冬至の夜はキャンドルを灯して 〜「一陽来復」物語〜
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事: ホーリープラネットえいこ (ライティング・ゼミ25年11月開講コース)
※この記事はフィクションです。
午前0時03分。闇の奥で、光が折り返した。
そして午後3時。スマートフォンが、孫の声を連れてきた。
ヨーヨーばぁちゃんは縁側で、柚子茶の湯気に顔を寄せ、目を細めた。
「リスナーのみなさま、こんにちは! 月曜の午後3時、『協創の森』369ch(ミロクチャンネル)のお時間となりました。銀河のパーソナリティ、ジュジュこと、森家樹寿です。今日は、2025年12月22日(月)、冬至ですね」
スマートフォンから、孫のジュジュの弾んだ声が流れてきた。
ヨーヨーばぁちゃん──森家葉子は、縁側に座り、冬のやわらかな日差しを浴びながら目を細めた。初めてインターネットラジオで孫の声を聞いたときは、宇宙の果てから届いたみたいで驚いたものだが、今ではこの午後3時が、葉子にとって一番の「お茶の時間」になっている。
「冬至点は午前0時3分。闇のいちばん深いところで、光が折り返す瞬間ですね。夜に冬至点を迎えるのは、数千年に一度のことなのだそうです。今朝の朝陽は、とてもパワフルでしたね。
それから最近、遠い宇宙から『3I/ATLAS(スリーアイ・アトラス)』という“お客さま”が地球に近づいている、なんて話もありますね」
ジュジュの声は、森の木々をゆらす風のように爽やかだ。
「冬至は、一年でいちばん夜が長い日。でもそれは、明日からまた日が長くなっていく『太陽の誕生日』でもあります。陰が極まって陽に転じる。これを『一陽来復(いちようらいふく)』と言います。今日は、そんな特別な日、冬至の過ごし方をお届けします。みなさん、温かいお茶の準備はいいですか? 冬至明けを祝い、乾杯しましょう!」
ヨーヨーばぁちゃんは、手元の湯呑みを少し持ち上げた。中には、柚子の皮を浮かべたお茶が入っている。
「まずは冬至のおさらいです。天文学的には、太陽の黄経が270度になる瞬間を指します。昔の人は、生命の源である太陽の力がいちばん弱まる日を『ここから光が蘇る、おめでたい日』としてお祝いしました。
日本では『ん』のつく食べ物を食べます。冬至の七草は、なんきん(かぼちゃ)、れんこん、にんじん、ぎんなん、きんかん、かんてん、うんどん(うどん)の7つ。『ん』が2つ付く食材を食べることで、冬至を境に運気を呼び込み、健康に過ごすという縁起の良い風習です。柚子湯に入るのは、香りで邪気を払うためですね。 お隣の中国では、北の方は水餃子、南の方は『湯円(タンユェン)』というお団子を食べる習慣があるんですよ。家族みんなで集まって、丸いものを食べて、円満を願う……素敵だと思いませんか?」
ジュジュの声が、落ち着いたトーンになった。物語を語る色へと変わっていく。
「実は私には、忘れられない冬至の思い出があります。 それは、私の祖母『ヨーヨーばぁちゃん』と、幼なじみの中国人のお友達『フォンくん』と過ごした夜のことです……」
【回想:三本のキャンドルと食卓】
23年前の冬至の夜。外は、粉雪が舞っていた。
当時、近所に住んでいたフォンの両親は仕事で忙しく、彼はよく森家で夕食を共にしていた。食卓に向かい合わせに座る幼いジュジュとフォンの前に、ヨーヨーばぁちゃんは三本のキャンドルを並べた。
「今日はね、特別な夜なんだよ」
ばぁちゃんはやさしく微笑み、マッチで一本目のキャンドルに火を灯した。
「これは、日本の灯り」
そして、その火を隣のキャンドルに分け与えた。
