メディアグランプリ

ごほうび先取りクエストLv.1 


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事: ムー子 (ライティング・ゼミ25年11月開講コース)

※この記事はフィクションです。

 

「え、パパ、せんせいのごほうびのラムネもらってないの?」

 

吸入器で薬剤を吸いながら、女の子が驚きの表情で自分の父親に聞いた。

4才位だろうか、体操着を着ている。

 

ここの耳鼻科では、子どもたちは診察を終えるとラムネがもらえる。

冷たい器具を入れられ鼻がピリッとする。怖いと思いながら、子どもたちは頑張って診察を受ける。その後にもらえるラムネはご褒美の「勇気の証」だ。

 

「どうして? パパはがんばってなかったのぉ?」

床につかない足をブラブラさせ、赤いセロハンに包まれたラムネを握りながら、続けて聞く。

 

診察を終えた父親が、女の子の横に座り吸入器をセットしながら言った。

 

「パパはもう大人だからだよ」

 

仕事が終わってから来たのだろう。顔は少し疲れている。

 

「……おとなってたいへんだなあ」

 

 

そうよ。大人って大変なのよ。

 

女の子の横で吸入していた私は脳内で相槌をうった。

目の前の吸入器がピーっとなった。終わりの合図だ。

部屋を出て、会計を済ませ、寒い外に出た。

 

 

私が社会人になってから、数年経つ。

ラムネをもらえる年齢はとうに過ぎている。

 

自分が何に向いているのか、何をやりたいのか見つからないまま、内定をもらった会社で営業事務をしている。

 

 

私が入社した時、事務の前任者はすでに退職済みであった。

右も左も分からず、マニュアルもなかったため、必死で仕事の内容を覚えてきた。

 

現在は慣れてきたからか、営業から指示をもらえれば、私は契約書類から請求書、見積作成までほぼできるようになっていた。

また、別部署に手伝いを要請されたら文句なしで手伝うので、会社の中の「何でも屋」になっていた。

 

 

ただ、仕事は特にやりがいがない。特別なスキルを習得したわけでもない。

仕事をただこなしている毎日だった。

 

 

耳鼻科を受診した次の日、トラブル続きで疲れた。

担当営業のミスがあまりにもひどく、提出する書類を最初から見直すはめになり、午前がつぶれた。

 

今日までにやらなければならない、別の自分の仕事があるのに。

昼休み返上で処理しないと間に合わないかもしれない。

 

 

とりあえず昼ご飯確保のため、会社近くのスーパーに出かけた。

 

適当におにぎりをつかみ、レジに行こうとした時だった。

ラムネのバラエティパックが目に入った。

 

 

「ごほうびのラムネはもらえないの?」

 

ふと誰かに言われたような錯覚がした。

 

 

自分にはご褒美をもらえる資格があるのだろうか。

正直頑張っているのか、よく分からない。

そんな状態でもらっていいの?

 

 

脳内での会話から我に返った。

きっと、糖分が足りていないからだ、変なことを思うのは。

 

おにぎり2個とラムネの袋をかごに入れ、レジに向かった。

 

 

昼休みもおにぎりを食べながら書類を確認し、黙々と作業をしたからか、自身の仕事の目処がついた。

 

時計を見ると、15時前だ。

「少し休憩してきます」と言って、給湯室に入った。

 

 

先ほど買ったラムネの袋を開ける。

どれにしようかな。

 

 

透明のフィルムに赤と黄の水玉のラムネが一番先に目に入った。

なんとなく可愛く思えて、それを取り出す。

袋を360度回転させてみたが、同じものはなさそうだ。

 

「当たりのレアのラムネか、君は」

独り言をつぶやきながら、セロハンを外して口に運んだ。

シュワシュワとした、甘さと少しの酸味が合わさって懐かしい味が広がる。

 

 

「ナシダさん?」

 

私の名前を言いながら給湯室に入ってきたのは、違う部署にいるアリタさんだ。

 

 

私より2歳上の先輩だ。おしゃれで綺麗、仕事も出来る人だ。

別の部署にいるので日頃は挨拶だけで、書類を届けに行ったときに少し雑談をするくらいだ。

 

 

「お疲れ様です」

 

