メディアグランプリ

墓地は「聖地」か「売れ残り不動産」か? 〜崖っぷち財務専門家が、本尊の前で「土地活用」を計算した日〜


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:回復呪文は使えない(25年・年末集中コース)

 

「そんなことってある?」という状況で、妻の実家のお寺を継ぐことになった私。 しかし、僧侶の世界は甘くない。資格(住職の免許)を取るまでの数年間は、葬儀も年忌法要もやってはいけない。つまり、お布施による収入はゼロだ。

 

だが、請求書は待ってくれない。 先日、お寺のポストに届いたのは「火災保険」の更新通知だった。 開封して目を疑った。請求額、110万円。 「……は?」 今年の収入超えてんじゃん。

 

超えたらどうなる? 決まっている。自腹だ。

 

本堂は木造建造物だ。燃えやすい。その中ロウソクだの、線香だのをバンバン燃やす。だから高い。理屈は分かる。だが、おいそれと簡単に払える額ではない。

 

私の本業は(いや、副業と言うべきか?)、企業の財務顧問や金融投資を行う会社の代表だ。 ずいぶん大きな会社でもこんなに火災保険料を払っていない。 いろんな保険会社から相見積もりを取り寄せ、プランを見直し、特約を削り、なんとか69万円まで圧縮した。 それでも69万だ。

 

さらに、消防署の臨検で「消火器が期限切れです」と指摘された。 業務用の巨大な消火器は1本2万円。それが3本。計6万円が飛んでいく。 その他、水道光熱費も「お寺の維持管理費」として出ていくが、税務署は「『住』職はお寺に『住』んでるんだから、光熱水費は自腹で払え」と言う。そして、私はお寺に住んでない。

 

お寺の預金残高は、砂時計のようにサラサラと減っていく。 私はまだ住職ではないから権限はないが、管理者としての責任だけはある。 請求書を開封する度に、『自腹』という語感がずっしりと腹に響く気がする。

 

そんなことを考える間もなく、私は作業着に着替え、広大な墓地へと向かう。 サボっていた草取りをしなければならないからだ。

 

うちのお寺には、広大な「更地」がある。 最近造成された。 昭和の頃、先代たちが「いつか必要になる」と信じて拡張した、新規分譲用の墓地だ。 しかし、墓石屋さんは残酷な予言を残していった。 「この立地で、この数は、絶対埋まりませんよ」

 

はるか昔の人たちの念願を叶えるために造られた、誰も入る当てがない墓地。 そこ生い茂る雑草を、何の当てもなく抜く。 これほど虚しい時間があるだろうか。

 

抜いても抜いても生えてくる雑草を見ながら、私の脳内の「財務専門家」の人格が囁き始める。 「いっそ、墓地の分譲なんてやめて、アパートでも建てた方がいいんじゃないか?」 「不動産投資なら、人が住んで、管理の雇用も生まれて、地域貢献になるぞ」

 

そうだ。もう墓なんてやめて、土地活用だ! でなければ、や・っ・て・ら・れ・ま・す・か!

 

ブブブブ。 ポケットのスマホが震えた。知らない番号だ。 草まみれの手で画面をスワイプする。

 

「突然のお電話で恐縮です。ご自坊に、『樹木葬』の墓苑を整備しませんか?」 某大手葬儀会社からだった。 「詳しいシミュレーションをお持ちしますので、ぜひご面談を……」

 

私は草を投げ捨てた。 「聞きましょう。ぜひ」

 

こうして、今回のお題が決まった。 『この土地の、土地収益率最大化を考える』 場所は本堂、ご本尊の前。罰当たりな作戦会議の幕開けである。

 

やってきた担当者は、美しいパンフレットと、さらに美しい「収益予想図」を広げた。 提案されたのは、今流行りの「樹木葬」だ。 大きなシンボルツリーやモニュメントの周りに、小さく区画を分けて骨壺を埋める。

 

財務専門家として、即座に「一般墓」と「樹木葬」を比較する。

 

従来の「一般墓」は、いわば一戸建てだ。「一家に一つ」で、代々継承していく。 対して「樹木葬」は、ワンルームマンションだ。「一人に一つ」で、永代供養がついている。

 

