ママ友と比べてしまった、あの頃の私へ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:RICA(25年・年末集中コース)
「育休中、ハワイに行く予定があるんだ」
ママ友がニコニコしながら言った。
屈託のないその笑顔を見て、素敵だな、と思ったのは本心だった。
けれど同時に、胸の奥がきゅっと縮むのを感じた。
私には、そんな金銭的余裕も、心の余裕も、体力的余裕もない。
というより、生後一年未満で、離乳食が始まったばかり、しかも常に動いていないと本気で嫌がる我が子を連れて、長時間のフライトに耐え、その疲労を抱えたまま旅先を楽しめる自信が、私にはまったくなかった。
空港での移動、機内での過ごし方、時差や環境の変化。
想像すればするほど、不安ばかりが先に立った。
「大変そう」という感情の奥には、「私はそんな余裕のある母親ではない」という、諦めに近い気持ちがあったのだと思う。
その頃の私は、本当に余裕がなかった。
どんなママ友に出会っても、無意識のうちに比べてしまい、気づけば自分で自分を追い込んでいた。
比べたいわけではないのに、目に入ってきて、気づけば落ち込む。
そんなことを、毎日のように繰り返していた。
ママ友という存在は、少し特殊だ。
生まれも育ちも、年齢も、仕事も、価値観も違う人たちと、「子どもが同じくらいの時期に生まれた」という理由だけでつながる関係。
これまでの人生で、私はこんな関係性の中に身を置いたことがなかった。
学生時代も、社会人になってからも、友人関係はどこか自分で選んできた。
話が合う人、価値観が近い人、無理をしなくて済む人。
そうやって築いてきた関係性とは、ママ友はまったく違っていた。
二十代後半、私は半ば開き直るように「もう好きなように生きよう」と決めた。
人と同じじゃなくていい。
比べなくていい。
そう思いながら、仕事も暮らしも、自分なりに選んできたつもりだった。
ところがどうだろう。
児童館に通うようになり、同じくらいの月齢の子を持つママたちに囲まれるようになった途端、その価値観はいとも簡単に揺らいだ。
周りには、あまりにも多くの比較材料があった。
育児に余裕がありそうな人。
家族で旅行を楽しんでいる人。
仕事と育児を軽やかに両立しているように見える人。
一方で私は、元気すぎる我が子の体力を削るために、必死で児童館に通っている。
遊ばせて、あやして、抱っこして、また遊ばせる。
それだけで一日が終わる日も、少なくなかった。
「ああ……つらいなあ」
誰に向けるでもなく、そんな独り言が口からこぼれていた。
かわいい我が子が無事に生まれて、毎日元気で、よく笑っている。
それなのに、心のどこかに、どうしようもない満たされなさがあった。
自分はちゃんと楽しめているのだろうか。
母親として、これでいいのだろうか。
今思えば、私が比べていたのは「ハワイに行けるかどうか」ではなかった。
本当に苦しかったのは、「余裕がある母親」と「余裕のない自分」を並べて見てしまうことだったのだと思う。
楽しそうに見える人たちと、自分。
ちゃんとやれていない気がする自分。
その差を直視することが、何よりつらかった。
比べてしまう自分が、ずっと嫌だった。
比べても意味がないことも、頭ではわかっていた。
それでもあの頃の私は、ただ必死で、慣れない育児に戸惑い、寝不足のまま、先の見えない毎日に食らいついていた。
私は時々、心理士さんに話を聞いてもらっていた。
その時々に感じたことを言葉にすることで、気づきがあったり、少し気持ちが軽くなったりしていた。
その日も、「人と比べてしまって辛い」「この先が不安」と、取りとめもなく話していた。
心理士さんは、いつものように柔和な表情で、遮ることなく聞いてくれた。
一通り話し終えたあと、ふと、こんな問いを投げかけられた。
「それで今、ご自身について、どう思いますか」
少し考えたあと、思いがけず、こんな言葉が口をついて出た。
「ぐちぐち言っていて、正直ウザいなって思います。
やりたいことがあるならやればいいし、不安なら行動すればいいのに、って」
その言葉に、自分で自分が一番驚いた。
そうだ。私は本来、考え込むより先に行動する人間だった。
それから少しずつ、使える制度を調べたり、人の手を借りたりしながら、余裕をつくる工夫をするようになった。
完璧ではないけれど、自分なりの息抜きを見つけながら、なんとか毎日の育児を回せるようになった。
子どもの笑顔も、前より増えた気がする。
今でも、ママ友と比べてしまう瞬間はある。
完全にやめられたわけではない。
けれど、「比べてしまう自分」を責めることは、少し減った。
余裕がない時期があるのは、悪いことではない。
楽しめない時期があるのも、失敗ではない。
そうやって足踏みしている間にも、子どもはどんどん元気に育ってくれていた。
比べてしまう日があってもいい。
楽しめない時期があってもいい。
それでも子どもは、今日もちゃんと育っている。
そしてたぶん、私たちも。
≪終わり≫
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