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「ここではない、どこか」に自分を連れていくために《週刊READING LIFE Vol.66 買ってよかった! 2020年おすすめツール》


記事:オノミチコ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

「本当に、これでいいのか?」
 
私は使い慣れたパソコンを覗き込んだまま固まっていた。
これまで、あちこちで情報を集め、何度もシミュレーションを重ねてきた。
にもかかわらず、いざその場面になると、指を動かすのがためらわれた。
目の前の同じ画面を行ったり来たりしながら、2時間が過ぎた。

 

 

 

さかのぼること1か月前。
私は職を失った。
正確に言うと、職を失うことが決まった。
 
仕事は嫌いではなかったし、同僚ともそこそこうまくやっていた。
やりがいがあったかと問われると、正直そこはあいまいな答えしか返せないけれど、会社で過ごす時間はそれなりに楽しかった。
 
通勤電車に揺られ、オフィスで何人かの同僚と挨拶をかわす。デスクにつくとパソコンを立ち上げ、積み重ねた書類を拡げる。電話の応対をしながら記憶をたどって書類を仕上げ、ランチタイムをはさんで、午後もまた午前中と同じように仕事をこなす。何杯かのコーヒーと引き出しにしまってあるお菓子をつまみながら、適度に残業。
 
そんな「あたりまえの毎日」が一瞬にして幻想になった。
 
私は地方への異動を命ぜられた。
部署内で起きた「不都合な出来事」の責任を負わされる形だった。
車での通勤が必要な場所で、車の運転ができない私はこの異動を断った。
 
まさに青天の霹靂。
 
人事の言っていることが理解できなかったし、不条理すぎると憤った。
信じていた上司は、この件について一言もコメントをしなかった。
私は予想外の展開に動揺し、泣いた。
 
突然のことといえば突然のことだったが、どこか必然であるような気もしていた。
 
数年前から「私はこの会社には長くはいないような気がする」と思っていた。
特にやりたい仕事があるわけではなく、退職の意思がはっきりしていたわけでもなかったが、漠然とそう感じながら仕事をしていた。
 
「いつか、ちがう仕事をするのだろう」
 
自分のことなのに、他人事のように思っていた。
遠い蜃気楼を見つめるような、不思議な気持ちだった。
 
まぎれもなく自分自身のことなのに、いつまでたっても他人事のようにしか考えられない自分自身をもてあまして、いろいろなセミナーに顔を出すようになった。
PRプランナーの養成講座、地方での副業プロジェクト、天狼院のライティング・ゼミ。
 
どの講座もとても魅力的で、とてもおもしろかった。
ただ、どこに行っても私は中途半端で、居心地が悪かった。
フリーで仕事をする人、独立して仕事をする人を羨ましいと思いながらも、会社員としての立場に甘えていた。
 
しかし、その場所がなくなろうとしている。
 
「これは危機だ」と頭では理解しているが、まだまだ他人事のような気がしている。
人間なんて臆病なもので、何かが大きく変わろうとしていても、「まだ大丈夫だろう」と甘えた考えた頭をもたげる。
私が人一倍、甘ったれなだけかもしれないけれど。
 
だったら、何かを大きく変えればいい。
何かを変えれば、いやでも「変化」を意識せざるを得なくなる。
 
まず思いついたのが、引っ越し。
ただこれは費用がかかりすぎるし、これからの転職活動を考えると負担が大きい。
なにより、今の自分の住まいを気に入っている。
よって、却下。
 
次に思いついたのが、部屋の模様替え。
ベッドの配置を変えたら、だいぶ雰囲気が変わるのではないだろうか。
ちょっとやる気になって、部屋のサイズとベッドのサイズを測って部屋を眺めてみたものの、いかんせん部屋のモノが多すぎる。
これを機会にいらないものを処分して大掛かりな模様替えをすることも考えるが、部屋の片づけが何より苦手な私にとってはハードルが高い。
それこそ、数か月がかりの一大プロジェクトになりかねない。
 
そこまで大掛かりじゃなくて、でもあきらかに気分が変わる「なにか」ってなんだろう。
 
髪を切ることも考えたけれど、自分の髪が短いことを意識するのは鏡をみるときと髪を洗うときくらいなものだし、すぐ慣れる。
新しい習い事をすることも考えたけれど、飽きっぽい私は単発のワークショップには普段から参加しているから、あまり新鮮さが感じられない。
 
困った。
ほかに何かないものか。
 
そこでふと目に留まったのが、パソコンだった。
 
いま使っているのは、2018年の9月に購入したノートパソコン。
タッチパネル式のノートパソコンでありながら、ディスプレイ部分がくるっと360度回転する、いわゆる2 in 1というやつだ。
シンプルなシルバーの外見も、コンパクトさも気に入っている。
 
