森を歩くように街で生きる
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:Yasu(2026年1月開講・渋谷/通信・4ヶ月コース)
ぼくの好きなことを一つ挙げるとしたら、狩猟採集だと思う。
子どものころから、海でも、山でも、川でも、近所の空き地でも、生き物を――というか、食べられそうなものを探していた。
記憶にある最初の「採集」は、祖父母の家の生け垣だった。
濃い緑の葉のあいだから、グミのような赤い実がのぞいている。イチイの実だと、祖父が教えてくれた。
「種には毒があるから、赤いところだけ食べてみな」
そう言われて、恐る恐るかじってみる。
淡くて、まろやかな甘さ。
でも、うっかり種を噛んではいけないという緊張感が、妙なスパイスになって、記憶に強く刻まれた。
「こんなうまいものがタダで手に入るなんて」
その感覚がうれしくて、その後も、森でも海でも目をこらした。
枝の生え方が少し変だなと思うと、そこにはナナフシがいて、柔らかな日差しに引かれて歩いていけばうまそうなキノコが生えている。ふと視線を感じて顔を向けると、鹿やヒラマサと目が合って、なんとなく言葉が聞こえるような気がした。
もちろん、失敗もたくさんある。
気配に気づかれて逃げていく魚。
いつものだと早合点して食べたら吐き気に襲われて後悔したキノコ。
でも、それもまた醍醐味だった。
悔しさが次の工夫のタネになって、一度止まって確認することを体で覚えるきっかけにもなった。
毎日こんなふうにして生きていけたら、どんなに楽しいだろう。
そう思いながらも、高校を出て、大学を出て、「正解」を選ぶように進んでいった先は、東京でのサラリーマン生活だった。
ぼくは、もともと人と関わることが得意ではない。
言われたことを、言われたようにやるのも性に合わなかった。
それでも、「努力をやめて、向上心を失ったら価値のない人間になる」というような怖さがあって、新入社員という役割を一生懸命こなしていた。
そして、月日が経てば仕事に慣れて、楽しく働けるようになる……
――というわけにはいかなかった。
新入社員の看板が外れても、やることはあまり変わらない。
ただ、それが「先輩社員」という役割に変わっただけだった。
型の合わない革靴を履き続けているみたいだな、とよく思った。
決定的に「向いてないかも」と感じたのは、会社としても必注だと言われていた大型契約のときだ。
交渉に交渉を重ねて、次がラストチャンスだとわかっていた。
ぼくの中では、「ここまで頭を下げてでも取りにいくべきだ」と覚悟を決めていた。会社の役員にも出てきてもらって、額を床にこすりつけるくらいのことをしなければ、きっと決まらない。
でも、そのプランは、あっさり却下された。
間にいる上司たちのメンツや、社内の空気を壊したくない、という理由で。
その結果、交渉はそのまま決裂した。
あとから考えれば、ただの若さだったのかもしれない。
それでもあのとき感じた、「全力を出し切りたいのに、プライドや慣習でブレーキを踏まれている感覚」は、今でもはっきり残っている。
サラリーマンになるのは、本当に正解だったのだろうか。
そんなことを考えていたある日、学生時代の友人がふと言った。
「俺は、正解を選ぶより、選んだものを正解にする方が得意だと思うんだよね」
その一言が、やけに胸に引っかかった。
仕事が合わないと嘆いている自分は、もったいないことをしているのかもしれない。
そう思ったとき、ふと過去のことを思い出した。
勉強はそんなに好きじゃなかったけれど、受験を「ゲーム」だと思ったら、けっこう楽しくなったことがあった。
「じゃあ、仕事も“狩猟採集”だと思えばいいんじゃん」
そう考えてみた。
森を歩いて木を見回すように、人を見てみる。
潮の淀みを探すように、仕事の「詰まり」を探してみる。
それまでのぼくは、目的がなければあまり人に話しかけなかった。
でも、「陽だまりを見つけたら近寄ってみる」くらいの軽い気持ちで、前向きそうな人に声をかけてみた。
すると、たまたまその人が、ちょうど自分が探していたアイデアを持っていて、一緒に取り組むことになった。
そのとき、「あ、これは森や海で何かが見つかる感覚と同じだ」と思った。
常識とか、コスパとか、肩書とかにとらわれず、無理に押したり引いたりもしない。
ただ、自分が感じる心地よい方へ、少しずつ体を向けてみる。
そうやって自分から「見つける」姿勢で過ごしていると、不思議と話が前に転がりはじめた。
周りの人たちが仕事を運んできてくれて、その中に「これならやりがいを見つけられそうだ」と思えるものが、少しずつ増えていった。
いまは海から少し離れてしまったけど、ドイツの森で四季の移ろいを楽しみながら、採集を続けている。
ナイフを持ってキノコやハーブを探す日もあれば、鳥と一緒にベリーを探す日もある。
いつか、本当に狩猟採集そのもので生きていけたらいいな、という夢もある。
でも、ひとまずしばらくは、森を歩いているときと同じ気持ちで、自分ができる何かを探しながら、オフィス街という「街の森」を歩いていけたらと思っている。
〈終わり〉
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