受験は嵐、親はせめて“上着”を。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
2026/1/30 公開
記事:村井ゆきこ(ライティング・ゼミ 11月開講コース)
子どもの受験は、どうにもならない天気みたいなものだ。
穏やかな晴天もあれば、激しい嵐の日もある。
親にできるのは、嵐を止めることではなく、凍えないように上着を渡すことだけ。
本当のところ、次男の中学受験が終わってから、きれいな美談としてこのコラムを書こうと思っていた。
ただ、それだと“合格したから後から言える話”になってしまう。それは、どうにも私が伝えたいことと違う気がして、受験が終わる前の今、これを書いている。
次男が小4のとき、自ら「中学受験をしたいから塾に通いたい」と言い出した。
その頃のことを思い出す。
最寄駅から電車で5分乗り、そこからJRに乗り継いで1駅。距離としては遠くはない。でも最初の3か月ほどは、塾まで一緒に行き、近くのカフェで仕事をしながら待っていた。
効率だけを考えれば、一人で帰ってくることもできたし、私の時間を削らない選択肢もあった。
でも、本人が希望している限り、効率を優先してはいけない気がした。
この感覚の背景には、4年前の長男の中学受験がある。
長男は小6で転塾した。海を眺めながら電車に乗り、駅から観光地の通りを歩いて通う塾だった。この環境は羨ましいなと、私は思っていた。
もちろん、受験生は大変だし、辛いことも多い。でも受かってしまえば、すべて報われる。
——そんなふうに、私はどこかで思っていた。
ところが、1年後。
長男が中1の冬のある日、たまたま当時通っていた塾の近くを通りがかったとき、彼がぽつりと言った。
「夜遅くなるとさ、塾から駅までの商店街が全部閉まってて、一人で歩くのが寂しい時があったんだよな」
たしかに私は、その街を昼間のにぎやかな観光地としてしか知らなかった。
観光客が去ったあとの暗くて静かな駅前を、彼はいつも一人で歩いて帰ってきていたのだ。
それは、集団塾から個別塾へ移ったことで感じていた「孤独感」も相まって、彼の寂しさをいっそう強めていた。
あまり甘えることのない長男だったからこそ、その寂しさに、私は気づけなかったのだと思う。だから、あの時の長男に渡せなかった上着を、今は次男に渡している。そんな、罪滅ぼしのような気持ちにもなっている。
そんなこともあって、次男の受験では「空気」や「雰囲気」を大事にしたいと思っていた。
次男が通っている塾の校舎は、和気あいあいとしていて、小6の1月になっても、どこか穏やかな空気があるらしい。
「校舎長が穏やかだし、先生たちも面白いんだよ」
「特訓コースで他の校舎の子たちと一緒になると、ギスギスしてるところもあってさ。校舎ごとに雰囲気って全然違うんだと思う」
そんな話を、彼はずっとしていた。
「僕は、ここだから続けられた」
次男の口から出たその言葉に、少し驚いた。小5の時は「絶対に勉強したくない」という強い意志を感じるくらいだったが、本人は
「反抗期だったな、あれは!」
と呑気だ。
まだあと一年あるから、口うるさく言わないでおこうと決めた。
「やめたいなら、やめていいんだよ」というスタンスを貫いたし、それは本気だった。
あの頃の成績は本人史上底辺で、親としては正直しんどかった。
6年生になってから、塾は好きだけれど、どこかマンネリ化している様子も見えた。
そこで、“3か月でもいいから”と、個別塾を追加した。教えてもらう内容というより、ただ新鮮な風を入れたかっただけだった。
結果的に、苦手だった算数は、知らぬ間に「好きな教科」に変わっていった。
普段通っている塾の算数の先生が変わり、相性が良かったことも重なって、「苦手だった算数が、好きになった!」と言ったとき、点数以上に大きな変化だと感じた。
小6になってからは、テストの結果に一喜一憂しなくなった。
AIの問題をゲーム感覚でこなし、冷静に自分を俯瞰するようにもなった。淡々と、でも楽しそうに画面に向かっていたが、いつの間にか実力がついたらしい。
ある日、彼は
「今だから言うけどさ、小4と小5のとき、社会のテキスト、全然開いてなかったんだよねー!」
と笑いながら言った。
「まじか……!」
思わずクラクラした。
私は絞り出して言った。
「でも今気づいて良かったよ。成績伸びたもんね」
自分で自覚できているなら、それはもう成長なのだと思うことにした。
正直言うと、できたけれど、あえてやらなかったことがある。
勉強を教えること、スケジュールを管理すること。
そして、つきっきりで伴走すること。
二人三脚で乗り越える受験もあると思う。でも私は、関わりすぎない距離感を選びたかった。
その代わりにやったのは、心を保つためのことだった。
それは例えば、お弁当が必要な時は、次男がワクワクするお弁当を作ること。
そして、余計な一言を言わないこと。人と比べたり、煽ったりしないということだ。
あとは、甘えたい時は甘えさせてあげるということ。
例えば、駅まで迎えにきて欲しいという要請があれば、行ける時は行く!
ついでに、たまにヘッドマッサージや顔のマッサージをする。目が凝るらしい。
勉強とは直接関係のないことばかりだ。
でも、そこだけは手を抜かないようにしていた。
正直なところ、私のゴールは「第一志望に合格すること」ではない。
それは、
この3年間が、「しんどかった」という思い出だけにならないこと。受験が終わってバーンアウトしては、意味がないのだ。それを、何より大切にしていた。
昨日、次男に聞いてみた。
「まだ終わってないけどさ、この3年間、受験勉強どうだった?」
すると彼は言った。
「うーん、やってもやらなくても、どっちでもよかったかな」
「え、そうなの? こんなに塾大好きなのに?」
私としては、
「やってよかった。ママありがとう。」という感動のハグをする予定だったのだが……。
そんな母の妄想は、あっさり却下された。
理由を聞くと、彼はこう続けた。
「ドッジボールってさ、小学生しかできないんだよ。今、ベストシーズンの1月なのに、それができないの、結構悔しいんだよね!」
なんという理由!
ただ、たしかに日中10度くらいの今の季節は、まさにドッジボールのベストシーズンだ。
受験よりも、ドッジボールの方が重要らしい。
「学年の、サッカーの大会にはギリ間に合いそう!」
「とりあえず、受験終わったら公園で遊ぶ! あと、みんなで砂浜で走り回りたい!」
今日も元気に塾に自習をしに出かけた。
さぁ、あと1週間。
今まで通り過ごして、終わったら飽きるまでドッジボールをやってこーい!
≪おわり≫
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