メディアグランプリ

時間


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです

 

記事:藤原 宏輝(ラィティング・ゼミ 25年11月コース)

 

‘16時頃、いつものカフェでね’

メッセージがグループLINEに届いたのは、前日の夜。

私たち4人は、もう何年も変わらない仲良しグループで、誰がどのポジションを取るかは、だいたい固定されている。

私は“少し早めに着く人”

智恵さんは“落ち着いた雰囲気で、さらに早く着く人”

綾ちゃんは“あと少しだけ、時間ちょうだいタイプ”

ゆいちゃんは“ゆっくりめに世界が動いている、マイペースな人”

 

当日。

私は、15時40分にカフェに到着した。

「まだ誰も来てないかな」

ふと周囲を見回すと、まだ誰も来ていないはずの時間に、智恵さんはすでに着いていて、窓際の席で飲みかけのアイスコーヒーを手に、気持ち良さそうに日差しを眺めていた。

それは、日頃から‘余白の時間’を大切にしているから。

 

思わず私は、「早いね」と声をかけた。

「あなたもね」

智恵さんは、にっこり笑いながら答えた。

それだけで通じるのが、長い付き合いの良さだ。

 

16時04分。

綾ちゃんが、小走りでやって来た。

「ごめん、ギリギリだと思って急いで来たんだけど、時計見たら、ギリギリじゃなかったわ」

苦笑いしながら息を整える綾ちゃんに、智恵さんは

「綾らしいわね、全然変わってない」

とニッコリ微笑んで、軽く手を振った。

きっと‘スケジュールを詰め込みすぎる癖’の裏返しだろう。

 

そして16時23分。

ゆいちゃんが、ようやく登場。

「すいません、ちょっと道が混んでて。いやー最近、時間が読めなくて」

そう言う彼女は悪びれる様子もなく、どこか

“遅れても許される空気”

に長年包まれて生きてきたような、雰囲気があった。

 

時間に対しての感覚は、みんな違う。

人生は、時計に合わせて動くとは限らない。

 

 

“頃”というのは、たしかにあいまいな言葉だ。

 

けれど、あいまいさを言い訳にするか、配慮として使うかは、人の姿勢で変わる。

 

日本語の“頃”には、ふんわりとした優しさが宿っている。

「キッカリ時間に、縛られなくていいよ」

そんなニュアンスもある。

 

でも、同時に“自由に遅れていいよ”ではないはず……。

学生時代の私は、かつていつも“遅れる側”だった。

 

友人の遅刻にイラッとしながら、自分はちょっとの遅れを平気でやっていた。

都合のいいルールを自分だけ適用して、罪悪感も薄かった。

そんなある日、ある言葉に心のどこかがガツンと揺れた。

 

社会人になり、上司から

「時間の使い方で、その人の人間性が見えるよね」

「遅刻するのは、相手の時間を奪うことなのよ」

と言われた事があった。

 

 

‘奪う’

という響きに、シャキッと背筋が伸びた。

たった1分だとしても、相手の1分は“相手の人生の一部”。

そう考えたら、遅刻は“小さな強奪”にも感じられた。

 

人の時間は目に見えないから、軽く扱いやすい。

でも、目に見えないものほど、丁寧に扱うべきだとその時に気づいた。

 

そして、私はその日から決めた。

“相手の時間を尊重する人になる” と。

 

もちろん、それは完璧を求めることとは違う。

突発的な事は、誰にでもある。

しかし、少なくとも「相手のことを想像する」。

その一歩さえ踏み出せば、時間の扱いは変わる。

 

 

さて、ここで1つの問題は……。

16時24分に来たゆいちゃんはというと、全く悪気はない。ということ

だけど、悪気がない遅刻が、一番タチが悪い。

無自覚だから、改善の必要を感じていない。

 

ゆいちゃんが到着して、カフェを出て歩き出すとき、私は言葉を選びながら、ふわっと伝えた。

「私さあ昔ね、遅刻について言われて、すごくハッとした言葉があるんだよ。」

「えーっ、なになに?」

何だか? 興味津々というか、

「“遅刻するのは、相手の時間を奪うこと”ってやつ。」

 

ゆいちゃんは、一瞬だけ足を止め、こちらを見て笑った。

 

「なるほどね。そういう考え方もあるんだね。」

 

軽い返事。でも、少しだけ目の奥が動いた気がした。

種をまけば、いつか芽を出すものだ。

 

 

4人で楽しく食事をした帰り道、ふと私は感じた。

“時間”って、みんな同じように持っているけれど、価値の置き方は人それぞれだ。

智恵さんは「開始前の静かな時間」を楽しむタイプ。

綾ちゃんは「できれば間に合いたいけど、つい事前に詰めすぎるタイプ」。

ゆいちゃんは「今、この瞬間に正直に生きるタイプ」。

 

 

でも、誰にとっても等しく尊いのは“時間は戻らない”ということ。

だからこそ、他人の時間に触れるときは、より一層丁寧でありたい。

 

社会全体がスピードアップする中で、時間への感度は人の品格に近い。

“時間を大切にできる人”は、“人を大切にできる人”だと思う。

 

家に帰ると、スマホにゆいちゃんからメッセージが届いていた。

 

「今日の話、ちょっと考えた。

これからは、5分前には着けるよう頑張ってみるね」

 

ゆっくりめに生きている彼女らしい、素直さがにじむ文面だった。

ゆとりを持って早く来る智恵さんと、

ギリギリに駆け込む綾ちゃん、

24分遅れた、ゆいちゃん。

みんな違う。

でも、その違いを理解しながら、寄り添っていけるなら、それはとても豊かな関係だ。

 

“頃”という言葉の曖昧さに、ゆるさとやさしさを感じられる社会であってほしい。

ただし、そのゆるさは“無神経さの免罪符”ではなく、“思いやりの余白”であってほしい。

 

人は、時間の使い方に本性が出る。

だから、今日も私は5分前に着く。

相手の時間を奪わないために。

そして、自分の時間も丁寧に扱うために。

 

人生は、結局“時間の総量”でできている。

その限りある時間を、自分と相手のために丁寧に運用する。

それが、心地よい人間関係の礎になる。

 

 

【終わり】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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