モノを修理することではない——良いものを長く使うという選択
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:佐藤謙介(天狼院ライターズ倶楽部 READING LIFE公認ライター)
(まえがき)
「自分は障害者かもしれないけど、誰かに何かしてほしいわけではないのです。
自分も誰かに何かしてあげたいんです」
この言葉ほど、自分の人生にとって衝撃を受けた言葉はないかもしれない。
これは以前、私が面接をした50代の精神障害のある男性から聞いた言葉である。
彼は40代までさまざまな現場仕事を行って生計を立てていた。ところが過剰な労働からうつ病を発症し、その後働くことができなくなり、退職を余儀なくされた。そこから5年、彼は療養と復職のために就労移行支援事業所に通っていたが、仕事を得ることができなかった。
その時には彼はすでに50代半ばに差しかかっており、パソコンを使ったオフィスワークの経験もなかったため、50社以上にエントリーシートを送ったが、彼を採用してくれる会社はなかった。
そんな彼が、たまたま知り合いの紹介で、私が行っている事業の採用面接に訪れたのである。そして私が質問したときに、彼は冒頭の言葉を口にしたのだ。
私は学生時代、父親の自己破産をきっかけにお金がまったくないという状況に追い込まれ、いわゆる苦学生になった。朝4時に起き、大学に行く前に東京駅のキヨスクで販売を行い、それが終わったあとに大学に行き、9時から18時まで授業を受けた(私は私立の理系学部の学生だった)。そして授業が終わると、今度は夜間の警備員のアルバイトに向かった。翌朝8時まで勤務し、その後また大学に戻って18時まで授業を受け、今度は居酒屋のアルバイトのために新宿に移動し、深夜0時まで働いた。そして家に帰って寝て、翌朝にはまた東京駅のキヨスクに行って働くというサイクルを、大学を卒業するまでのおよそ3年間続けていた。
そのため、およそ大学生が経験する遊びというものは一切行ったことがなく、金を稼ぐために仕事をするか、大学を卒業するために授業に出ること以外、大学生らしいことは何一つできなかった。
そんな自分が就職活動を始めたとき、一つの目的が頭に浮かんだ。
「金持ちになりたい」と。
私が通っていた大学は、私立の中でもいわゆる裕福な家庭の子どもが多く通う大学だった。そのため、この大学でおそらく最も金がなかったのは自分だったと思う。周りには、親からもらったクレジットカードで好きなものを買い、遊びに行き、そして彼女を作っている連中がたくさんいた。
毎日悔しくてたまらなかった。
「なんで俺だけがこんな目に遭うんだ」
そう思わなかった日は、1日としてない。
そのため、就職活動を始めたとき、私は「金を稼げる人間になること」を目標にしたのである。
そして私は入社した会社で営業職として配置され、そこでまさに死ぬほど働いた。たいした学力もなく、経営の勉強をしたこともない自分が唯一できることと言えば「誰よりも長く働く」ことだった。
そこで私は、朝7時に出社し、終電まで仕事をして、4時間ほど眠ってまた出社するというスタイルで、誰よりも長時間会社にい続け、仕事量を増やした。
その結果、営業成績は事業部の中でもトップクラスとなり、評価もされるようになった。同時に、土日にはセミナーや勉強会に参加し、経営戦略やファイナンスの勉強も行った。この時、私は3年で会社を辞めて経営者になることだけを目標にしていた。
そして念願かなって仲間と共に起業することとなり、新卒で入社した会社を辞めた。
起業した私は、ここでも死に物狂いで働いた。
ところが1年後、その会社は突如終わりを告げた。私に経営のセンスがなかったこと、お金や会社の仕組み、人間関係に至るまですべてが甘すぎたのだ。そして「金持ちになりたい」という夢は一瞬で終わってしまったのである。
まったくの無一文になった私は、知人の紹介で障害者の方を支援する仕事に就き、何とか食い扶持を見つけることができた。だから、私と障害者雇用の出会いは、まったくの偶然と言っていい。お金に取りつかれていた自分が福祉的な仕事に就いたのは、結局お金が目的だったのである。
私はこの時、なぜ自分が失敗したのかを考えた。これまで起きている時間をすべて仕事に使っていた自分に急に時間ができたので、本を何冊も読んだ。そして、そこにこんなことが書いてあった。
「お金とは、誰かの役に立つことをして、その対価としていただく『感謝の証』である」
私は、はっとした。
これまでも営業をしているとき、お客様のことを考えてこなかったわけではない。むしろ営業で売れるようになるためには、顧客を喜ばせなければ買ってもらうことができないので、顧客のことを考え続けていたと言ってもいい。
