高3男子、おまえ、このままじゃいかんぞ。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
2025/10/16 公開
記事 :由紀 みなと(ライティング・ゼミ7月コース)
2学期が始まってからというもの
息子はどうにもこうにも低空飛行だ。
高校3年生。
高校生活は残すところ実質3か月である。
両親が離婚して、私と息子は別々に暮らしている。
毎朝、おはようとLINEで連絡を取り合い、
待ち合わせポイントで息子にお弁当を渡す。
駅までの短い道のりを一緒に歩く。
私と息子をつなぐ、ささやかな日課だ。
だが、2学期に入ってからというもの、息子は学校を休みがちになった。
「今行けなくてもいい」と思うようにしているが、
胸の奥では、心配の種がぐるぐる回っていた。
息子はよく言う。
「自分でも、だめだってわかってるんだ」
「みんな頑張ってるのに、休んでるのはぼくだけ」
「甘えだってわかってる」
わかってるからって動けるわけじゃない。
頭では理解しても、体が重くて、布団から抜け出せない。
息子はそんな日々を繰り返していた。
そして迎えた修学旅行。
正直、行けるのかどうかわからなかった。
息子は
「行ってもなぁ」と
「まぁ、でも行かないのもなぁ」の間を
行ったり来たりしている様子だった。
結局、出かけた3泊4日の北海道。
出発してからの連絡はほとんどなかった。
4日目の夜、羽田空港に到着したところで
「無事着いたよ。楽しかったよ」とLINEが届いた。
短い一文に、ほっとしたような、何か吹っ切れたような色が滲んでいた。
翌日、息子は私に「お土産を持って行く」と言っていたが
「ごめん、友だちと会う」とドタキャンしてきた。
高3男子なんてそんなものだし、
「友だちと」というフレーズに、内心「いいね」を送りたくなった。
翌々日の朝、9時半。
「今から行く」と連絡が来て、30分だけ我が家に立ち寄った。
リュックから、お土産のチョコレートが出てきた。
そして口から出た第一声が、
「ごめん、このあと友だちと文化祭の買い出しなんだ」
「いいね」を連打したくなる。
「修学旅行どうだった?」と聞くと
「小樽のハンバーガーがうまかった」
「洞爺湖の月がやばかった」
「五稜郭、えぐかった」
と返ってきた。
うん、それは知っている。
北海道は雄大で美しく、美味しいものばかりだ。とにかく素晴らしい。
それに、私は知っていた。
一昨日、同じ班のSくんのママから、
「○○くんと一緒で楽しかったって! ありがとう」とメッセージをもらっていた。
ハートのオブジェの前で、Sくんと息子の2人が不愛想に棒立ちしている写真が添えられていた。
Sくんとは小学低学年で同じクラスだった。
すごく仲良しだったけれど、いつの間にか離れた。
そして高校3年の春、9年ぶりに同じクラスになった。
さては、これは修学旅行でSくんとの距離がグッと縮まったのかな。
と私は思った。
私は、こう聞いた。
「3泊の部屋割りは、どんな感じだったの?」
「1泊目と3泊目は6人部屋で」
「2泊目はAと二人部屋だった」
「ふーん」と答えながら
以前、息子がこう言っていたのを思い出した。
「ぼくはAを親友だと思ってるけど、
あっちはぼくのこと、大勢の中のひとりって思ってる」
2人部屋の夜、Aくんと二人でどんな話をしたのだろう。
時計の針が10時に近づき、
息子はそわそわと立ち上がった。
「そろそろ行くね」
靴を履きながら、ぼそっと言った。
「Aと一晩中話してたんだ」
「で、Aに言われた」
「おまえ、このままじゃいかんぞ、って」
「……そう」
「だから、明日からちゃんと行く。学校」
「うん」
「弁当、よろしく頼んます」
「よろこんで」
息子の表情にはふっと光が差していた。
思春期の息子を持つ母親は、翻訳家だ。
言葉の意味をそのまま受け取ったら大ケガをする。
「別に」と言いながら、ほんとは「気にしてる」
「行かない」と言いながら、ほんとは「行きたい」
大人の言葉を借りるなら、それは「矛盾」だけれど、
成長途中の心には、それが自然な呼吸なのだ。
私もかつて、親に反抗した。
「ほっといてよ」と言いながら、
ほっとかれたら寂しかった。
だから私は、息子の「行きたくない」も「甘えだと思う」も、
ぜんぶ「助けて」に聞こえていた。
でも、親の言葉じゃ届かない夜がある。
どんなに寄り添っても、どんなに祈っても、
親ではほどけない心のねじれがある。
Aくんからの「おまえ、このままじゃいかんぞ」は、
友だちにしか言えない言葉だ。
同じ目線で、同じ痛みを知っているからこそ。
膝を突き合わせて、一晩中話し、本気で叱られて、
息子の心にポッと灯がついたようだ。
めずらしく息子はたくさんの写真を送ってきた。
函館の夜景や札幌時計台、味噌ラーメンやソフトクリームに混ざって、
友だちと笑顔で写っている息子。
笑っていた。
たったそれだけで、世界が少し明るく見えた。
一番のお土産をありがとう。
子どもの成長は、「母が手放す力」を試される道のりだ。
小さな頃は、転ばないように手を伸ばす。
思春期になれば、転んでも立ち上がる力を信じる。
以前は、息子の言葉の一つ一つに心を振り回されていた。
でも今は、「親友のひとことで変わる息子」に、
少しだけ寂しさも味わいながら
大きな安心を感じている。
母の声よりも響く言葉がある。
それは、友だちからの「おまえ、このままじゃいかんぞ」だ。
私の役目は、もう叱ることでも、導くことでもない。
「いってらっしゃい」と送り出すこと。
翌朝、制服姿の息子。
「ありがとう、行ってきます」と、駅でバイバイした。
おぉ、本当に行くのね。
お弁当を手渡して、息子の背中を見送った。
息子の背中を見送る朝が、
世界でいちばん幸せな儀式かもしれない。
息子は、修学旅行に行く前は表情が沈んでいて、
「ぼくには友だちがいない」と言っていた。
親から見ればいるのに、いないらしい。
私は小さく笑った。
「よし。母もこのままじゃいかん、帰ったらまず掃除しよう!」
掃除機をかけながら
Aくんの「おまえ、このままじゃいかんぞ」が
どうやら母にも刺さってしまったと気づいた。
子どもが誰かに叱られたら
親も姿勢を正す。あの感じだ。
私は思う。
「お互い、このままじゃいかんね」
でも、悪くない。このままじゃいかん母子物語も。
気づいたことをひとつだけ。
「高3男子、親より友だち。たまに振り返れば母」
≪終わり≫
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