鬼の面になるのはワケがあった
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:後藤 修 (ライティングゼミ、26年1月通信講座 コース)
あの時、静かに怒っていた。
頬はやや紅潮していただろう。
今思えば、 胃の中で火がくすぶり、煙が口からでていた気がする。
コーチングを学び、感銘を受け、指導者の道を歩もうと志した数年前だった。
「仮に講師となったとして、講義をしてみよう」
コーチングの講師を目指す講座を指導する講師の声掛けに従い、受講生している方の前で、僕は熱弁した。
多少の力みはあったけど、コーチングという優れたコーチングスキルを世間に広めるために僕は熱い心意気で語りつくした。
しかし、その後に飛んできた言葉は予想外のものだった。
「後藤さん、こわいよ!」
「うん、鬼みたい。それじゃ、聴く人を震えさせるよ!」
講義の内容よりも僕の表情の良し悪しが講評にあふれかえったのだ。
そんなに僕って怖いのか?
率直にフィードバックをすることを前提に展開された講評会とはいえ、
何本もの針が僕の心に突き刺さるような心境だった。
‘怖い’なんて無縁の言葉だ
50年近く生きてきた僕はあまり怖いと言われたことはなかった。
むしろ、まじめで温和な人、そんな印象を与える人だった。
そんなイメージがあると自覚していた僕に‘鬼のような怖さ’の言葉は相当堪えた。
それがきっかけで、僕はコーチング講師を目指すことを断念してしまった。
くそう……。なんで鬼の顔なんだ。嘘だろう……。
しばらくは葛藤で天を仰いだり、歯を食いしばるような日々を送っていた。
でも、考え悩んだ末、ある結論に辿り着いた。
笑顔で振舞える人を目指していけばいいんじゃないか。
そんな決意を胸に刻んだ頃に思わぬ情報が耳に届いた。
その情報を渡してくれたのはコーチングを学んだ同期生。
彼は自己肯定感を上げるための活動を始めていた。
その活動のうち、柔らかな笑顔になるためのお手伝いするプログラムもあった。
(これはいい!)
笑顔な自分を見失っていた僕は彼の言葉に拾われて、講座へ参加したのだった。
始めに、自己肯定感について一通りの説明を受けてから、笑顔になるための
心得えを聞いた後、顔をふやかすようなストレッチを受けた。
両目を大きく見開いてたまま、5秒ほどキープする。
両方の拳をドリルのように、こめかみに捻じりこませる。
両方の眉を左右に指で15秒ほど引っ張り続ける。
(まだまだメニューはあったけど、ひとまず3つほど挙げた)
画面越しに彼に視線を投げながら、一方では人面魚のように変わりゆく自分の顔を
滑稽に思いながらも、トレーニング時間の30分が過ぎて行った。
「後藤さん、素敵な笑顔に辿り着くのに、お互い続けてきましょう」
これ以来、洗面所で自分の顔を見て、笑う練習を繰り返した。
でも、思ったような効果は芽を出さなかった。
数か月たった後に鏡をのぞきこんでみて、笑ってみた。が、‘はじけ飛ぶ’ような笑顔‘にはどう差し引いてもなれている気がしなかった。
(やっぱり、素敵な笑顔は夢物語か……)
心が萎れ、笑顔を手に入れることを僕は諦めようとしていた。
しかし、そんな梅雨空のような心持ちで、彼の講座を受けていた時に
彼の口から思わぬ言葉が飛び出した。
「あのねえ、笑顔になれない人って、結構まじめな人が多いんですよ」
ああ。そうか……。
彼の言葉は僕のモヤを吹き飛ばしてくれた。
今までどこかの組織、どこかのサークルに参加している時は一様に‘まじめな’に振舞っていた僕。
そんな真面目さにどこかほこりを持っていたところもあった。
でも、知らぬ間にそれが乗じて、厳格さや真摯さをみにまとってしまったのではないか。
それが自分の顔を鬼にしてたのではないのか…
それを悟ってからは考えを変えた
それは、自分の心に‘遊び’を持つようにしたのだ。
同僚との対話は真摯な心に遊び心を1割から2割ぐらいを混ぜるように話す。
親しい人たちと話す時は、真剣さを少し薄めて、じゃれ合う気持ちをより一層意識して関わってみた。
そんな自主トレを続けていきつづけたある夜のこと。
洗面所の鏡をのぞき込みにっこり笑ってみた。
前よりも、口元がほんのり柔らかく、目じりが少し落ち気味に仏様のような笑顔に近づいた感じがした。
講師の彼らも
「なんか、笑顔が前より少し柔らかいね」
と太鼓判をバンと押してもらえたのだった。
今の僕は、家族や仲間といる時によく笑う。
自然に力まず軽やかに。
柔和な空気に覆われている。
だから、僕はこれからも‘程よくまじめ’に生きていく。
それが生きるを楽しむ一つの方法だから。
≪終わり≫
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