「好き」の迷子は、トイレを我慢してたせい?
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです
記事:阿部恭子(ライティング・ゼミ11月コース)
40代も半ばになった今、ふと自分に問いかけることが増えた。
「私、何が好きだったっけ?」
子どもの頃は、私の日常は「好き」であふれていた。
夢中になって外で友達と遊んでいたら、気づいたら真っ暗。それでも遊び足りなくて、真っ暗な中でも遊び続ける。
テレビアニメに夢中になっていたら、「ご飯だよ!」と呼ぶ声も耳に入らない。
時間を忘れ、ただただ楽しくて仕方ない——
そんな瞬間が、確かにあった。
でも、大人になり、母になり、仕事や家事育児に追われるようになってから、気づいたら「好き」が行方不明になっていた。
食べたいものは?
行きたい場所は?
やりたいことは?
未来の理想の姿は?
考えてみても、頭の中のキャンバスはいつまで経ってもまっ白なまま。
「願望を具体的に描けば叶いやすくなる」なんて話もよく聞くけれど、描きたい素材がそもそも浮かんでこない。
そんな自分に「どういうことよ」とついツッコミを入れたくなる。
そんなある日、思わぬところで答えに近づいた。
仕事で担当している窓口に、その日はひっきりなしに人が来て、受付の前にはいつもより長い列。それが朝から途切れることなく何時間も続いていた日、意識の片隅で「トイレに行きたいな」と思っていた。
けれど私は、迷うことなくお客さんを優先しつづけた。
不思議なくらい、それが当たり前のように。
けれど、ふと、「あれ?」と違和感がよぎった。
トイレに行きたいという「生理的欲求」でさえ、私は気づいた瞬間にスッと横に流してしまっていたのだ。
それはあまりにも一瞬で、欲求が意識に上がる前に、もう消してしまっているような感覚。
そんな自分のクセに、このとき初めて気がついた。
自分のことをこんなに無視し続けていたなんて、まったく私を大切にしていないじゃない!とショックだった。
思えば、母である私は、子どもが好きな献立や、子どもが喜ぶお出かけ先を自然と最優先にしてきた。
それに、眠くても、疲れていても、家事や育児は待ってくれない。
仕事から帰宅したら、しばらくボーっとする時間がほしいのに、子どもが「お腹が空いた」と騒ぐから、座る間もなく食事の支度。
友達のLINEに返信したいと思いながら、落ち着いて文章を綴る時間が取れず、気づけば書きかけのまま数日経って通知が埋もれている——そんな日々が当たり前になっていた。
そのたびに、いちいち「私は本当はこうしたいのに!」なんて言ってはいられない。
「しょうがない」「後回し」が長くなればなるほど、いつの間にか自分が感じていたことすらも遠ざかってしまい、それっきり。
日本の「気遣いの文化」もあると思う。
他人を先に、という感覚が無意識に根づいている。
その積み重ねの中で、「私が何を欲しているか」を感じる回路は少しずつ細くなっていったのかもしれない。
でも、気づいたからこそ、始められることがある。
まずは——トイレに行く。
行きたいと思ったらがまんせずに行く!
小さな欲求を、小さなまま放置しない。
そんなシンプルなところからでいい。
自分を後回しにしてきた長い年月をほどくように、置き去りにしてきた「小さな私」を、ひとりずつ迎えに行くように。
小さな欲求をひとつずつ拾い直していこう。
そうやって、「私」をいつくしんでいくことで、忘れてしまった「好き」の感覚が取り戻せるのではないかと思った。
そんなことを考えていたら、ふいに胸の奥で何かが“カチッ”と音を立てたような感覚があった。
ああ、昔の私は、好きなものを見つけるのがとても上手だった。
かわいい、きれい、好き。
そう感じたものには迷わず手を伸ばしていたし、集めた宝物をどれも大切にしていた。
そういえば、子どもの頃、大事にしていた宝箱はどこへやったっけ。
キラキラのビー玉、おはじき、色とりどりのリボン。
かわいいと思ったものを、大切にそっとしまっていた。
自分の大切なものだけを集めた宝箱を抱え、何度もそれを取り出しては眺めていたときの、心が浮き立つような感覚。それだけで、思わず「ふふっ」と小さな笑いがこみあげてくる幸せ。
宝箱の記憶とともに、そんな感覚がわきあがってきた。
ああ、これだ。私が見失っていた「好き」の感覚は。
なのに、私はそんな大切な思い出と一緒に、宝箱そのものも心の奥にしまいこんで、存在を忘れてしまっていたんだなぁ。
ほこりをかぶって眠っていた宝箱をやっと今、取り出してきた気分。
これからは、そこに、少しずつ、ゆっくりでいいから、「好きだな」と感じるものを再び集めていく。
どんな小さなものでも、ひとつひとつ。
また「私の好き」を取り戻していくために。
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