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若造シニアが見た「60歳からのリアル」


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:白水 裕(ライティング・ゼミ 2026年1月開講4ヶ月コース)

 

60歳、シニアになる

 

自分が「シニア」になったことを実感したのは、60歳の誕生日の少し前に届いた1枚のはがきだった。

区からの、ふれあいクーポン事業のお知らせ。

 

区内の公衆浴場と区立の指定スポーツ施設を一定回数無料で利用できる「ふれあいクーポン」の対象者になったという内容だった。

クーポン発行希望者は、はがきを持参のうえ、地域包括ケア推進課か区役所まで。

 

いよいよ「してもらう側」になったのか。ふと、そんな思いが胸をよぎった。

 

定年後、嘱託社員として仕事を続けることになった会社では、自分より年上は数えるほどしかいない。

定年前の面談では、「仕事内容は同じでも、同じ給与を払うことはできないのです」と人事に言われた。あと5年で年金か。

 

そう思うと不思議なもので、体は昨年と変わらず元気なのに、急に老人になったような気がした。

電車で優先席が空いていても座ることがなかったのに、周りに若い人ばかりと見ると「もういいかな」と座ってみる。

 

「これまで40年近くもさんざん働いてきたのだから、これからは楽をさせてもらわないと。給料だって下がったのだし」そんな意識がどこかに芽生えていた。

 

 

なって初めて気づいた「シニアの多様性」

 

そんな私がガツンと頭を殴られたような気がしたのは、ある飲み会に参加した時のこと。

若い人もいた集まりだったが、同じテーブルに座った人の半数以上が、70代、80代の方々だったのだ。

 

今年還暦を迎えました、と自己紹介すると、「還暦か。はるか昔のことだ。懐かしいですね」と言われ、向かいに座った70代の女性は「あなたはまだお若いからわからないでしょうけど」と私には見向きもせず、お隣の同年代の女性と盛り上がっている。

そうなのだ。一口にシニアといっても、60代と70代、70代と80代には大きな隔たりがあり、後期高齢者にとって60歳など、健康の話ひとつするにも相手にならないほどの若造なのだ。

 

さらに驚いたことには、70代も80代も、「毎日忙しくて時間がない」と言う。アパートのオーナー業を亡夫から引き継いだ人、孫に勉強を教えるついでに近所の子供たちの面倒も見ているという人。妻の介護を抜け出してきた人など。「悠々自適」で時間をもてあましているシニアなど、そのテーブルには一人もいなかった。

 

「若造シニア」である私は、シニアとひとくくりにできない60歳以降の多様性に目を開かされる思いだった。

 

日本人の平均寿命はつい最近まで、60歳に満たなかったという。それがここ数十年でぐんぐん伸び、「100歳は当たり前」の時代がすぐそこまで来ている。

 

平均寿命の長さに比べて健康寿命が男性で約9年、女性で約12年も短いという統計からは、ある年齢になるとみんなが寝たきりになったり施設に入ったりというイメージを抱きがちだ。身近なサンプルも、そんな未来を指さしていた。同居していた祖母は70代で直腸がんの手術を受け、認知症も発症して晩年は部屋に閉じこもっていた。夫の母親はパーキンソン病からの転倒で一人暮らしが難しくなり、施設に入って77歳で亡くなった。

 

50代までの私には、60歳の向こう側は、時間が止まった別世界のように見えていたのである。

 

ところが、60歳の壁を抜けた場所で見た風景は、まるで違っていた。誰かが用意してくれた「悠々自適」というゴールがあるわけではない。個人差はあるものの、ペースダウンしながらも「約30年間は」止まらず歩き続けなければならない。しかも、お手本や決まった道筋があるわけではない。

 

みんなどうしているのだろう。そう思ってAmazonのランキングを見ると、シニアの生き方に関する書籍が次々とベストセラーになっていた。『定年後』、そして続編の『定年後、その後』。リンボウ先生や内田樹、佐藤優といった論客たちが、自分を題材にシニアについて考察していた。高橋源一郎さんが『ぼくたちはどう老いるか』で書いているように、それは「新しい体験」であり、自分がどんな生き方をして、死に方をするのか、改めて自分に向き合う時間の始まりだったのだ。

 

あと30年、止まらず歩き続けるために

 

木々の若葉が芽吹く時は、同じタイミングでほぼ同じ緑の葉が生えてくる。でも、枯れゆく時はスピードも色もまちまちで、ある日はらりと落ちていくのと老いは似ている。入学、卒業、就職。なんとなくみんな同じように歩いてきたと思ったら、ある日、道は終わり、そこから先は多様な選択肢の中から自分で選ばなければならない。

 

60歳からの30年、どうやって生きようか。

 

ふと思い出したのは、そろそろ米寿を迎える母のことだった。

 

2年前に父を亡くした後、近所を回っていたNPOの方にすすめられて、免許返上したガレージで、書棚1つの小さな図書館を始めることになった。父が遺した蔵書や、子供たちが小さいころに読んだ絵本などを毎朝選んで書棚に並べ、立ち寄る人があれば世間話をして本を貸し、夕方になれば本をしまう。そんな新しい習慣を始めただけで、みるみる元気になっていった。

 

止まらず歩き続けるために必要なのは、海外でも「IKIGAI」で知られる「生きがい」なのだろう。これまでも聞いてはいたが、当たり前のこと、単なる建前のように感じていた。

 

壁のこちら側に来てみて、それは建前でもなんでもなく、お金や時間よりも切実なものであることが理解できる。

 

さまざまな「シニア本」で示されているのは、各著者にとっての「生きがい論」であった。さて自分はどう生きるか。ヒントにしながらも、改めて自分の頭で考え、しっかり歩いていこう。あと30年生きるための生きがいは、生涯の生きがいになるはずだから。

 

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