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「俺がやったら失敗するよ?」の、その先 ― 無能を武器化しないチームの話 ―


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:村井 ゆきこ(ライティング・ゼミ 11月開講コース)

 

 

 

 

今でも、鮮明に思い出す光景がある。まだ子供たちが小さかった頃のことだ。

「ママじゃなきゃ嫌!」と泣きじゃくる次男。
半分意識を飛ばしながら寝かしつけの戦場を生き抜き、ようやく静まり返った寝室を抜け出す。限界寸前の体を引きずって向かったリビングで目に飛び込んできたのは、水滴一つないピカピカのキッチンだった。

夕食の残骸も、山のような食器も消えている。その景色を見た瞬間、感謝と感動が一気に押し寄せた。

「ああ、この人と結婚して本当によかった」

大げさではなく、そのピカピカのキッチンが、私の明日へのエネルギーをチャージしてくれたのだ。

私は結婚した時、「チーム村井の敏腕マネージャー」として、このチームを世界一心地よい場所にしようと決めていた。
役割は管理ではなく、メンバーそれぞれの個性を活かし、「貢献したい」とのびのび感じられる環境を整えること。

新婚時代、夫が洗った食器に泡が残っていても指摘しなかったのは、彼の優しい気持ちを正論で塗りつぶしたくなかったからだ。黙って洗い直し、手を貸してくれた事実だけを受け取る。そんな「信じて委ねる」積み重ねが、今の心地よい関係を築いてくれた。

 

夫の転勤と共に世界を渡り歩いてきた私は、長らく専業主婦として家庭を守ってきた。そのため、結婚20年で夫とは明確な「分業制」をとってきたが、彼から「俺には俺の仕事がある」なんて言葉で線を引かれたことは、一度もない。

 

そんな私に、先日ある友人が話してくれたエピソードが突き刺さった。
家事に追われていたある日、

 「私こっちやるから、あなたには別のことを手伝って欲しいな」
 と夫に頼むと、
「え、俺がやったら失敗するよ?」
と返されたという。

料理は「俺が作ったらまずいよ」。
食器洗いは「俺がやったらちゃんと洗えないよ」。
失敗を理由に、何もしない。

一見、自分の未熟さを認めているようなこの言葉。
最近知った言葉だが、「無能の武器化」というらしい。
「失敗するよ?」という言葉の裏には、
「だから君がやってね。もし俺にやらせて失敗しても、責任は取らないよ」
という、パートナーへの無言の責任転嫁が含まれているのかもしれない。

この話を聞いた時、私はハッとした。
「あれ? 思い起こせば、私も無能の武器化してるじゃん!」

学校のPTA、仕事、そして家庭内。私はことあるごとにこう宣言してきた。
「ごめんなさい! 私、お金のことは本当に苦手なの。いつも間違えちゃうの!」

しかし、ここで言い訳をさせてほしい。
私の「無理!」のあとには、必ず続きがあるのだ。
「できない」を理由に、誰かだけがずっと背負い続ける関係は、私は選びたくない。
だからこそ伝える。

「その代わり、全体の進行をまとめたり、当日の司会をやったりするのは大好き。そこは私に任せて!」

自分の弱さをさらけ出すのは、決してサボるためではない。パズルの中で、自分がどのピースとして機能すべきかを明確にするためだ。
苦手を抱え込むより、得意で走る方がチームは前に進む。
私が大切にしているのは、そんな“戦略的代替案”の提示だ。

「ちゃんとできないよ」と言ったまま止まってしまうと、チームの負担はどこかに偏る。しかし、チームとしての意識があれば、「食器洗いは苦手だけど、代わりに洗濯物をやるよ」という言葉が出てくるはずなのだ。


かつての海外生活を思い出す。言葉も文化も違う過酷な環境で、すべてを一人で「有能」にこなそうとしたら、チーム村井はどこかで破綻していただろう。
できないことは「ごめん、無理!」と早めに白旗を揚げ、その分、自分が貢献できる領域で倍返しする。この「受援力」と「貢献意欲」のセットこそが、世界中どこへ行っても揺らがなかった私たちの強みだ。


現在は個人事業主として活動しているが、この「チーム」の視点はより研ぎ澄まされている。自分が事業に集中する時間を確保するためにも、リソースの配分は死活問題だ。
あの夜、夫がキッチンをピカピカにしてくれたのは、単なる手伝いではない。マネージャーである私が倒れないための、彼なりの「全力の投資」であり「貢献」だったのだ。
子供が小さい時の家事は、単なる作業ではなく、育児そのものなのだ。

私にしか担えない役割がある。だから夫は、私の代わりに家事をする。だからこそ、それは強力な「育児の協力」になる。

 

大切なのは分担そのものではなく、その先にある「二人の時間」を最大化することだ。
協力して家事を終わらせ、ゆっくりコーヒーを飲む。その穏やかなひと時を作るために欠かせないのが、お互いの凸凹を理解する対話だ。


自分が「申し訳ない」と抱え込んでいる苦手が、相手にとっては「むしろ得意」な出番であることだってある。対話を放棄して逃げるのは、そんなチャンスを自ら捨てているのと同じだ。相手をリスペクトし、「最高の代替案」を言葉にして確認し合う。その積み重ねだけが、パズルのピースをカチッと噛み合わせてくれる。


嬉しい後日談がある。この「無能の武器化」という概念を知った友人の旦那さんは、ハッとして、自ら家事を手伝い始めたのだという。彼は決して意地悪なわけではないし、とても優しい人なのだ。ただ、自分の放った「失敗するよ?」という言葉が、どれほどチーム(家族)の士気を下げ、二人の大切な時間を奪っていたかに気づかなかっただけなのだ。


言葉一つで、関係は変わる。
「できない」で止まらず、「その代わりに何を出せるか」を探すこと。


明日もまた、私は敏腕マネージャーとして、最高の代替案を手に、大好きなチームの「心地よい時間」のために汗をかこうと思う。

 

 

 

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