あたたかい部屋で、つめたいアイスを
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事: まるこめ(ライティング・ゼミ25年11月開講コース)
みなさま、本日はこうして私に時間を割いてくださり、誠にありがとうございます。
いよいよ、最後のお願いとなりました。
大きな声ではありませんが、私の正直な気持ちを、ここでお話ししたいと思います。
私は、冬にアイスをたべるほうが美味しい、と確信しております。
……いきなり、何を言っているんだ? と思われるかもしれませんね。
でも、どうかもう少しだけ聞いてください。先に申し上げますと、これはバニラがどうとか、チョコがどうだとか、ハーゲンダッツかサーティーワンかとか、そういう類の話ではないのです。
人は、心に余裕があるときにしか「美味しい」を感じることができないからです。
私たちの多くは、長い間「アイスは夏に食べるもの」だという前提で生きてきたことでしょう。サンサンと照りつける太陽の元、キンキンに冷えたアイスを食べながら、カラダとココロにこもった熱をとっていく。これこそが、アイスを食べる醍醐味だと、信じて疑わなかったと思います。ただ、みなさまに思い返してほしいのです。
暑いから、食べる。
溶ける前に、食べる。
急いで、食べる。
夏のアイスは、とにもかくにも忙しい、ということを……
そして、近年の猛暑がさらに追い打ちをかけてきました。こんな中、ブラックモンブランを食べようとしたらどうでしょう?
溶けたチョコレートとアイスが、垂れる。
垂れたアイスで、手が汚れる。
汚れた手で、服まで汚れる。
セミのようにワンワン泣く子供の横で、ティッシュを探す炎天下の午後……
これは、至福のデザートタイムと言えるのでしょうか? いや、明らかに苦行だと言って良いでしょう。
では、その一方で冬のアイスはどうでしょう?
1日の終わり。
風呂上がり、身体はぽかぽか。
暖房が効いた部屋。
ストーブの前、あるいはコタツの中……
冷凍庫を開けて、パピコにしようかな、アイスの実にしようかなぁ、なんて迷いながら取り出すアイス。
もう、この時点で違うんです。
誰にも急かされない。
溶ける心配もない。
「早くしなきゃ!」という心の声が、どこにもないのです。
ただ、そこに座ってお気に入りの1つを口に運ぶ。
「サムイな」って、正直思います。
あたしゃ、何やってんだろうなって、そりゃあ思います。
でも、それでも……アイスを口に運ぶ手は止まらないのです。
この、寒い中、あったかい部屋でという矛盾を抱えたまま食べるアイスこそが、私は1番美味しいと思っています。なぜなら、何かに追われることも、焦りもないからです。
そもそも、冬にアイスを食べるという行為は、生きるためになんら必要なことではありません。別に、今すぐにやらなければいけないことでもありません。ですが、アイスを食べることで生まれる余裕の瞬間が、確かにそこにあるのです。
冬のアイスは、人生の余白なのです。
タイパとか、コスパとか、合理的なものではありません。
「今、これがしたい」という、ただそれだけの理由で選ぶ行為。本能で、アイスを味わうという余白で、人を少しだけ満たしてくれるのだと思うのです。
みなさま、今一度思い出してください。
「今じゃなくてもいいけど、アイス食べたいな」と思った瞬間を。
忙しさの合間に……やるべきことを横に置いて、アイスを食べることを「あえて」選んだ、あの感じを。
厳しい寒さの中、慌ただしい日常にすり減らされながら、1日を頑張ってきたみなさま。
あたたかい湯船で身体を暖めたあとは、余分な熱をアイスの涼で取りながら、今度は心を温めようではありませんか。あたたかい部屋で、つめたいアイスをゆっくり食べる。このような贅沢な時間は、冬にしか味わうことができないと、私は信じてやまないのです。
これから、まだしばらく続いていく寒さの中、冬のアイスでみなさまの心があたたかくなることが、私の心からの願いでもあります。冬のアイスによって得られた余白で、他人にちょっとだけ優しくなることができれば、きっと社会は、これからもっともっと、より良いものになっていくことでしょう。
みなさまにはどうか、この余白を大切にしていただきたいと思っております。
これは、政治の話ではありません。
思想の話でもありません。
ただの、アイスの話です。
私はこの後、ストーブの前でチョコモナカジャンボを食べよう! と固く心に誓っております。濡れた髪のまま。