「これは、中国の灯り」
最後に、三本目にも火が移る。
「三本目は、世界の灯り」
ばぁちゃんは、ふっと息を吐くように言った。
「今日はね、火を分け合って闇を照らす日なんだ。だって冬至は、世界中の誰にとっても、太陽を待ちわびる日なんだから」
食卓には、ホクホクに炊かれた日本の「かぼちゃの煮物」と、フォンが持ってきた胡麻餡入りの「湯円」が並んでいた。
「『おかげさま』で今日のご飯がある。『おたがいさま』で仲良くする。 今日はね、1年の感謝を振り返る日でもあるんだよ。
無償で受けてきた感謝、当たり前だと思ってきたけれど……よく考えてみたら、当たり前じゃないことが、たくさんあるよね」
ばぁちゃんは、二人の顔を見て、にっこり笑ってうなずいた。
「さぁ、感謝のお祈りはできたかな。ご飯をいただこうかね」
「いただきます」
二人の声が、重なった。
ヨーヨーばぁちゃんの言葉は、ジュジュとフォンの心に、理屈ではなく温かな“感覚”として染み込んでいった。
「いいかい、二人とも。これから大人になって、もし世界が暗い闇に見えても、この火を思い出しなさい。闇が深ければ深いほど、光はすぐそこまで来ている。それが『一陽来復』。 こうして一緒に笑って、食べる食卓に感謝をしようね」
「……そんなばぁちゃんの言葉を、今でもお守りのように胸に抱いています」
ラジオの中のジュジュの声が、確かな力強さを持って響く。
「冬至の夜は、リスナーのみなさんもキャンドルを灯してみてください。私のおすすめは、ミツバチの巣から作られる『蜜蝋(みつろう)キャンドル』です。ほんのり甘い香りがして、アロマテラピー効果やリラックス効果があるとも言われています。 一本は自分のために。もう一本は、大切な人のために。三本目は、今日という日に感謝を込めて。 その祈りは、地球の呼吸と重なって、遠い宇宙のご先祖さまにまで届く──私は、そう信じています」
【上海と日本を結ぶ光】
中国・上海の高層ビルの一角。
李 風(リ・フォン)は、イヤホンから流れるジュジュの声に、思わず口元をゆるめた。彼はスマートフォンの画面をタップし、ジュジュにメッセージを打ち込む。
『ラジオ聴いてるよ、ジュジュ。今、こっちはオフィスでおやつタイム。ちょうどタンユェンを食べてるところ。ジュジュの話を聞いてたら、あの頃のばぁちゃんの家の香りを思い出したよ。 春節に逢えるのを死ぬほど楽しみにしてる。その時は、二人で一緒に新しいキャンドルに火を灯そう。愛してるよ』
送信ボタンを押すと、画面の中で小さな飛行機が飛んでいった。
2026年6月。ジュジュの誕生日に家族になるという約束。
それは、かつてヨーヨーばぁちゃんが冬至の夜に紡いでくれた、二人の縁だった。
【エンディング】
「それでは最後に、みなさまの明日からの新しいサイクルが、希望に満ちたものになるように、この曲をお届けします。明後日はクリスマスイヴ。ジョン・レノン&オノ・ヨーコで『Happy Xmas (War Is Over)』。 今年の『協創の森』369chは、今日が2025年の締めくくりとなります。次回の放送は、新年1月5日(月)、小寒で一粒万倍日の日です。お楽しみに!
年末年始、お元気でお過ごしくださいね〜。弥栄ましませ〜」
ヨーコとジョンの声が流れ、ジュジュの声がフェードアウトしていく。
「……弥栄ましませ、か。いい言葉だねぇ」
ヨーヨーばぁちゃんは、スマートフォンをそっとテーブルに置き、ゆっくりと立ち上がった。
「さて、そろそろ、柚子をお風呂に入れようかねぇ。」
窓の外、夕焼けが黄金色に輝き、糸みたいな月がひとすじ浮かんでいた。
冬至の夜の藍色が、町の灯りをやさしく包みこんでいった。







