盆栽が教えてくれる、手放しながら豊かになる未来
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:川瀬健二(2026年ライティング1年間完全習得パスポート)
100人は超えていただろう。
大きなセミナー会場に、力強い声が響き渡っていた。
「いいか!国の人口というのは、国力そのものなんだ!」
マイクを握る講師の声には、確信と勢いがあった。僕は客席で静かに頷きながら、頭の中でこう整理していた。たしかに、国力を分解すれば「人数 × 生産量」だ。
少子高齢化という言葉が、まだ今ほど重たい意味を帯びていなかった、20年ほど前の話だ。当時は、拡大こそが正義だった。人口を増やし、規模を広げ、市場を大きくする。国も、企業も、個人でさえも、「大きくなること」が成功の証とされていた。あの頃の僕は、その考えを疑いもしなかった。むしろ、合理的で正しいとすら思っていた。
だが今、あの講演会の光景を思い返すと、そこには一つの前提が、静かに置き去りにされていたことに気づく。鉢の大きさは、本当に無限だったのだろうか。国土という「鉢」は、最初から限られている。資源も、エネルギーも、自然の許容量も、すべて有限だ。その鉢の中で、枝、つまり人口、制度、組織やシステムだけを増やし続けたら、どうなるか。やがて根は詰まり、枝同士が光を奪い合い、風通しは悪くなり、全体は重く、脆くなっていく。それは衰退ではなく、構造疲労だ。
そんなことを考えながら、僕は数年前、静かな空間で一鉢の盆栽を眺めていた。葉擦れの音すら聞こえそうなほどの静寂の中で、その小さな世界は、不思議なほどの緊張感と気品を放っていた。
徳川三代将軍・家光公が愛したとされる、樹齢500年の盆栽をご存じだろうか。「三代将軍」と呼ばれるその盆栽は、家光の時代から江戸時代を通じて、そして明治以降も大切に受け継がれてきました。一本の樹が数百年にわたって人々の手から手へと渡り、今なお大切に受け継がれいる。その価値は推定5億円とも言われている。
だが、その価値は決して「放置」の結果ではない。むしろ正反対だ。適切な管理技術、継承の意志、そして時代の変動に耐える幸運が必要だ。盆栽は、短期間で結果が出るものではない。何年、何十年先の未来を想像し、時間をかけて、少しずつ理想の姿に近づけていく営みなのだ。この「時間をかける」という行為自体が、今の時代において特別な意味を持つのではないだろうか。
問い続けてきたのは、ただ一つ。
どの枝を残し、どの枝を手放すか。
伸びる枝をすべて残せば、木は一時的には勢いづく。だがやがて、全体のバランスは崩れる。光は届かず、幹は弱り、美しさは失われていく。だから、あえて減らす。迷いながらも、決断する。それは木を殺す行為ではない。これからも木が健やかに生き続けるために、余分な枝を手放す手入れだ。枝を減らすことは、残すべき枝に、光と栄養を集中させるための、未来への贈与なのだ。
この盆栽を見つめながら、私は思った。
これは、日本そのものではないか。
少子高齢化は、何かを「失う」プロセスとして語られがちだ。
人数が減る。
市場が縮む。
成長が止まる。
しかし、本当は違う。これは、日本という国が「成熟」へ向かうための、長い時間をかけた手入れなのではないか。かつては、人数という「量」で勝負できた。人口が多く、労働力があり、拡大する市場があった。だが、これからは違う。限られた鉢の中で、どれだけ密度を高められるか。どれだけ一人ひとりの価値を磨けるか。どれだけ光と風が通る構造をつくれるか。これは感傷ではなく、冷静なサバイバル戦略だ。
「どうやったら百年企業になれますか?」
おかげさまで、僕の会社は今年で創業128年を迎える。最も多く聞かれるのが、この質問だ。「うーん、何でしょうかね……」とお茶を濁すことの方が今まで多かったけれど、本当は僕の中に脈々と受け継がれてきたDNAのようなものがあって、確信に近い答えがある。
過去の成功体験は、ときに、かつては必要だったけれど、今は重くなってしまった枝になる。一時代を支えたその枝が、気づかぬうちに全体の光や風通しを遮ってしまうことがある。それを手放すのは、怖い。だが手放さなければ、次の季節は迎えられない。会社という器の中で、どれだけ密度を上げ価値を磨けるか。そのために何を残して、何を手放すか。
もちろん、会社の場合は資金さえあれば、その器を拡大することができる。しかし、大切なのは「順序」だと思う。会社の密度と価値を上げることが、新たな市場や顧客を創造し、拡大はあくまでその結果なのだ。この順序を間違えて規模の拡大に走った企業の不祥事は、最近でも挙げればきりがない。
20年前の講演会場は、熱気と声に満ちていた。拡大を疑わない、力強い時代の象徴だった。一方で、盆栽の前には、声高な主張はない。あるのは、長い時間と、静かな決断の積み重ねだけだ。今、私たちはその静寂の時代に足を踏み入れているのかもしれない。
減る。
だが、失わない。
むしろ、本質だけが残っていく。
あなたは、この成熟の時代に、
どの枝を大切に守り、どの枝を手放す覚悟がありますか。
≪終わり≫
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