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子供の自尊心を高めるための「親の心構え」

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

 

 

記事:佐藤謙介(天狼院ライターズ倶楽部 READING LIFE公認ライター)

 

大人になって初めて、自分が少し変わった家庭環境で育ったのだと気が付いた。

 

通常、人は自分が育った環境を「普通」と思うものなので、自分の家が変わった環境だったかどうかは、ある程度大人になるまでは気が付かないかもしれない。

実際、私の家が少し変わっていたということに気が付いたのは、私が大人になり、仕事を始め、周りの人から「どういう環境で育ったの?」と聞かれるようになってからだ。そう聞かれて初めて、自分が他の家庭とは違う環境で育ってきたのだと気が付いたのである。

 

何が変わっていたのか?

それは「私は両親から怒られたことがない」ということだった。

 

過保護に育てられたとか、上流階級の上品な家に育ったとか、そんなことは一切ない。

サラリーマンの父親と専業主婦の母親のもとに生まれ、小中高と公立の学校に通う、ごく普通の家庭だった。強いて挙げれば、父は仕事のできる人だったので、子供のころは収入も良く、多少は他の家より裕福な暮らしをさせてもらっていたかもしれない。

 

とはいえ、そんなに大きな差があったわけでもないし、親に怒られるかどうかとは、あまり関係がないはずだ。

私が大人になって驚いたのは、他の人の幼少期の話を聞くと、とにかく親から怒られたとか、厳しく躾けられたという人が、思った以上に多かったことだ。

 

勉強の成績が悪くて怒られた。
サッカーや野球の練習で怒られた。
ゲームをしていたら怒られた。
父が厳しかったので、家族はいつもびくびくしていた。

など、他にも「ちょっとしたことで怒られた記憶がある」という話を聞き、私は正直驚いた。

 

「親って、そんなに怒るものなの?」

それが率直な感想だった。

実際、私も娘を保育園に連れて行くようになると「早く歩きなさい。遅れちゃうでしょ」「ダラダラするな」と子供を叱っている親御さんを見かけることがあった。そういう姿を見ると、「いや、そんなに怒る必要はないでしょ」「もう少し言い方があるんじゃない?」と思うのだが、その親御さんからすると、我慢がならないことなのだろう。

 

では、私が子供のころから親の言うことをよく聞き、勉強もスポーツも万能で、非の打ち所のない神童だったかというと、それもまったく違う。どちらかというと、私は劣等生だった。

 

勉強は本当に苦手で、高校を卒業するまで、まともに勉強した記憶がほとんどない。高校卒業後、大学に行きたいと思い、予備校に通って最初に受けた全国総合模試では、5教科500点満点のテストで、総合得点34点、偏差値24という結果だった。

 

当時、本屋の参考書コーナーには「偏差値30からの大学受験」と書かれたシリーズが並んでいたが、偏差値20台の予備校生向けの参考書はどこにも見当たらなかった。その偏差値30シリーズですら、私には何が書いてあるのか分からないほど勉強ができなかったのだ。

 

予備校で一番下のクラスの授業を受けても、その内容が分からず、英語の授業では、英文の中から「動詞」を見つけることすらできなかった。他の生徒が「動詞はmakeです」と答えるのを聞いて「え、なんでそれが動詞だと分かるの?」と、本気でその理由が分からなかった。

 

今にして思えば驚くようなレベルの話だが、当時の私は英語の品詞すら分からない状態だったので、授業中も相当見当違いな答えをしていた。単語を並び替えて一つの文章にしなさいという問題で、驚くような並び方をした際には、教師も顔をひくひくさせていた。

 

今思い出しても、あの過去だけは消してしまいたいほど恥ずかしい。

 

では、なぜこれほど勉強ができなかったにもかかわらず、親は怒らなかったのだろうか。

私の両親は、ともにそれなりの大学を出ており、子供のころから勉強が得意だったらしい。

特に父親は成績優秀で、高校も私立の学校に特待生で入学していた。そんな親であれば、息子が英語の動詞すら分からないほど勉強ができなかったら「勉強しろ」と怒っても不思議はないはずだ。それでも、私は親から「勉強しなさい」と言われたことが、一度もなかった。

 

大人になってから、私は不思議に思い、親に尋ねたことがある。すると母から、こんな話を聞いた。

「あなたの通信簿が、いつも1や2ばかりなのを見て、さすがにもう少し勉強したほうがいいんじゃないかと思って、何度も口を出そうとしたの。でも、そのたびにお父さんに話したら『絶対にそんなこと言うな』って止められたの。だから、結局言わなかったのよ」

「お父さんは、子供の人生に親が口を出すべきではない。子供の人生は子供のものだから、自分で考えて成長すればいい、という考えだったの。だから、お母さんも『勉強しなさい』とは言えなかったのよ」

 

この話を聞いたとき、母が私の成績を心配し、口を出したかったことを初めて知り、ものすごく申し訳ない気持ちになった。

なぜなら、浪人していたとき、あまりにも自分が勉強できなかったため、母に対して「もっと小さいときに勉強させておいてよ」と八つ当たりしたことがあったからだ。そのとき母は「そうだね」と言っていたが、本当は子供のころから心配し、勉強させようとしていたのだ。それを父に止められていたため、何も言えずにいたのである。

 

そんなことも知らずに、自分が勉強できないことを「親の教育が悪かったからだ」と当たってしまい、本当に申し訳なかったと後になって反省した。

 

しかし、私は今、この親の教育方針に心から感謝している。

私は高校卒業後、結局3年間浪人し、ようやく大学に合格した。その3年間は死に物狂いで勉強したが、それでも一浪目、二浪目と大学に受からなかったときや、三浪目でも思うように成績が伸びないときには、本当に死にたくなるほどの挫折を味わった。