Apple社のMacBookと悩みに悩んで、結局このパソコンを選んだ。
その理由は、「Windowsだから」だった。
 
会社員である私は、普段から触れるパソコンはWindowsで、Macは触ったことがない。
店頭に展示してあるデモ機を見ても、何をどう触ったらいいのかわからず、キーボードをポチポチ押すくらいしかしたことがない。
そんな私がMacBookを持っていても使いこなせないと思ったのだ。
 
私にとってMacBookは、自由な働き方の象徴だった。
 
PR講座で出会ったフリーのPRプランナー。
会社員の傍ら、副業としてPRチームをマネジメントする女性。
コワーキングスペースでいつも話を聞かせてくれる経営者。
もちろん、天狼院のスタッフの方々。
 
いいな、と思う人はMacBookを使っている人が多い。
だったら、私も真似してみよう。
 
退職が決まった今、「会社で慣れているから」は選ぶ理由にならない。
もちろん、転職したらまたWindowsを中心とした生活になるのかもしれないけれど、ずっと気になっているなら使ってみればいい。
それに何より、ほとんど毎日のように目にするパソコンがMacに変わったら、それは「大きな変化」になるのではないだろうか。
 
私は、Apple社のサイトを開いた。
今までも何度も見てきたサイト。
そのたびに、ざっと眺めては「閉じるボタン」を押してきたページ。
最初から「私には不要なもの」とあきらめてきたものがここにある。
 
Appleストアで実際に見ることも考えたが、やめた。
Appleフリークらしき人に囲まれて緊張して(アウェー感から勝手にそう感じてしまう)、この決意が揺らいでしまうかもしれないからだ。
 
大げさかもしれないけれど、私にとってはそれくらい大きなことだった。
 
連日、いろいろなサイトを見た。
はじめてのMacBookはどれを選ぶべきか。
MacBook ProとMacBook Airはどうちがうのか。
 
Windows機とちがって、見た目はほとんど同じMacBook。
何がどうちがうのか、いろんなサイトを見て回ったが、もともとパソコンに詳しいわけではないので、漠然としかわからない。
 
天狼院の三浦さんからは、最新のMacBook Pro 16インチをおすすめされたけれど、16インチだと私が持ち歩くには重そうだ。
昔、デジタル一眼レフを買ったときも、最初のうちは持ち歩いていたが、そのうち重さに負けて使わなくなってしまった。
この失敗を繰り返さないよう、サイズは13インチに決定。
 
あとは中身。
1月からの動画ゼミに参加する予定があるので、動画編集に支障がないようにするには、プロセッサとメモリが鍵を握るらしいが、いかんせん使ったことがないので比較記事を読んでもさっぱりわからない。
 
悩みに悩んで、プロセッサもメモリもどちらもアップグレードすることに決めた。
せっかく買うのだから、気持ちよく使いたい。
 
そういえば、時は12月中旬。
あと1か月もしないうちに」お正月。
お正月と言えば、初売りがあるのでは?
 
調べたところ、Apple社は1月2日に初売りがあると知る。
しかし、初売りの内容が「対象の商品を買うとギフト券をプレゼント」とあるだけで、どれが対象商品なのかがわからない。
また、悩む。
待ったほうがいいのか?
それとも、今すぐに買うべきか?
 
悩んだ挙句、私の場合は急ぐわけではないと思い、1月2日の購入を決意。
買うものは決まった。
カスタマイズ内容も決めた。
あとは1月2日にポチっとするだけだ。
 
お正月を実家で過ごし、日付が1月2日になってしばらく経ったころ、Appleのオンラインストアをのぞいた。
お目当てのMacBook Proは初売りの対象商品だった。
 
いざ!
 
と思うものの、なかなかすぐにポチっとできず、得意の先延ばしぐせを発揮。
ひとまずページを閉じて、翌日ゆっくり購入することにした。
 
そして、冒頭のシーンに戻る。
21時ごろに同じページを開き、買い物かごに入った内容とにらめっこすること2時間。
 
本当にいいのか?
これでいいのか?
カスタマイズする必要はあるのか?
使いこなせるのか?
 
いろんな思いが交錯する。
しかし、なんだか気持ちは高揚している。
 
結局、当初から決めていたカスタマイズ内容のMacBook Proを購入した。
23時半ごろだった。
 
そのMacBook Proは、まだ私の手元に届いていない。
でも、私にはわかる。
 
これは絶対によい買い物だ。
「会社員」ではない、今とはちがうどこかに自分を連れて行ってくれるものだ。
 
2020年、私はMacユーザーになる。
 
 
 
 

◽︎オノミチコ((READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
東京のイーストサイドで一人暮らしのアラフォー独身会社員。
新卒で大手損保に入社するもドロップアウト。その後、大学医学部秘書を経て製薬会社へ。
働き方を模索すべく、副業で地方活性化のプロジェクトに参画。
学ぶことが好きで「マナビスト」を名乗る。
好きなことは学ぶことと寝ること、苦手なことは部屋の片づけ。

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