台所から、愛をこめて
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:まるこめ(ライティング・ゼミ25年11月コース)
拝啓 旦那さま
今日もお仕事、お疲れさまです。
いつも私の作るごはんを美味しそうに食べてくれて、ありがとうございます。
……と言いつつ、昨日は刺身をお皿に乗せて出したことは自覚しております。
そんなわけで私は今、台所で出汁をとりながらこの手紙を書いています。
毎日のこととはいえ、便箋を選ぶように献立を考えるのは、楽しくもあり、時には頭を悩ませてくれるものでもあります。数日間の献立のバランスや冷蔵庫の在庫を踏まえたり、あなたの疲労具合に合わせたり、さらには子供たちの栄養のことも考えたり……1日のうちにこれほど頭を悩ませることができるのは幸せなことなのだと思います。
ゴボウをささがきしながら、ふと思うのです。
貴方に作る料理というのは、つまるところラブレターと言っても過言じゃないのです。
1日の中で、こんなにも大切な人のことを思いながら何かをするっていうのは、料理を作る時だけだと思うんです。忙しくて大変だろうなと思えば、好物を出して元気付けてあげたいと思う。良いことがあれば、ご馳走を出してそれまでの頑張りを労ってあげたいと思うわけです。貴方の目の前に出される料理には、それが出来上がるまで……いや、この料理にするぞ! と考える時から、貴方のことを考えて作っている。それはまるで、手紙を書く時に便箋や封筒、ペンの種類や色を選ぶ時にとても似ていると思いませんか?
だから、毎日ごはんを食べてくれるだけで嬉しいですし「うまっ!」なんて言われた日には、思わずニヤニヤします。心の中では、人知れず小踊りだってしちゃうんです。手紙というのは、確かに相手のことを思って書くものではありますが、やはり「受け取って」もらえて初めて成り立つものだと思うんです。特にラブレターに至っては、やはり下心があるものですから、やはり受け取り手の反応は気になりますよね。
ゴボウとモツ、そしてキャベツを入れた鍋からアクが出てきました。
これまでの人生を振り返ると、もうそこそこいい歳になりました。出した手紙……作ってきた料理の数もたくさんありました。もちろん、全てが完璧ではありませんでした。失敗だって、たくさんしてきました。それに、出した手紙が封も切られず、読まれることなく返ってきたことだってありました。そうした手紙の束を、自分の手で泣く泣く破り捨てたこともありました。
そんな時は、胸が張り裂けそうに辛かった。だけど、アクを取りながら思うんです。
このアクを取った後のスープが料理を格段にレベルアップさせるんです。
いろんな思いを経てきた私は、きっと前に進んでいると確信しているのです。そして、そんな私に自信をくれたのが貴方からの「うまっ!」や「これ、まだおかわりあると?」だったんです。貴方が私の作ったご飯を食べる生活が「あたりまえ」になってから、私はたくさんの返事をもらいました。
「ねぇ、これってどうやって作りよると?」
「はぁー! これって自分で作れるんね!」
「そうよなー、こういう一手間なんやろうなぁ」
「や、これ店出せるよ……」
その一言や、食べっぷりに、私はどれほど救われたでしょう。
たまに、びっくりするような失敗をしても
「これ、こうすればイケるんじゃね?」
と、一緒に頭を悩ませてくれた時には感謝しかありませんでした。周りの人からは「仕事もしながらご飯ちゃんと作ってるのすごいね〜」なんて言われることもあります。だけど、本当のところは、貴方からのお返事がもらえるのが嬉しくて、下心丸出しでキッチンに立っているだけなんです。きっと私は欲張りなんでしょう。まあ……要するに面倒くさい女なのです。胃袋を掴むだけじゃ物足りなくて、心まで鷲掴みにしないと気が済まないのかもしれませんね。
これからも、決して映える料理は作れないとは思います。品数だって、たくさんは出してあげられないかもしれません。たまに、びっくりするようなゲテモノを召喚してしまうことだってあるでしょう。だけど、想いだけはこの一皿、この一品にこめて貴方のいる食卓に届けたいと思います。これからも、長い人生ではありますが少しでも美味しいごはんを出せるよう、精進して参りますのでどうかよろしくお願いいたします。
部屋の中に味噌の香りが漂ってきた。
お玉ですくって、スープを味見する。うん、バッチリだ! あとは……豆腐を入れて、ニラをのせて蓋をするだけっと。規則正しく切られた豆腐を優しく鍋に入れ、これまたきちんと数センチ単位で切られたニラを鍋の上に横一列に整列させ、手紙の封をするように、蓋を閉めて、旦那さんが帰ってくるその瞬間に間に合うよう、鍋をもう一煮立ちさせた。
「ただいまー、お? 今日もつ鍋やん? やったねー」
「そーよー、飲み物何にするー?」
「ビール!」
「はいよー」
手紙の封を開けるように、鍋の蓋を開けた。味噌とニンニクの香りが部屋いっぱいに立ち込めた。さぁ、今日のラブレターはアツアツのもつ鍋ですよ。どんなお返事がいただけるのか、とても楽しみだ。
《終わり》
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