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 展覧会の終わりに


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事: まるこめ (ライティング・ゼミ25年11月開講コース)

 

 

「こりゃあ、まるで展覧会やな」

 

 

家族が寝静まった夜、私はひとり、鏡の前に立っていた。

顔には、無数の保護テープが貼られている。大小さまざまな形の額縁に収められているのは、名画とは程遠い……シミだ。

 

一晩限りの展覧会。お客様は、私だけ。

明日になったら、これらは全て撤去されてしまう。

 

「それにしても、こんなにあったんやねぇ……」

 

20代、ろくにスキンケアなんてしてこなかったツケが回ってきたのか、30代に入ってから、少しずつ増えていった顔のシミ。女性にとっての30代は、正直しんどい。人生の中の30代って、仕事もプライベートも脂が乗った忙しい年代にも関わらず、女性の30代はそのほとんどを2度くる「厄年」に費やさないとならない。そのうち1回は「大厄」ときたもんだからホント、たまったもんじゃない。

 

その波に乗ってしまったのか否か、30代は仕事もなかなかに忙しく過ごしたし、プライベートに至っては、離婚、再婚、出産と、とにもかくにも忙しかった。最小限のこと以外は自分のことを後回しにしている間に、気づけばたくさんの作品が顔の上に誕生していた。

 

「仕事でドタバタ期〜育休明けはつらいよ〜」

 

「仕事も家庭も大忙し期〜大厄ってなんやねん〜」

 

「ストレスフル期〜気合と根性の間〜」

 

「産後・寝不足期〜9年ぶりの赤ちゃん育児は体力がないのよ〜」

 

 

他にもまだまだたくさんの作品が、所狭しと並んでいた。そのひとつひとつを観ながら、わたしはなんだか誇らしい気持ちになった。全てが楽しいことばかりじゃなかったし、むしろ大変だな、辛いな、しんどいなって思うことがたくさんあった。だけど、ここまで来れたのは、いろんな人の力を貸してもらえたことと、自分自身がその時できる全力で向き合ってきたからだ。この額縁に入ったシミたちは、これまで私が生きてきた証だ。そして、ようやく2度目の厄が明けようとする今。私は、このタイミングこそが、展示替えにとって最もふさわしい時期だと感じた。

シミを取ることは、過去を消すことではなく、新しい「これから」の展示に向けての展示期間の終了の合図なのだ。だけど、少しだけ寂しく感じた。少しだけ、自分が自分でなくなるような気がした。

 

「はい、それでは剥がしますよ」

 

朝は、変わらずやってきた。無造作に並べられた展示は、一枚、一枚丁寧に剥がされていった。昨晩、時間をかけてゆっくり顔じゅうに展示してあった無数の額縁たちは、あっという間に撤去されてしまった。

 

「おお、まっさらだ……」

 

無数にあった黒いシミたちがいなくなった。ちょっぴりさみしい気もするけれど、なんだかとても清々しい気持ちになった。自分が自分でなくなるかもしれない……というのは杞憂だった。シミは無くなったけれど、私は確かにここにいる、あの展覧会が終わったからといって私の人生が真っ白になるわけではない。むしろ、失ってようやく次に何を描こうかと考える余白が生まれたのだ。

 

まっさらになった自分の顔を鏡で見ながら、私は思った。

若返った! というほどの変化はない。劇的ビフォーアフター! という感じでもない。

だけど、何かが一区切りついた感覚が、確かにあった。

 

30代は、とにかく走り続けた。

立ち止まる余裕も、振り返る暇もなく、目の前のことをどうにかこなすことだけで精一杯だった。

 

ちゃんとやらなきゃ

踏ん張らなきゃ

私が、やらなきゃ

 

そんな気持ちで走り続けてきた結果が、昨晩の展覧会だったんじゃないかと思う。

 

だけど、もう十分頑張った。

もう「無理をした証」を増やさなくてもいい。

 

 

これからは、ちゃんと眠って、ちゃんと笑って、たまにはちゃんと自分のことも手入れしながら生きていきたい。

展示が終わった、ということは「次に何を展示するのか」を自分自身で選べるということだ。これまでのがむしゃらな人生も、嫌いじゃなかったけれど、次はもう少しだけ、肩の力を抜いた作品でもいい。

 

みんながアッと驚くような大作じゃなくたっていい

目を引くような派手な名作じゃなくたっていい

 

日常のちょっとしたことに対して「良かったなぁ」と思える日々を、丁寧に積み重ねていくことができたら、それで十分だ。

 

厄年も2回目が終わり、30代の終わりが近づいてきた。

鏡に映る、明るくなった顔を見ながら、私は少しだけ、未来を楽しみにしている自分に気がついた。次は、自分に優しいテーマがいいな……そんなことを考えながら、展示替えを終えたまっさらな顔で、私はまた、新しい一日を生き始めることにした。

 

 

 


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