祖父の生き様!!~ご長寿爆笑列伝~《週刊READING LIFE Vol.321「フリー」》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
2025/8/28/公開
記事:パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「おい、いいか? 絶対に目を離すんじゃねえぞ?」
これは裏取引を行うヤクザの話でもなければ、ホシを追いかけている刑事の話でもない。父から私への、犯すことを許されない鉄の掟の話だ。
祖父が大好きな銘菓「博多 通りもん」を食べる間、孫である私が至近距離でその食べる姿を見つめ、適宜お茶を飲ませ、決して喉につまらせるな、ということなのである。
なぜ、ここまで気を張って「通りもん」を食べさせなければならないのか。
祖父が満百歳だからだ。誤嚥が怖すぎる。
そして、もちろん、祖父が「博多通りもん」を好き過ぎるからだ。
祖父は昨年12月、満百歳になる少し前に老人ホームへと入所した。
自宅で一緒に暮らしていた父の負担が大きくなってきた事と、転倒して骨折し入院したことがきっかけだった。
歯がぜーんぶ無くなって、おしゃべりする時ハフハフするようになった祖父だが、まだ頭はしっかりしている。バッグから通りもんを一つ取り出すと、あまり筋肉の動かなくなった顔がほんの少しほころんだように見えた。
「あぁ……ハフハフ……持ってきてハフ……くれたとねハフハフ……」
「うん! おじいちゃん、これ好きだもんね! お父さんが一緒にいる時に食べてきて、って言ってた!」
ホームのきまりで、訪問者が持ってきたお菓子はその場で全て食べてしまい、残れば持ち帰りとなる。個室の部屋で、老人が誤嚥して気づかれなかったら危険だからだ。
「ありがとう……ありがとう……ハフハフ」
マグに入ったお茶をネクストバッターボックスの位置に待機させ、通りもんの袋を開けて手渡す。どうか! 無事に! 食べ終われ!!
私は祖父の瞳に吸い込まれそうなくらい近寄って見守ることにした。
「あぁ……おいしか……」
感想をもらしたのも束の間、そりゃあもう派手に咳き込みだした。
「げっっふぉお! オッッふぉう!! ッガ……」
「お、おじいちゃん!?!? 大丈夫!?」
マジで詰まらす5秒前って感じで咳止まらない。誤嚥ダメ! 絶対!! 怖いよー!!
「落ち着いて!? お茶飲む??」
手で大丈夫と合図して見せた祖父は、その後しばらく咳き込んでようやく治まった。後で調べてわかったことだが、誤嚥の可能性がある時でも咳が出ていれば気道は塞がっていないので、咳をし続けて詰まったものを出し切った方がいいらしい。
それにしても博多通りもん、死と隣り合わせやんか!
こんなの、製造者も想像してないって。
しかし、昔からおいしいものを食べるものが大好きな祖父が、何かを欲しがって食べて誤嚥して仮に天国にレッツゴーすることがあったとして、もうそれも運命やんか、と内心思っているがあまりに不謹慎なのでまだ誰にも言ってはいない。
「ハフ……また……持ってきてハフ」
懲りずに通りもんを欲しがる祖父に、私は親指を立てて(OK!!)としてみせた。
何かあったらもう私たち共犯やな。
歯抜けじいさんになってハフハフしだしたことにより、急に可愛いじいさんらしさを演出している祖父だが、若い頃はまあ血の気が多かった。
私が幼稚園に通う頃、祖父母は念願の家を建てた。なんと現金一括払いだ。
祖父は真面目に働いてはいたが、一般のサラリーマンで特に大金持ちというわけでもなかった。しかし、家計をしっかり守っていた祖母のおかげもあり節約に節約を重ねて大金を準備できたらしかった。まあ時代も良かったのだろうが、計画性皆無の孫の私が、そのDNAを一滴も譲り受けてないのは夏の怪談より怖い。
コツコツ貯めたお金で建てた家は、さぞかし思い入れがあったのであろう。目に入れても痛くない家で「障子の穴事件」は起きた。
庭でひとり遊んでいた私は、外から居間の障子の不具合を見つけてしまった。
(ん? これ破れてる??)
新品の綺麗な障子に不自然な切れ目……よせばいいのに私はその切れ目に指をそっと這わせた。
スッ……。
思いの外、指が奥まで進んでしまい、アッと思った次の瞬間、居間にいた祖父と私は障子の穴を通してバッチリ目が合ってしまった。
(ゲッ……!!)
