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「海賊王」になりたかったパワハラ部長


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:JIN(2026年1月開講ライティング・ゼミ)

※この記事はフィクションです。

 

「なあ山田、俺さあ、実はルフィみたいになりたいんだよ」

「えっ、ルフィって、あの『ONE PIECE』のルフィですか?」

 

忘年会の席で、隣の部の青山部長からふいに投げかけられた言葉を思い出していた。青山部長は良くも悪くも豪快な人だ。声が大きく、思ったことはすぐに口にする。

 

いわゆる「昭和の熱血タイプ」で、本人は気さくで人望があると思い込んでいるが、実際は彼を苦手としている社員も多い。

 

普段それほど付き合いがあるわけではなかったが、耳に入ってくる評判通り、自分も彼に対してはそんな印象を抱いていた。

 

なぜ私にそんなことを言ったのかは分からなかった。他部署の人間ゆえの気楽さから共通の話題を探したのか、あるいは身内には漏らせない本音をつぶやいたのか。その時は追加注文のゴタゴタに紛れ、それ以上話が広がることはなかった。

 

あれは一体、どういう意味だったのだろう。まさかこの歳で「海賊王になる」なんて、トチ狂った夢を語るわけもないだろうし。まあ、あの性格だ。ルフィのように、大きな夢を皆の前で掲げてみたいとでも思っていたのかもしれない。

 

あれから一ヶ月。あの青山部長が人事部から呼び出しを食らったらしい。しかも、パワハラによる懲戒処分の対象という、笑えない理由で。

 

青山部長がパワハラ? ありそうな話だとは思うが、根っからの悪人ではないことは誰もが知っている。一体何があったのだろうか。

 

漏れ聞こえてきたパワハラの内容は、こうだった。年初の新規プロジェクトの決起集会ともいえる重要な会議に、一人の部下が遅刻してきた。それに対し、部長は机を激しく叩き、周囲が震え上がるほどの怒声を上げたのだという。

 

「やる気があるのか!」

「同じ船に乗る気がないなら今すぐ降りろ!」

 

その勢いたるや、凄まじいものだったらしい。

 

その部下は中途採用で入社したばかりの若手だった。今回の新規プロジェクトで初めて青山部長の下につくことになったため、部長の「いつもの気質」を知る由もない。生真面目な性格だったその部下は、恐怖のあまりその足で人事部へ駆け込み、パワハラを告発したのだ。

 

人事部としても、以前から青山部長の「昭和すぎる言動」を危惧していたようだ。これを好機と捉えたのか、今回は見せしめと言わんばかりに、懲戒処分を下すと息巻いているという。

 

結局のところ、青山部長はルフィに倣ったつもりだったらしい。漫画の主人公のように、仲間のために熱く、情熱的に怒る。そうすることで部下との絆が深まり、士気が高まると本気で信じ込んでいたのだ。

 

確かに、漫画、特に少年漫画の主人公たちは、よく怒る。青山部長が憧れた『ONE PIECE』のルフィもそうだ。彼の言い分はときに理不尽で、内容は子供じみている。現実世界ではあり得ないような暴言を吐くこともあるし、最後には相手を容赦なく殴り飛ばす。

 

『ドラゴンボール』の孫悟空もそうだ。彼は怒りの極致に達することで、伝説の戦士「スーパーサイヤ人」へと覚醒した。『鬼滅の刃』の炭治郎も、『呪術廻戦』の虎杖悠仁だって、激しい怒りを原動力に戦っている。

 

彼らに共通しているのは、これほど怒っているにもかかわらず、絶大な人気を誇っていることだ。怒れば怒るほど読者の支持は上がり、作中では彼らについていく仲間が増えていく。主人公が怒り続けても、それを「パワハラだ」と責める者は誰もいない。

 

だが、それが成立するのは、あくまで漫画の世界だからだ。現実の社会で、所構わず感情を爆発させる者がいれば、それは単なる「厄介な人」でしかない。好かれるどころか、周囲からは静かに距離を置かれるのが関の山だろう。

 

漫画の主人公たちの怒りに共通点があるとするなら、それは「計算がない」ことだ。「ここで怒れば周りが信頼してくれる」「自分の言うことを聞かせられる」なんて計算はしていない。

 

自分の信じる正義に突き進むとき、あるいは、かけがえのない仲間を守るとき。彼らはなりふり構わず、ただ純粋に怒っているのだ。そこには最初から最後までブレない一貫性がある。

 

現実社会においても、厳しく怒っているのに人望があるという人は存在する。それは、怒る側と怒られる側の間に、確固たる「信頼関係」という土台があるからだ。当たり前と言えばそれまでだが、この本質を正しく理解している人は意外なほど少ない。

 

パワハラの相談件数が右肩上がりで増え続けている今、多くの企業が管理職向けの防止研修を実施している。しかし、その研修の多くは「どう伝えればパワハラにならないか」という言い回しのスキルや、法的な知識の習得に終始しているのが現状だ。

 

確かに、上手な怒り方は一つの技術(スキル)かもしれない。だが、小手先の言い方や態度をどれだけ模倣しても、それだけでは決してうまくいかない。

 

怒り方のテクニックを身につけることよりも、怒り、怒られることが成立する「人間関係の構築」こそが、はるかに重要なのだ。

 

だが、信頼関係を築くのは面倒なものだ。手間もかかれば、時間もかかる。管理職の本音としては、いちいちそんなことに気を遣いたくない、というのが正直なところだろう。

 

漫画の主人公たちは、信頼関係を築くために誰かに気を遣ったりはしない。ただ、彼らには圧倒的な「一貫性」があり、どこまでも「素直でまっすぐ」なのだ。

 

もし、漫画の主人公のように怒りたいのであれば、その素直さと一貫性を持ち続けなければならない。それが難しいと感じるなら、別の道を探すことだ。

 

それは、普段からの他愛もないコミュニケーションだ。週に一度の形式的な「1on1」よりも、日々の何気ない雑談のほうが、人間関係にははるかに効く。

 

心理学には「ザイアンス効果(単純接触効果)」という言葉がある。人は接触回数が増えるほど、その相手に対して好感を抱きやすくなるのだ。

 

パワハラ上司にならないためには、「素直さと一貫性を持つ」か、あるいは「日常の会話を積み重ねる」か。このどちらかを意識することだ。

 

もちろん両立できるに越したことはないが、最初からすべてを完璧にやろうとすれば、ハードルの高さに嫌気が差してしまうだろう。

 

もしあなたが管理職だとしたら、パワハラ上司の烙印を避けるために、どちらの選択をとるだろうか。

 

≪終わり≫

 

 

 

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