深夜1時の墓場で「キュウリの火葬」を執り行う。〜経費削減の鬼が、腐ったメロンに敗北するまで〜
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:回復呪文は使えない(25年・年末集中コース)
「そんなことってある?」 人生には、まさかという坂があると言うが、私の目の前に現れたのは坂道どころか断崖絶壁だった。
ある日突然、妻の実家のお寺を継がなければならなくなった私。 しかし、僧侶の世界は甘くない。資格(住職の免許)を取るまでの数年間は、葬儀も年忌法要もやってはいけない。つまり、お布施による収入はゼロだ。 入ってくるのは、請求書ばかり。
私は本業で財務コンサルティングの会社を経営している。 職業柄、呼吸をするように「コストカット」を断行した。 真っ先に目を付けたのが、「産業廃棄物処理業者」との契約だ。
これまでお寺は、月額数万円を払ってゴミ回収を依頼していた。 しかし、この業者のルールが厳しい。「回収日の朝、お寺の正門前に袋詰めして出しておくこと」。 私はお寺に住んでいない。通えるのは月に数回だ。指定日にゴミを出せないなら、金を払う意味がない。
私はとにもかくにも契約を解除した。 「ゴミくらい、自分で燃やせばいい。基準を満たした焼却炉があるんだから」
その日から、私はお寺に行くたびに、枯れた仏花やゴミを燃やすようになった。楽しげに焼却炉にゴミをくべる私を見て、7歳と6歳の娘たちは震え上がっていたらしい。 ある日、「片付けないと、おもちゃ、燃やしちゃうぞ?」と冗談で言ったら、娘たちの顔が恐怖でひきつった。 どうやら私は家庭内で、「燃やせるものは何でも燃やす狂気の放火魔」として認知されてしまったようだ。
そんな誤解も解けぬまま迎えた、8月15日。 お盆の最終日である。
夜、お寺に立ち寄った私は、本堂の前で立ち尽くした。 そこには、うずたかく積まれた「謎の山」が出現していたからだ。
ナス、キュウリ、お団子、精霊馬……。 いわゆる「お盆のお供え物」だ。
うちの市では、市が指定した寺院でしかお供え物の回収を行っていない。うちは指定外だ。 しかし、近隣住民の方々は「お寺なら供養してくれるだろう」という純粋な信仰心(と、ゴミ捨ての手間削減)から、ここに置いていったのだ。 中には壊れた盆提灯や、立派なメロンまである。
法律用語で言えば、これは「不法投棄」だ。 しかし、宗教用語で言えば「御供物」だ。無下に捨てるわけにはいかない。
問題は、この猛暑だ。 ナスやキュウリといった水分たっぷりの夏野菜は、数時間で「感謝の象徴」から「腐敗する有機物」へと変貌する。放置すれば、明日の朝には強烈な異臭騒ぎになるだろう。
業者は解約してしまった。 「……やるしかないのか」
私は一輪車を持ち出し、野菜の山を崩しては乗せ、墓地の奥にある焼却炉へと運んだ。その数、5往復。 作業開始は21時。日中にやると熱中症で死ぬからだ。
深夜の墓場。静寂を破るのは、私のスマホから流れるオーディブルの朗読のみ。 夜の墓場から漏れ聞こえる朗読の声。 事情を知らない人にとっては、なかなかのホラーではなかろうか。 でも、そんなこと私には知ったことではない。 深夜時間帯にこの量の労働。 お寺の労働に割増賃金は無し。 気晴らしなしにはやってられない。 私は着火した。燃えろ、ナス。灰になれ、キュウリ。
しかし、燃えない。 敵は「水分」だ。 採れたての夏野菜は、成分の90%以上が水分だ。火にくべても「ジュー……」と悲しげな音を立てて燻(くすぶ)るだけで、一向に炭化しない。 特にメロンが強敵だった。炎の中に投げ込むと、その豊富な果汁が弾け飛び、あろうことか火を消してしまう。 まさに天然の消火器だ。
煙たい。暑い。そして、ときおり甘ったるい腐敗臭が鼻をつく。 21時から25時まで、4時間燃やし続けたが、山は3割も減らなかった。
翌日の16日も、その次の17日も、私は深夜の墓場で火を焚き続けた。 腐敗臭は日に日に強くなる。早くしないと、と焦る。そのうちウジが湧いてしまう。
ところで、「夜中の墓場なんて怖くないのか?」と聞かれるかもしれない。 お寺に関わってから、七転八倒いろんな経験をした。 すると、不思議なことに、全く怖くなくなった。 眠気に勝てず、お骨の横で一晩寝たこともある。 正直、人の骨より腐った生ものの方が100倍怖いと今は思う。 人間、極限まで追い詰められると、物事の優先順位がおかしくなるようだ。
今の私が怖いのは、生ものの腐敗と並んで「通報」かもしれない。 深夜、墓場で火柱を上げている男。どう見ても怪しい儀式だ。 パトカーが来たらどう言い訳しようか。 消防車が来たらどう言い訳しようか。 「不法投棄されたゴミを処理してるんです! 被害者は私だ!」と逆ギレしてやるしかない。
18日の深夜25時。 私は煤(すす)だらけの顔で、燃え残ったナスの山を見下ろしていた。 限界だった。私の体力と精神が、先に燃え尽きた。
翌朝。私は震える手でスマホを取り出し、懇意にしている清掃業者に電話をかけた。 「……お願いします。全部持って行ってください」
翌日、緊急対応で駆けつけてくれた業者のトラックが、野菜の山と壊れた提灯を飲み込んでいくのを見送りながら、私は請求書を受け取った。 金額は、私ががんばって削減したはずの月額費用の、約3倍。
経費削減の鬼となったはずが、腐ったメロンに敗北した。 私は学んだ。先祖供養(と生ゴミの処理)には、相応のコストがかかるのだと。
さて、来年のお盆はどうしようか。 「お供え物は受け付けません」と無慈悲な立札を立てて角を立てるか。 それとも、メロンの水分すら一瞬で蒸発させる「超高性能焼却炉」を導入するか。
財務専門家の私は、今夜もご本尊の前で、その損益分岐点を計算している。 とりあえず、娘への「おもちゃ燃やすぞ」発言だけは撤回しておこうと思う。
≪終わり≫
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