本日は、最後まで聞いていただき、本当にありがとうございました。
《おわり》
袋を360度回転させてみたが、同じものはなさそうだ。
「当たりのレアのラムネか、君は」
独り言をつぶやきながら、セロハンを外して口に運んだ。
シュワシュワとした、甘さと少しの酸味が合わさって懐かしい味が広がる。
「ナシダさん?」
私の名前を言いながら給湯室に入ってきたのは、違う部署にいるアリタさんだ。
私より2歳上の先輩だ。おしゃれで綺麗、仕事も出来る人だ。
別の部署にいるので日頃は挨拶だけで、書類を届けに行ったときに少し雑談をするくらいだ。
「お疲れ様です」
何か気の利いたことを話したほうがいいよな、と思いつつ、全くその後が出てこない。
「何それ、ラムネ?」
アリタさんの指がそっと伸びてきた。
「あ、そうです、よかったらどうぞ」好きな色を取ってもらおうと差し出した。
「いいの? じゃあいただこうかな」
予想外に喜び、アリタさんはピンク色の包み紙のラムネを取った。
「久々に食べたらおいしい! ……事務仕事してると、頭溶けるよねえ」
アリタさんは目を瞑りながら、ラムネを味わっているようだった。
「そう…ですね」
私は視線を下に向け、会話の糸口になるようなことを探す。
気がつけば「アリタさんって、ピンク色好きなんですか?」と聞いていた。
突然の私の質問に目を開け、きょとんとした顔をした。
「あ、ラムネの色ピンク選んだし、それにそのネイル、めっちゃ綺麗ですね」
アリタさんは自分の手を見た。
桜貝のような可愛いピンクのネイルカラー。動くたびにきれいなラメが揺れる。その上に、きらきらとしたラインストーンがちょこんとのっている。
「あ、これ? ありがとう! この前奮発してさあ、マニキュア自分へのご褒美に買ったの、あそこの百貨店でね……」
買ったいきさつを、にこにこ笑いながら話してくれた。
ご褒美というフレーズが、昨日の出来事とリンクしたような気がした。
仕事ができるアリタさんは、日ごろの自分の頑張りをどのタイミングでジャッジし、マニキュアを買ったのだろうか。
気になって聞いてみた。
「アリタさんって自分へのご褒美はいつのタイミングで買ってます?」
そう聞くと、アリタさんは少し考えて
「うーん、私はご褒美先取り派かな…」と答えた。
本来「褒美」は何かを達成した時、頑張った時にもらえるものだ。
それを、先取り?
聞きなれない発想に目の前がハテナだらけになった。
私の顔を見て、アリタさんは笑いながら言った。
「ご褒美を先に買っちゃうの。それを燃料にしてさ、目的に向かって頑張るわけ」
私の前で綺麗な手を広げ、見せてくれた。
「こうやって綺麗なネイル見ながらだと、テンション上がって仕事はかどるの」
アリタさんの発想には驚きしかなかった。でも、すんなり私の心にストンと入ったような気がした。
私はご褒美の基準を「自分が頑張っているか、頑張っていないか」に置いていた。
少なくとも、もらえるのはその判断の後だと。
しかし、これはどこで誰が判断するのだろうか。
他人と比べて頑張っているか否かを判断しても、一生答えはでないだろう。
人によってその基準は違うからだ。
だからといって、現実は他人が何かくれる訳でもない。
あのラムネのように。
ご褒美を何にするか、タイミングをいつにするのか、考えるのは自分が軸となって考えていい。
自分が頑張るために、原動力として先にご褒美をもらってもいいのだ。
「なるほど……」
納得していると、アリタさんがにんまりしながら私の顔をのぞきこんできた。
「ナシダさん、今度一緒にケーキ食べに行かない? 会社の近くに可愛くてキラキラの宝石みたいなケーキ売ってるの」
唐突のお誘いにびっくりした。
だが、その後のアリタさんの一言を聞いて、私はすごくワクワクしたのだ。
「ご褒美の先取り、探しにいこうよ」
ずっと流されるまま、毎日を過ごしてきた灰色の日常に、すこし彩りが見えたような気がした。
「行きます、楽しそう」
ワクワクが、ラムネのように弾けだす。
席に戻り、自分の手帳を広げた。
今週の金曜日の欄に、ピンクのペンで丁寧に「アリタさんとご褒美ケーキ」と書いた。
今日は火曜日。まだ日にちはあるが、頑張れる。
あの女の子に会ったら、私は言うだろう。
大人はね、ご褒美を自分で探しにいくの、それが楽しいんだよ。
≪終わり≫
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