ヤバいと思った私に、祖父の怒号が飛んできた。
「なんばしよっとかー!!」
鬼瓦みたいな顔の祖父が居間から裸足で飛び降りてきたので、必死に逃げた。違う! 違う! 穴を開けたの私じゃない!! でもそんなこと関係ないくらいの勢いで祖父が追いかけてくる。家と塀の細い抜け道を全力で逃げる。やばい、殺される。お願い、誰か助けて。おかしな様子にいち早く気づいた祖母が反対側の縁側からひょいと抱え上げてくれて私は九死に一生を得た。
今となっては笑い話だが、あの頃の祖父はまだ60歳。気力も体力もまだまだ充実していたんだろうなと想像がつく。それにしても可愛い孫をあんなに本気で追いかけるなんてどうかしてるぜ。
鬼瓦みたいな祖父の被害に遭っていたのは、もちろん私だけじゃないわけで。
父がまだ少年だった頃には「バナナの房事件」というのがあったらしい。遊びに出掛けて門限を過ぎてしまい、鬼瓦に叱られるのではとビクビクしながら玄関の扉を開けた少年を待ち構えていたのは血気盛んなゴリラだった。
「何時だと、思っとるんかー!!」
祖父はバナナを房ごと抱え、一本一本ちぎっては玄関に立つ父に投げつけてきたらしい。どんだけパワフルゴリラなんだよ。それを聞いた時、私は腹を抱えて笑った。
祖父の勢力が少しずつ陰りを見せ始めたのは、祖母が外に働きに出始めた頃だろうか。
これまで専業主婦として、炊事洗濯お裁縫、庭の手入れ、家計の管理……完璧な仕事ぶりを見せ三歩下がって祖父を立ててきた祖母は、近所の家族経営のスーパーの社長からお誘いがあり結婚して初めて外で働くようになった。
これまで「はいはい」と祖父の言うことは何でも聞いてあげていた祖母も、応戦するようになった。祖父のちょっとした一言に「なんば、言いよっとですか!」と一蹴する場面も出てきた。お? これは、面白い戦いになってきました~と他人事ながらに観察していたが、その力関係はますます逆転していくようだった。
結局、祖母は97歳でその幕を閉じたのだが、去り際がとんでもなかった。
急に体調を崩し「もう死期が近い」と言われつつも、自宅で療養していた祖母がいよいよ救急車で運ばれるという時、アタフタしてしまった祖父が担架に乗せられた祖母のまわりをうろついてしまった。担架に乗せられたまま祖母は祖父に向かって
「ウロチョロするな! せからしか!!」と放ったらしいのだ。祖母もまた恐るべし。
本当にギリギリのところだったらしく、祖母は救急車で病院に運ばれた翌朝、静かに息を引き取った。
若くして母を亡くしている私にとって、とてもよく世話を焼いてくれた祖母の死は悲しさの海に放り込まれる心境だった。しかし、時間が経てば経つほど、祖父と祖母の最期の会話を思い出しては笑わずにはいられないのだ。
長年連れ添った妻から、最期に「せからしか!」(うっとうしい!)と言われた祖父はだいぶん面白い。
夏休みに入って私は家族と帰省し、もちろんホームに入所中の祖父にも会いに行った。
夫と二人で祖父の部屋に案内してもらう。ガラガラガラ。
ぼんやりとした表情で祖父が私を見る。
「おじいちゃん来たよ! パナ子です!」
話す内容はしっかりしているが、名前がすんなり出るほどではないので毎回自己紹介は欠かせない。父には「『福岡』は元気にしているか」と私の近況を地名で聞くらしい。ちなみに遠方に住んでいる姉のことは『大阪』と呼んでいる。
前回の誤嚥が怖くて、バッグに忍ばせた通りもんを出すか出さぬか迷っていたら、祖父のおしゃべりが止まらなくなった。私や姉の家族のことをひとしきり聞いたり、ホームでの暮らしぶり(毎日トレーニングがあって忙しい等)について話したあと、しみじみとした感じで祖父はこう切り出した。
「私も……ハフ……あとちょっとかなぁハフ……と思いましてねぇ」
いやだ、いつになく弱気じゃないと心配した私は、少し慌ててこう返した。
「やだぁ、おじいちゃん! そんなこと言わないでまだまだ元気にしててよ!?」
「うん……ひゃく……ハフ……ごさい……くらいまでかなって……ハフ」
これにはずっと後ろで気配を消していた夫も「おぉ~」と感嘆の声をあげたので私は吹き出した。
「105歳!? いいやん! おじいちゃん頑張ってよ!!」
祖父は口を金魚みたいにパクパクしながらフッと笑った。
祖父の生命力、ここにあり! という感じがして私はなんだか明るい気持ちになった。
家族ってなんだか滑稽で、面白くって、憎めなくって、愛すべき人たちの事なんだな。
また来ることを誓って力強い握手を交わして、私は部屋を後にした。
❑ライターズプロフィール
パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
鬼瓦のような顔で男児二人を育て、てんやわんやの日々を送る主婦。ライティングゼミ生時代にメディアグランプリ総合優勝3回。テーマを与えられてもなお、筆力をあげられるよう精進していきます! 押忍!
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