インドでの100%シュア!は、0%だった
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:もとこ(25年・年末集中コース)
いま思い返すと、あれはこれからインドに行く人や、インド関連の仕事をする人にこそ知っておいてほしい、とても貴重な学びだった。
「No problem! 100% sure!(ノープロブレム。100%大丈夫!)」
黒に近い褐色の肌に、真っ白な歯をニッと見せて、彼は満面の笑顔でそう言った。インドでは、何度となく耳にしてきた言葉だ。そして同時に、何度となく裏切られてきた言葉でもある。それでもこのときの私は、その「100%」を疑いなく信じてしまった……。
まだWi-Fiルーターのレンタルなどが一般的ではなかった、ずいぶん昔の話だ。インドでいつもお世話になっている広大なヨーガ施設で、私はグループを連れてコースを主催していた。施設内はとにかく広く、携帯電話を現地で用意することも簡単ではなかった時代。通訳をしながらスタッフ対応と参加者のサポートに追われ、気づけば、常に速足で髪を振り乱して駆け回っている自分がいた。
広い施設内の移動時間を計算に入れずにスケジュールを組んだ自分の見通しの甘さに、ほとほと呆れた。その時感じていた疲労は、まぎれもなく自分が招いた結果だった。
だからこそ、この状況で自分の責任を全うするには、電話が使えたらどれほど助かるだろう、と何度も思った。ただ当時は、インドで外国人がインド国内で通話できる携帯電話を準備すること自体が簡単ではなく、すぐに実現できる選択肢ではなかった。
そこで私は、まずは電話以外の手段を考えてみた。
「私の自転車を使えばいいよ」
そう言ってくれる親切な先生もいた。ただ、その先生は長身のインド人男性。彼が軽々と乗るその自転車は、私にとっては、どう考えても安全とは言えなかった。サドルにまたがると、足は地面には届かないのは明らかで、ペダルにようやく引っかかる程度に見える。もし転びでもしたら、確実にズル剝け必至だ。インドの医療現場を少し知っている日本人医師としての私は、インドの病院に運ばれることだけはどうしても避けたいと思った。ありがい申し出ではあったが、丁重にお断りした。その先生は、少しだけ寂しそうな笑顔を見せた……。
「これはもう、電話が使えなければ無理だ」
そう思った私は、施設の管理職をしているインド人に相談し、インフラ関係のメンテナンスを担当しているという男性を紹介してもらった。待ち合わせ場所に現れた彼は、初対面にもかかわらず、人懐っこい笑顔で私を迎えた。
「No problem! 100% sure!」
その言葉を聞いた瞬間、私はほっとしていた。日本では、「大丈夫です」「任せてください」と言われたら、それは「本当に大丈夫」だし、「任せていい」という意味だ。私は、無意識のうちに、その日本的な感覚をそのままインドに持ち込んでいたのだと思う。しかも100%大丈夫だと言う……。そう言った以上、少なくとも何かしらの進展はあるに違いない。ところが……、その後の展開は、あまりにもインド的だった。
施設内の小道ですれ違っても、彼はまるで私が存在しないかのように知らん顔をする。こちらから声をかけても、返ってくるのは「Tomorrow(明日)」の一言だけ。その「明日」は、決してやってこない。
そもそも、インドでは時間に関する概念が、日本とは大きく異なる人が多いように感じる。インドでは、時間は目安であって、約束ではない。「1分」は5分以上が普通、「10分」は30分以上待つ前提で心づもりしておいた方がいい。そう考えておくだけで、精神的な消耗はかなり減る。
「今ここ」に注意を向けよ、とヨーガは言う。でもこの時ばかりは、来もしない「明日」に振り回されて、正直なところ、私はかなりイラついていた。
滞在期間は限られている。焦りと苛立ちが、じわじわと積み重なっていった。今思えば、彼に悪気はまったくなかったのだろう。あの「100%シュア!」は、きっと本心だった。あるいは、その場を丸く収めるための、いつもの言葉だったのかもしれない。インドでは、「約束」は未来を保証するものではなく、その場を円滑にする意思表明に近いことも多い。
結局私は、紹介してくれた管理職のインド人に再度事情を話し、彼のバイクの後ろに乗せてもらって、施設から5分ほど離れた町のマーケットまで行くことになった。SIMカードを自分で購入し、何とか電話が使えるようにするためだ。日本人一人では購入すらできなかったので、管理職の彼の助けは必須だった。
バイクの後部座席で、私はそのおじさんにぴったりとしがみつきながら走っていた。強面で、普段は周囲から一目置かれ、どこか恐れられている存在。その背中に密着しながら、なぜか胸の奥に、言葉にしがたい虚無感が広がっていくのを感じていた。同時に、ほんの一瞬、その人のやさしさを垣間見た気もした。怒るでもなく、責めるでもなく、ただ現実的に「じゃあ行こう」と言って、私を助けてくれた。その姿に、少し複雑な気持ちになった。
インドでは、幸いにも私は、まだ本当に性悪な人に出会ったことはないと思う。ただ、「約束を守る」という概念が、日本人とは決定的に違う。それだけのことだ。
日本では、言葉は信用の単位になる。しかしインドでは、まずは信頼関係を伴う根回しであり、裏付け、そして確認。期待しすぎないことも、自分の精神状態を保つためには重要だ。そうしなければ、高い確率で「裏切られた」と感じてしまう。いや、裏切られたと感じるのは、単にこちらの問題なのだ……。そして、もし時間通りにやってきたら、インド人もびっくりする。
「日本の常識を、そのままインドに持ち込んではいけない。」
郷に入っては郷に従う。その柔軟さを持っていれば、インドで起こる出来事の多くは、「試練」ではなく、「学び」に変わる。
あのときの「100%シュア!」も、今となっては、私のマインドをたくましくしてくれた大切な経験のひとつだ。そして何より、日本という国が、どれほど約束を大切にする社会なのかを、改めて教えてくれた出来事でもあった。
その経験以外にも、残念だったのかラッキーだったのか、今となってはよくわからなくなってきたが、私はインドでは「あるある」と言われる数多くの失敗を重ねてきた。だから今は、当時より少しだけ賢く、打たれ強くなり、問題を回避する感覚が身についてきたように思う。インドでは、思いがけない所に問題が潜んでいるのだから。
だから、これからインドに行く人、インド人と仕事をする人には、ぜひ知っておいてほしい!
「インドで100%シュア!と言われたら、0%だ!」
≪終わり≫
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