやり取りである。自分で書いていても恥ずかしい。
それでも、私はこのやり取りを15年経った今も気に入っている。
 
ほどなく殿とは性格の不一致であっさり別れた。
数ヶ月間、毎晩枕をぬらした。
だがこの出来事は、私の人生の一部を「ほろ苦甘酢っぱ色」に塗り替えてくれた。
まん丸の月を見ると、今でもこの夜を思い出す。
 
ここで登場するのが「君のために」というセリフである。
 
「君のために」「あなたのために」「お前のために」
 
これは、かなりキワドイワードではなかろうか。
「あなたのことを誰よりも思っているからなのよ」と美しいニュアンスを漂わせているように見える。
だが深意は「あなたのためにやってあげたのよ」という恩着せがましさと、それを受け入れなければあなたは極悪人ですよというニュアンスをべったりと伴う、「呪言」のように思えてしまうのは私が心汚いからか。
 
例えば、母親からこんなことを言われたらどうだろう。
「あなたがA大学に行きたいと思う気持ちは分かるわ。でも、母親だから敢えて言うわね。あなたの人生の選択肢を広げるためにも、B大学の方があなたのためになると思う。なぜなら私たちはあなたより何倍も人生を経験してきたから。私たちには分かるのよ。悪いことは言わない。経験した者しか分からないことがあるの。あなたが大学を卒業する時、あるいは卒業してから、その選択の意味が分かると思う。あなたのためにも、B大学という選択が正しいわ」
 
一見、子供を思う親心のようであるが、自分の気持ちを押し付ける親のエゴとも捉えられる。あなたはまだ経験していないけれど親は経験して知っているのよ、あなたはまだ世の中を知らないのよ、親のいうことを聞いていれば間違いないわ。と、どんどん思いが恩着せがましく姿を変えていく。17か18年しか生きていない子供より、何十年も生きた私たちの方がずっと世の道理を知っている。確かにそうかもしれない。でも、それを「正しい」として、「正しい」を押し付けることが親のすべきことなのだろうか。失敗させたくないというのも親心かもしれないが、失敗させられたら困るという、親のエゴではなかろうか。
 
また、こんな時はどうだろう。
「ケーキ買ってきたよ。△△屋のショートケーキ。〇〇子好きだと言っていたよね。夕飯の後に食べよう」
家人がケーキを買ってくる。〇〇子は正直、ケーキを食べたい気分ではない。確かに△△屋のショートケーキは好きだ。でもそれより、今夜はワインが飲みたい。
ケーキは生モノだ。その日の夜か、せいぜい次の日の朝が賞味期限であろう。それまでの時間で気持ちがケーキに乗らなかったら、「せっかく〇〇子のために買ったのに」となり、家人の気持ちを無駄にした、〇〇子は家人の気持ちを汲めないオンナという立場になってしまう。
 
ケーキを食べる気分になれない〇〇子が悪いのであろうか。
 
デキル女性はそこをうまく交わし、なんとなく食べたことにしたり、
「次からお土産を買う時は連絡してね♡」 と可愛くお願いするのであろう。
 
だが、それができない人は、その気持ちを汲めない極悪人なのだろうか。
 
また、こんなケースはどうであろう。
「仕事で忙し過ぎるあなたのために、少しでも会う時間を作れないかと思って来ちゃった。
新幹線でトータル2時間半の道のりだけど、会えたこの時間はかけがえのないものだよね」
 
正直、本当に忙しいので君を思う暇はない。しかしここでそんな彼女を適当にあしらう俺は極悪人ではないか。適当な笑みを浮かべ、仕事までの時間を割いて、彼女とコーヒーでも付き合ってやるのが大人の男ではないか。
でも、今日は大切な商談がある。正直、彼女をかまっている時間が煩わしい……。
 
この男女に未来はない。男は女の存在を疎ましく思う。女は自分の寂しさを男のせいにしないよう細心の注意を払いながら、新幹線代と2時間半の時間と最高の笑顔で自分の行動を神聖化しているのだから。
 
体がジリジリと縛り上げられていくような感覚。
「あなたのために」やってあげたのに、それを受け入れられないあなたが悪いのよ、と吊るし上げられ、身動きが取れず、極悪人扱い・見せ物にされてしまうような感覚。
こんな恐ろしい感覚が、この言葉には宿っていると思えてならない。
自分を正当化し、受け入れてくれない相手を極悪人に仕立てる呪いが、この言葉には在る。
 
言葉の威力を改めて感じずにいられない私は、あることを思い出した。
日本には古くから「言霊」という言い伝えがある。
これは日本語には古来より、言葉を発した途端にその通りになってしまうという力、呪いのような力が宿っていたということだ。
詳しい説明は避けるが、日本の歴史書、古事記や日本書紀によると、「言葉」という単語のことを昔は「言(コト)」と言ったそうだ。そのコトが、発した途端に「事(コト)」に変化してしまうほどの強い力が込められ、それがつまり「言霊」であった。
「言(コト)」の力があまりに強かったため、「葉」という、軽い意味合いの単語を「言(コト)」につけ、「言葉(コトバ)」という単語が生まれた。その結果、呪いのような強い力が封印されたと言われている。
 
今でこそ、「言霊」の力はなくなったが、我々日本人が使っている「言葉」には、このような歴史があるのだ。
 
「あなたのために」も、猛烈な力が込められている。
 
では話を戻そう。となると、この言葉はどんな場面であれば使うことが許されるのか。
 
私は断言する。
「恋が始まったばかりの男女」のみ、この「人をおとしめる可能性の高い美しく見える呪言」を使うことが許される、と。
 
冒頭の私の例のように、恋が始まったばかりの男女は世の中の汚いモノが目に入らない。盲目の状態だ。そんな二人なら、美しく見える呪言も「より二人の世界が輝く魔法の言葉」となり得る。もちろん呪言に乗り換わる可能性も十分孕んでいるが、幸せな男女にその可能性は低いであろう。
この関係においてのみ、「あなたのために」は使用可とする。ますます恋が盛り上がる起爆剤となってくれるであろう。
 
「言葉は刃物」
間違った使い方をしないよう、心がけていこうと改めて強く思う。
 
 
 
 

◽︎長島綾子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
18年日系航空会社でCAを経験。令和元年5月に退社。
接遇・コミュニケーション講師として活動を開始。
好きな食べ物は餃子。一女の母。

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