担当者は熱弁する。 「今は『墓じまい』の時代です。跡継ぎ不要、管理の手間なし。このニーズは爆発的です。造成費用や広告は弊社が持ちます。お寺様は土地を貸すだけ。しかも、お寺が決まっていない葬儀の紹介特典もつきます」

 

電卓を叩く。 確かに、区画を細かく刻める分、坪単価(利回り)は跳ね上がる。 何もしなくても収益が入り、葬儀の仕事も増える。 まさに「濡れ手で粟」のおいしい話に見える。

 

しかし、私の脳内の「投資家」が警告を発する。 「待て。これはバブルじゃないか?」

 

歴史を見れば、お墓には「薄葬(簡素化)」と「厚葬(豪華化)」の波が交互に来ている。 経済に50年周期の「コンドラツェフの波」があるように、お墓にもトレンドのサイクルがあるはずだ。 今は「墓じまい」ブームで樹木葬が人気だが、若者世代へのアンケートでは、意外にも「お墓を残したい」という声も多い。 樹木葬だけ整備して、50年後に「やっぱり立派な石のお墓がいい」という時代が来たら? 一度埋めたら、そこはもう更地には戻せない。

 

では、当初の思い付き通り、アパート経営(不動産投資)はどうか? 地域に人が増えるし、一番健全な気がする。 だが、宗教法人が収益事業(不動産賃貸)を行うと、当然だがガッツリ課税される。 お寺の境内地だから非課税だった土地が、アパートを建てた瞬間に「固定資産税」の対象になる。 もし入居者が決まらなければ、税金分だけ赤字を垂れ流すことになる。

 

「聖地(非課税)」のまま樹木葬でブームに乗るか。 「不動産(課税)」としてリスクを取ってアパートを建てるか。 それとも、草を抜きながら奇跡的に一般墓が売れるのを待つか。

 

葬儀会社の担当者が帰った後も、私はご本尊の前で腕組みをしていた。

 

どこのお寺も、生き残るのに必死だ。 「お参りにお金を使う余裕がない」のではない。「お参りに時間を使うほど暇じゃない」時代なのだ。 そんな中で、なりふり構わず収益を追えば「聖域」としての品格が消える。かといって、品格を守って座して死ねば、文化そのものが消える。

 

お金と文化の両立。 最適解が見つからない。もっとこう、カジュアルに仏教に取り組めないものか。

 

カジュアルに……。

 

カジュアルに……。

 

……と、そんなことを、今日の仕事中もずっと考えてしまっていたらしい。

 

「……あの、もうそろそろ帰らなくていいんですか?」

 

ふと顔を上げる。 ここは、私の本業(財務コンサル)のオフィス。 考え込んでいた私を心配して、女性社員が声をかけてくれたのだ。

 

時計を見ると、もう定時を過ぎている。 カジュアル、か。

 

「もうこんな時間だ。君も早く帰ってね。私も早く帰ってお経を読まなくっちゃ」

 

「……え?」 女性社員は一瞬きょとんとして、次の瞬間、口を押さえて吹き出した。 「ぷっ……! 読まなくっちゃ? お経を? あはは!」

 

彼女は顔を真っ赤にして、笑いをこらえながら部屋を出ていった。

 

お、ウケた。 これだ。この感じだ。 眉間にしわを寄せて「土地活用」なんて考えているより、 「これからお経なんで、お先っす!」くらいのノリで生きる。 そんな「カジュアルな仏教」の中にこそ、お寺が生き残るヒントがあるのかもしれない。

 

とりあえず、今日のところは草取りのことは忘れて、お経の練習でもしようと思う。 (消火器代はどうやって捻出しようか……)

 

≪終わり≫

 

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院カフェSHIBUYA

〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6丁目20番10号
MIYASHITA PARK South 3階 30000
TEL:03-6450-6261/FAX:03-6450-6262
営業時間:11:00〜21:00



■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「名古屋天狼院」

〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-5-14先
Hisaya-odori Park ZONE1
TEL:052-211-9791
営業時間:10:00〜20:00


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00



関連記事