しかし、その目的が違ったのである。
私の目的は、あくまで「自分が金持ちになること」だった。その手段として、「顧客に商品を買ってもらうために顧客のことを考える」ことをしていたのである。
つまりお金を稼ぐことが「主」で、顧客のことを考えることが「従」という考え方だった。ところがその本には、顧客のことを考えることが「主」で、その結果としてお金を手にすることが「従」であると書いてあった。
私はこの一文の意味を理解したとき、自分が起業で失敗した理由がよく分かった。起業することも結局は、お金を稼ぐための手段として行ったことであり、仲間を集めることもお金を稼ぐための手段として考えていたのである。だから、そのお金を稼ぐことが難しくなった途端に、仕事も仲間もなくなってしまったのだと気が付いた。
もちろん、起業して失敗した理由は「気持ち」だけの問題ではない。しかし、最もベースにあるべき考えが、私は違っていたのだとこの時に気付いたのである。
そんな時に面接に現れたのが、先ほどの50代の男性だった。そして彼が言った「自分は障害者かもしれないけど、誰かに何かしてほしいわけではないのです。自分も誰かに何かしてあげたいんです」という言葉は、私の思考を大きく揺さぶった。この考えこそ、私が持っていなかった「ビジネスの本質」を言い当てていると思ったからだ。
しかし、そんな彼には仕事が与えられず、お金を稼ぐことを目的にしていた自分には、少なくともそれまで仕事を得ることができていた。それは、年齢、体力、仕事を行うだけの意欲やメンタルがあったからだ。しかし、どんなに良いマインドを持っていたとしても、年齢が高く、パソコンを使った仕事の経験がなく、体力やメンタルが落ちている人は、この社会では仕事を得ることができないのである。
「なんでこの世の中はこんなに理不尽なのか」と憤りと共に純粋な疑問が生じた。
しかし、ここには大きな理由があり、しかもその理由は私以外の社会に生きている多くの人に共通している考えであることに私はだんだんと気づくのである。
正直に言って、私はそれまで「障害者」という人たちを、どこかで自分よりも劣った人たちだと思っていた。さらに言えば、精神障害のある人たちを「気持ちが弱い人」「自分に甘い人」だと考えていた。それは、自分が学生時代からお金がなく、寝る間を惜しんで仕事をしてきた経験から「自分は努力してきた」という自負があったからだろう。さらに言えば、それで結果を出し、少なくとも会社では評価され、お金を稼いできていたという成功体験も重なり、まさに「自己奉仕バイアス」という、自分が評価されたのは自分の努力のおかげという認知バイアスにはまっていたのである。
つまり私は「自分は有能な人間であり、障害者は自分よりも劣っている人間である」と、無意識のうちにレッテルを貼っていたのだ。
しかし、それから15年、私は障害者支援の仕事をし続け、19世紀以降の優性思想の歴史や、人間が持つ認知バイアス、そして現代の資本主義や民主主義が持つさまざまな負の側面を知ることになった。そして、障害のある人たちがこれまでどれほど社会から迫害を受けてきたのか、また「障害者の人権」についてどれほどの「考え方」が提唱されてきたことを知ることができた。
そして実は、障害者にとって働きやすい職場は、他の人にとってはさらに働きやすい職場になることを、身をもって体験することとなった。
私はこの本で、「極端な制約がある人」という意味で障害者を、職場における「エクストリームユーザー」と定義し、彼らが働く環境を整えることが、現在の職場を変えるための「触媒」になることを伝えたい。
この本が、障害者雇用の枠を超えて、皆さんの職場を劇的に変化させる一助となることを心から願っている。
❏ ライタープロフィール
佐藤謙介(天狼院ライターズ倶楽部 READING LIFE公認ライター)
静岡県生まれ。鎌倉市在住。
大手人材ビジネス会社でマネジメント職に就いた後、独立起業するも大失敗し無一文に。その後、友人の誘いで障害者支援の仕事に携わる中で、社会の不平等さに疑問を持ち、「日本の障害者雇用の成功モデルを作る」ことを目指して特例子会社に転職。350名以上の障害者雇用を創出する中で、マネジメント手法の開発やテクノロジーを活用した仕事の創出を行う。現在は、企業向けに障害者雇用のコンサルティングや講演を行いながら、個人の自己変革を支援するコーチとしても活動している。
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