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愛着という名の豊かさ——良いものを長く使うという選択


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:川瀬健二(2026年1月開講・渋谷/通信・4ヶ月コース)

 

“Don’t Buy This Jacket.”

――このジャケットを買うな。

 

2011年のブラックフライデー当日、ニューヨーク・タイムズ紙に掲載されたその広告を目にした時の衝撃を、僕は今でも覚えている。そのメッセージは過激でありながら、消費社会への静かな宣戦布告だった。なぜ、自社の新商品を売るための日に、買うなと言うのか。

 

このキャンペーンを仕掛けたパタゴニアは、1973年にイヴォン・シュイナードが創業した、米カリフォルニア州発の国際的なアウトドア・アパレル企業だ。「故郷である地球を救うためにビジネスを営む」をミッションに掲げ、高品質で長持ちする製品作りが、米国をはじめ日本や世界中でも熱狂的なファンを集めている。

 

「地球を救うためにビジネスを営む」これはスローガンではなく、パタゴニアの存在理由そのものだ。製品寿命を延ばす。修理を無償で引き受ける。アパレルブランドでありながら、リユースをオフィシャルに推進する。自分たちの製品を回収し、循環させる。多くのアパレル企業が「買い替え」を促す構造の上で成長するのに対し、パタゴニアは「買い続けなくてもいい関係」を提案する。ここが、他のアウトドアブランドと決定的に異なる点だ。彼らは機能競争ではなく、価値観競争をしている。

 

その理念に感動した僕は、パタゴニアの記事やイヴォンの本を読み漁った。そして当時新宿にあったショップで、ダウンジャケットを買った。それは10年以上経った今でも愛用していて、冬には欠かせない一着になっている。その後、たくさんの方々とのご縁があって、2014年に自社が企画したイベントに、当時のパタゴニア日本支社長に登壇してもらうことができた。現在の彼は別のステージでさらなる活躍をしているが、ありがたいことに今でも親しいお付き合いが続いている。

 

なぜ、熱狂的なファンを生むのだろうか。それは、顧客を「消費者」ではなく、「共犯者」にするからだ。パタゴニアの服を着るということは、環境負荷の軽減という思想に参加することでもある。この構造は強い。機能は代替できるが、信念は代替できない。

 

だが一方で、現実は厳しい。最新の国連推計によれば、2050年、世界人口は約97億人に達する。人口増の多くは、インフラが未整備な開発途上国で起こる。もし彼らが現在の先進国と同じ「大量消費型」の発展を遂げれば、地球の資源は物理的に破綻する。今すでに人類は、地球1.75個分の資源を消費している。97億人が豊かさを享受しながら「地球1個分」に収めるには、資源効率を約2〜3倍に高めなければならない。

 

さらに、現在の状況は深刻だ。昨日、米国とイスラエルがイランへの攻撃を開始した。再びトランプ政権を取り戻した米国を中心に、多くの国が自国優先主義へ回帰し、グローバルな連帯感は弱まっている。このままでは、「一部の富裕層だけが地球1個分で暮らし、残りが環境破壊の煽りを受ける」という最悪のシナリオは、決して空想ではない。

 

だが一方で、僕は未来への一筋の光も感じている。若い人たちを中心に「所有しない豊かさ」や「エシカル消費」がステータスになりつつある。レンタル、シェア、リユース。今後はAIなどのデジタル技術が、資源効率を飛躍的に高める可能性を秘めている。

 

だが本質は、テクノロジーではない。これからの時代にこそ、パタゴニアの問いは重い。流行に反応して10着買う欲望は、分散している。一着を10年、20年と着続ける欲望は、凝縮している。「ギアに第二の人生を」「壊れたら修理しよう」と呼び掛けるパタゴニアのパッチだらけのジャケット。そこにあるのは節約ではなく、愛着だ。傷がある。色が違う。それでも誇らしい。そこには、持ち主の時間と物語が縫い込まれているからだ。新品は完璧だが、無機質でもある。一方で、使い込まれた一着には体温がある。

 

僕は思う。これからの時代に必要なのは、「所有の量」ではなく、「愛着の深さ」だ。2050年、97億人が共存する世界で、全員が同じ量を消費することは不可能だ。だが、全員が同じように“深く愛する”ことは可能だ。大切なのは、モノを“消費する対象”から“関係を築く相手”へと捉え直すことだ。

 

一着を直し続ける。

一つの道具を使い倒す。

一つの仕事を磨き続ける。

 

その姿勢が、欲望を研ぎ澄ませる。「この一着以外いらない」と言えるほどに。それは禁欲ではない。むしろ、わがままなほどに濃い欲望だ。大量に持つことは、もう豊かさの証ではない。でも、深く愛せることは、確かな豊かさではないだろうか。地球が有限であるという事実は、冷酷だ。しかし同時に、それは問いを与えてくれる。どれだけ持つかではなく、どれだけ愛せるか。

 

長く、深く、愛し抜く。

その愛着の総量こそが、97億人が共存する未来における、もっとも静かで、もっとも強い豊かさではないだろうか。

 

もうすぐ春が来る。その前に、ひとつだけできることがある。あなたのクローゼットを開いてみてほしい。そこに並ぶ服の中で、「これだけは手放したくない」と思える一着はどれだろうか。流行でも、価格でもなく、時間や記憶や体温が染み込んだ一着。もしそれがあるなら、それを直し、手入れし、これからも着続けてほしい。もしまだ出会っていないのなら、次に買うときは問いかけてほしい。

「これは、長く、深く、愛し抜けるだろうか。」

 

消費の速度を落とすことは、未来を諦めることではない。むしろ、未来を選び取る行為だ。あなた自身の基準で、一着と向き合ってみてほしい。そこから、これからの時代の豊かさは、静かに始まる。

 

≪終わり≫

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