閉店するデパートで勝手に迎える、私だけのシンギュラリティ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:加藤瞳(25年11月開講コース)
記事:maruha(2025年11月開講コース)
「またデパートが閉店するのか……」
2026年2月末、名古屋駅にあるデパート「名鉄百貨店」、「近鉄パッセ」が閉店すると聞いたとき、心の奥がきゅっと締めつけられる感じがした。
私は1973年生まれ。名鉄百貨店のシンボルである、高さ約6mの巨大マネキン「ナナちゃん」と同い年だ。ナナちゃんは50年もの間、定番の待ち合わせ場所として、イベントごとに変わる衣装を楽しみにされる存在として、いつもそこに立っていた。当たり前にあった風景が消えると知ったとき、思った以上に寂しかった。
かつて、少しオシャレをして「ちょっといいもの」を買いに行く場所は、いつもデパートだった。
名鉄や近鉄のデパートに一番通っていたのは、20代だった2000年頃。
欲しいものは大体お店で買う時代で、街には活気があった。
売り場を飾るディスプレイや商品を見ながら歩くだけで気分が上がる。その高揚感の延長で買い物をする。そんな循環が確かにあった。
けれど……今や時代は変わってしまった。
圧倒的な在庫を抱えるネット通販はますます便利になり、フリマサイトを利用したり、オンラインで価格を比較したりすれば、底値で手に入れることも容易になった。
デフレやコロナ禍を経て、「街へ出かけて買う」という行為の優先順位は下がった。特に車社会と言われる名古屋では、大型ショッピングモールでの買い物が日常的になり、気がつけば私自身、何年も繁華街へ足を運ばなくなっていた。
「無くなると寂しいとか言ってる自分も、デパートに行ってなかったじゃないか」
そんな反省にも似た思いが浮かび、少し落ち込んだ。
行かなくなった理由はいくつかある。
主婦になり、節約が身についたこと。
ネットと近所の店舗で事足りる生活に慣れてしまったこと。
出かければ余計なものまで欲しくなる。
人ごみで疲れる。
交通費もかかる。
タイパとコスパを考えると「出かけない」ことが賢い選択だと思っていた。
しかし、「これで十分」と思い込む一方で、毎日の喜びは減っていった気がする。賢く生活してるはずなのに、うっすらと毎日がつまらない。しかし一度身についた「便利でコスパのいい暮らし」をやめようなんて思う理由もないまま30代は過ぎていった。
効率ばかりを追い求める生活を何年も過ごし、どこかに無理が出たのだろうか。
体調を崩しがちになり、家にこもる日が続いていた40代のある日のこと。
そんな価値観や、モヤモヤしていた気持ちを揺さぶるものとの出会いがあった。
何気なくYouTubeを眺めていたとき、『ワールドオーダー』というダンスグループの『シンギュラリティ』というミュージックビデオが目に留まった。
そのMVは、名古屋の街で撮影されていてた。
名古屋のオフィスで働く男女という設定で、名古屋駅や名古屋城、大須商店街などをバックに、通行人が行き交う中、全員がスーツ姿で踊っている。
デパート前の路上で通行人を巻き込みながら、一緒に飛び跳ねて踊る姿。その背景に映る、かつては見慣れたナナちゃん、繁華街や地下街の風景を見ていたら、なぜか涙があふれた。
「めちゃくちゃ楽しそう……!」
画面の中の人たちと街は、生き生きとしていた。
それは、かつて私が「街」で感じていた高揚感に近いものがあった。
繁華街を歩くだけで胸が躍ったあの感覚。
私はなんで、それを自分から遠ざけていたのだろう。
年齢や体調、コスパのせいにしてたけど、勝手に諦めていただけなのではないか?
「また街へ行きたい!」
そんな強い思いが湧き上がってきた。
それと同時に、こんな決意まで生まれた。
「絶対に体調よくなってやる!」
不思議なもので目標ができた途端、回復が早かったような気がする。
行きたい場所があるということが、こんなにも力になるとは思わなかった。
それ以来、だんだんと体調も落ち着くとともに、繁華街へよく出かけるようになった。
確かに、昔ほどの勢いはないが、デパートには「そこでしか得られない魅力」がある。
住宅ローンを抱える主婦としては、自由になんでも買えるわけではない。
けれど、そんな制約の中でも無理のない範囲で「デパートで買い物をするというエンターテイメント」を楽しむことはできるのだとわかった。
例えば、化粧品なら全部を揃えなくてもいい。
「憧れのコスメブランドのアイテムを一つ買う」だけでも十分楽しい。
売り場に漂ういい香り。
キレイに並んだアイテム。
実物に触れて、試せる安心感。
使い方を丁寧に教えてくれる店員さんとのやり取り。
(セールストークに乗せられないよう注意……)
そこには、ネット通販にはない「五感を使う体験」がある。
「ちょっといいもの」を買った帰り道は、ずっといい気分が続くことも思い出した。
「とにかく安く手に入ればいい」
そう思っていた頃の暮らしは、いつもどこか味気なかった。今になってようやく、「心が動く体験にお金と時間を使うこと」こそが、本当の意味での豊かさなのかもしれないと思っている。
あのMVのタイトルでもあった『シンギュラリティ』とは、本来、技術革新が進み、テクノロジーが人間の能力を追い越す転換点を指す言葉だ。
その意味を知ったとき、私はこの気づきを重ねて考えた。
効率や便利さが極限まで追い求められる今の時代。
その合理性は、すでに人が幸福を感じられる水準を追い越してしまっているのではないか。
たとえ不便でも、コスパが悪くなったとしても、それでも人は五感で味わうことで幸福を感じられる存在なのだと実感した。そう気づいた瞬間こそが、私にとっての転換点だったのかもしれない、と。
しかし現在……
名鉄百貨店、近鉄パッセも閉店は決まったのだが、再開発が中止になり、この先どうなっていくかわからない状況になってしまった。ナナちゃんの撤去もしばらくは延期になるのだそう。
ナナちゃんが立つ風景を、いつまで見られるかはわからない。
今あるデパートもいつ無くなるかわからない。
だから、イチ消費者としては非力だけれど、「できる限り自分の足で街へ行き、目で見て、触れて、味わい、感じる体験を与えてくれる場所を応援していきたい」と心から思っている。
<終わり>
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