 

ようやく大学に入ったものの、人よりもずいぶん遅れて社会人になった。

20代前半の3年間は、人生の中でも大きな割合を占めるため、当時は「なぜ子供のころにもっと勉強しておかなかったのだろう」「あの浪人の3年間がなければ、もっと早く社会人になり、今頃はもっと成果を出せていたかもしれないのに」と、自分の過去を悔やんだこともあった。

まるで『スラムダンク』の三井寿が、怪我でバスケを離れ、不良になり、高校3年生になってようやく部に戻ったとき「なぜ俺はあんな無駄な時間を……」と涙する場面のように、私も自分の過去を無駄な時間だったと思ったことがあった。

 

浪人時代、父から「若い時の3年間なんて、長い人生で見ればあっという間だ」と言われたことがある。しかし当時は、その言葉の意味を実感をもって理解することはできなかった。

だが、50歳を目前にした今、3年間という月日が人生全体の中では小さくなり、ようやくその意味が分かるようになってきた。

 

「あの3年間の浪人生活があったから、今の人生がある」
「あの経験がなければ、挫折して死にたいと思うほど自分を追い込むこともなかったかもしれない」
「今、自分が挫折した人の気持ちを理解できるのも、あの3年間があったからだ」

そう思えるようになった。

 

私は現在、障害者支援の仕事をしているが、障害のある方々は、障害のない人には想像もできないような辛い経験をした人が大勢いる。

 

責任感が強く、部下の負担を少しでも軽くしようと、人の2倍、3倍と働いた結果、身体を壊して会社を辞めた人。
事故で足を切断し、義足で歩けるようになるまで、血のにじむようなリハビリを続けて社会復帰した人。
ある日突然失明し、3年間家から出られなくなった後、それでも働きたいという思いで仕事を始めた人。
子供のころからアルコール依存症の父親に暴力を受けて育ち、その影響で人間関係に恐怖を抱えながらも、トラウマを克服しようと努力して働いている女性。

 

こうした痛みを抱えた人たちに対して、その痛みをどう扱うかは、とても難しい問題である。

当たり前のことだが、障害者になりたくて障害者になった人など、一人もいない。

彼らは皆、障害を負ったことを悔やみ、怒り、自分や他人を責め、激しい葛藤を経て、ようやく現実を受け入れ、そこから前を向けるようになった経験をしている。

その過程を、支援者が感じ取れるかどうかで、心を通わせられるかどうかが決まる。もちろん、そうしたウェットな関わりを望まない人もいるため、相手の考えを汲み取り、距離感を調整することも、支援者にとって重要なスキルだ。

もし私に挫折した経験がなければ、今、彼らの気持ちを理解することは難しかったかもしれない。痛みの種類は違っても、自分の人生が思い通りにいかなかった経験があったからこそ、今、この仕事を続けられているのだと感じている。

 

そして、私が親の教育方針で最も感謝しているのは、「信じてもらえていたこと」だ。

勉強ができなかったことも、突然大学に行きたいと言い出したときも、会社を選ぶときも、結婚するときも、親から意見をされたことは一度もなかった。すべて「自分で考えて決めなさい」と言われた。

 

どんな決断をしても、両親はそれを認めてくれた。そのおかげで、私は自尊心を傷つけられることなく成長できた。これは、完全な放任主義で育てるとか、過保護にするという話とは違う。

 

例えば、中学時代に短期間いじめに遭ったことがあったが、そのとき解決の糸口を作ってくれたのは母だった。私の異変に気付き、学校や相手の親にすぐに働きかけてくれたおかげで、大きな問題になる前に解決できた。このとき、母の行動力に驚くと同時に、「自分は守られている」と強く感じた。

 

つまり、どれだけ子供を信じて自主性に任せるとしても、子供が「自分は守られている」「信じてもらえている」と感じられているかどうかは、非常に重要なのだ。そうした「安心感」を感じている子供は、自分の人生に積極的になり、自尊心を高くもつことができることは、近年の児童心理学の研究でも分かっている。

 

逆に、そうした「安心感」を得ていない子供は行動が消極的になり、自分の言動に自信を持ちにくくなる。これはメンタルの強さ、いわゆるレジリエンスにも影響し、強いストレスに直面しても「自分は大丈夫だ」と思えるかどうかに関わってくる。

 

父はすでに他界しているため、なぜこのような教育方針を持つようになったのか、詳しく知ることはできない。ただ、自分が親となり、自分の子供に対しても同じように接したほうが良いのではないかと考えている。

娘はいま8歳でYouTubeが大好きだ。暇さえあれば見ているので、「本当に子供の自主性に任せていていいのだろうか?」と、不安になる気持ちも正直ある(笑)。

しかし、娘がこれから生きる社会は、私が子供のころとはまったく違う。自分の物差しで娘の人生を測ってはいけないのだろう。

苦労することもあるかもしれないが、それはきっと、彼女がもっと大人になったときに、自分で評価すればいい。今は子供を信じて、じっと見守っていきたい。

 

 

❏ ライタープロフィール
佐藤謙介(天狼院ライターズ倶楽部 READING LIFE公認ライター)
静岡県生まれ。鎌倉市在住。
大手人材ビジネス会社でマネジメント職に就いた後、独立起業するも大失敗し無一文に。その後、友人の誘いで障害者支援の仕事に携わる中で、社会の不平等さに疑問を持ち、「日本の障害者雇用の成功モデルを作る」ことを目指して特例子会社に転職。350名以上の障害者雇用を創出する中で、マネジメント手法の開発やテクノロジーを活用した仕事の創出を行う。現在は、企業向けに障害者雇用のコンサルティングや講演を行いながら、個人の自己変革を支援するコーチとしても活動している。

 

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