何か気の利いたことを話したほうがいいよな、と思いつつ、全くその後が出てこない。

 

「何それ、ラムネ?」

 

アリタさんの指がそっと伸びてきた。

 

「あ、そうです、よかったらどうぞ」好きな色を取ってもらおうと差し出した。

「いいの? じゃあいただこうかな」

予想外に喜び、アリタさんはピンク色の包み紙のラムネを取った。

 

「久々に食べたらおいしい! ……事務仕事してると、頭溶けるよねえ」

 

アリタさんは目を瞑りながら、ラムネを味わっているようだった。

「そう…ですね」

 

私は視線を下に向け、会話の糸口になるようなことを探す。

 

気がつけば「アリタさんって、ピンク色好きなんですか?」と聞いていた。

 

突然の私の質問に目を開け、きょとんとした顔をした。

 

「あ、ラムネの色ピンク選んだし、それにそのネイル、めっちゃ綺麗ですね」

 

 

アリタさんは自分の手を見た。

桜貝のような可愛いピンクのネイルカラー。動くたびにきれいなラメが揺れる。その上に、きらきらとしたラインストーンがちょこんとのっている。

 

「あ、これ? ありがとう! この前奮発してさあ、マニキュア自分へのご褒美に買ったの、あそこの百貨店でね……」

買ったいきさつを、にこにこ笑いながら話してくれた。

 

 

ご褒美というフレーズが、昨日の出来事とリンクしたような気がした。

 

仕事ができるアリタさんは、日ごろの自分の頑張りをどのタイミングでジャッジし、マニキュアを買ったのだろうか。

 

気になって聞いてみた。

 

「アリタさんって自分へのご褒美はいつのタイミングで買ってます?」

 

 

そう聞くと、アリタさんは少し考えて

 

「うーん、私はご褒美先取り派かな…」と答えた。

 

 

本来「褒美」は何かを達成した時、頑張った時にもらえるものだ。

 

それを、先取り?

 

聞きなれない発想に目の前がハテナだらけになった。

私の顔を見て、アリタさんは笑いながら言った。

 

「ご褒美を先に買っちゃうの。それを燃料にしてさ、目的に向かって頑張るわけ」

私の前で綺麗な手を広げ、見せてくれた。

「こうやって綺麗なネイル見ながらだと、テンション上がって仕事はかどるの」

 

 

アリタさんの発想には驚きしかなかった。でも、すんなり私の心にストンと入ったような気がした。

 

 

私はご褒美の基準を「自分が頑張っているか、頑張っていないか」に置いていた。

少なくとも、もらえるのはその判断の後だと。

 

 

しかし、これはどこで誰が判断するのだろうか。

 

他人と比べて頑張っているか否かを判断しても、一生答えはでないだろう。

人によってその基準は違うからだ。

だからといって、現実は他人が何かくれる訳でもない。

あのラムネのように。

 

 

ご褒美を何にするか、タイミングをいつにするのか、考えるのは自分が軸となって考えていい。

自分が頑張るために、原動力として先にご褒美をもらってもいいのだ。

 

 

「なるほど……」

納得していると、アリタさんがにんまりしながら私の顔をのぞきこんできた。

 

「ナシダさん、今度一緒にケーキ食べに行かない? 会社の近くに可愛くてキラキラの宝石みたいなケーキ売ってるの」

 

唐突のお誘いにびっくりした。

だが、その後のアリタさんの一言を聞いて、私はすごくワクワクしたのだ。

 

 

「ご褒美の先取り、探しにいこうよ」

 

 

ずっと流されるまま、毎日を過ごしてきた灰色の日常に、すこし彩りが見えたような気がした。

 

「行きます、楽しそう」

 

ワクワクが、ラムネのように弾けだす。

 

 

席に戻り、自分の手帳を広げた。

今週の金曜日の欄に、ピンクのペンで丁寧に「アリタさんとご褒美ケーキ」と書いた。

今日は火曜日。まだ日にちはあるが、頑張れる。

 

 

あの女の子に会ったら、私は言うだろう。

 

大人はね、ご褒美を自分で探しにいくの、それが楽しいんだよ。

 

 

≪終わり≫

 

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