人生は午後のティータイムのように
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
2025/10/16 公開
記事 : 山田美虹(ライティング・ゼミ7月コース)
娘の習い事が終わるのを待つ空き時間。
普段はその間に夕飯の買い物をしたり、たまったメールの処理をしたり、慌ただしく過ごすのだが、月に一度だけ、レッスンの練習時間が長い週があり、この日だけは、ちょっと「いいカフェ」でおいしいコーヒーを飲んで待つことにしている。
一杯、500円。
私の好きな、少し酸味の利いたコーヒー。
丁寧な口調で応対してくれる店員さん。
店内に流れるやや小さめの音量のクラシック音楽。
区の運営する文化施設の中にあるため、利用するお客さんの層も限られている。
隣のテーブルとの間には適度な距離があり、出入りのストレスもない。
ソファ席にゆったりと座って、好きなことをする。趣味の手芸をしたり、本を読んだり、ブログを書いたり。ゆったりした時間が流れる。
私にとっては、非常に心地いい、贅沢な空間、贅沢なひとときである。
普段は、これとは真逆とも言える生活だ。
大抵は、カフェのコーヒー、ではなく、ペットボトルのコーヒー飲料。
それも、コンビニは高いからとディスカウントストアまで出向いて買ったもの。
買い物に行くお店には、親切な店員さん……はおらず、セルフレジで一人でピッ。
仕事の合間にたまに入る、チェーン展開のカフェやファストフード店で流れているのは、今流行りのアップテンポの曲。店内には、それに負けじと大きな声で話す学生グループ。キッチンからは、常にガチャガチャと触れ合う食器の音や揚げ物のタイマーの音。
一人客用の小さなテーブルにトレーを置き、足元のカゴにかばんを入れる。
狭いスペースに小さなパソコンを広げ、店内の客が目まぐるしく入れ替わる中、隙間時間でも処理できる仕事をする。次の仕事に行くギリギリまでパソコンとにらめっこして、時間になったらさっと移動する。
外に出たら、都会の喧騒や大きいスーツケースを持ってスマホで地図を見ている観光客を尻目に、かなりの早歩きで職場に向かう。
……そんな毎日。これが「通常モード」だ。
私が、この「通常モード」を自分の生き方として好んでやっているのか、と聞かれたら、どうだろう、即答するのは難しい。
ペットボトルのコーヒーよりカフェのコーヒーの方がおいしいに違いないし、騒がしい店より静かな店の方が落ち着くに決まっている。なんでもセルフで機械相手にやるのは、殺伐としていてちょっと虚しいこともあるから、笑顔で対応してくれる「人間」とやり取りするほうが心が温かくなるしホッとできる……。
でも、心のどこかで、ちょっとずつ言い訳しながら「通常モード」を擁護する自分もいる。
そんなに高給取りじゃないんだから、節約するのは当たり前。むしろ、いいことだよね。
静かなカフェは魅力的だけど、時間がないんだから、カウンターで注文してさっと出てきて、帰りもさっと出られる店の方が便利。そういう店はたいていお客さんが多くて賑わっているから、多少うるさくても仕方ない。それに、2、30分時間をつぶすだけなのに高いコーヒーはもったいないでしょ。
セルフレジも、コンビニで何か一つだけ買う時や急いでいる時、考え事をしている時などはいちいち人と話さなくて済むから、楽だよね。
つまりは、何か少し妥協したりあきらめたり我慢したりしながらも、この「通常モード」を受け入れているということになる。不本意だけど、自分の持ち時間やお金、ものごとの効率化や利便性を考え合わせて、「今の私にできるのはココ」と折り合いをつけているのが、「通常モード」なのだ。
だから、「通常モード」は、好んで、喜んでやっているわけではなく、今の状況ではココにしかいられないから、ただ仕方なく「受け入れている」だけで、これが私の望んでいる生き方、というわけではないのである。
じゃあ、一方の、冒頭で紹介した「贅沢なひととき」はどうだろうか。
これは何なのかと言えば、普段「通常モード」の時にしている「我慢」や「言い訳」をしていない状態である。我慢や妥協をせず、心が求めるままにできているから、「心地いい」と感じる、ということなのだろう。
さて、人としてはどっちの生き方をしたいか。
普段が「通常モード」だからこそ、「贅沢なひととき」を「贅沢だ」と感じられる。これは紛れもない事実である。その「贅沢な気分」を時々味わいたいがために、普段を「通常モード」で頑張る……。こういう生き方もアリだろう。
現に、私もこれまではそうやって生きてきた。
頑張ったら、自分へのご褒美として「贅沢」を自分に許す。
そのひとときに幸せを感じて、よし、また明日から頑張ろう、と思う。
そして、「通常モード」に戻る……この繰り返し。
このサイクルの中で、妥協や我慢を、いわば「正当化」して生きてきたのだ。
人生、全てが心のままにできるわけじゃないんだから、いくつか妥協や我慢をしなきゃならないことがあっても、仕方ない……と。
でも、本当にそうなのか?
妥協や言い訳をせず、「心地よく」生きられる人生があるなら、そっちの方がいいに決まっているじゃないか。そのほうが、幸せを感じる瞬間がより多くなるはず、いや、全ての時間が幸せになるはずである。
人生、一度きり。本当は、妥協なんてしたくない。
よし、それなら、これからは、妥協も、我慢も、言い訳もしなくていい生き方を目指そう。
名付けて、「午後のティータイム人生」。
うん。なかなか素敵だ。心の中でニヤリとする。これは楽しくなりそうだ。
密かに、そう決意した昼下がりであった。
<終わり>
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