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腰掛けのつもりだった仕事が、私をFIREさせた

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:飯田久枝(ライティング・ゼミ 2026年1月開講4ヶ月コース 第10回課題)

 

「国連に入りたいので、腰掛けのつもりです」。面接でそう言った。それでも採用してくれた。その会社が、私の人生を書き直すことになるとは、そのときは知る由もなかった。

 

振り返ると、私の人生はキャリアチェンジの連続だった。

 

高校生のときはウェイトレス。大学生のときはコンパニオンに家庭教師。大学を卒業してからはダンサーになり、バーのホステスもかけ持ちしながら生計を立てた。踊ることは好きだったが、才能がないかもと薄々わかっていたので、3年で見切りをつけると決めていた。体力的にも経済的にも、一生できる仕事ではないと思った。

 

大卒で親の反対を押し切りダンサーという仕事についたため、次のキャリアを考えたときに、潰しがきかなかった。そのとき、母に言われた一言が刺さった。「世の中のためになる仕事をしなさい」。

 

じゃあ、国連だ。

 

単純すぎる動機だったが、決めたら迷わなかった。国連に入るには修士号が必要だった。ダンサー時代にニューヨークへ留学し、アメリカという国に憧れていた。ならばアメリカの大学院に行こう。アルバイトをかけ持ちして貯めた100万円を握りしめて飛び込んだが、私立大学院の授業料は想像を超えていた。100万円は1学期でなくなった。父から借金し、大学院のバイト代だけで暮らした。月500ドル。当時のレートで5万円ほど。それが毎月の全財産だった。家賃を払えば残り300ドル。食費も交通費も、すべてそこから出す。大学ではタコベルが定番だった。安くて、そこそこ食べられる。今でもタコスが好きなのは、あの頃の名残かもしれない。

 

大学院を修了しても、国連にはすぐ入れなかった。

 

採用には書類審査、筆記試験、面接の三段階があり、すべてに通過した後もオファーをただ待つ。大学院も修了してしまったので、働きながら待つしかなかった。本当は経済や政治の研究所で働きたかったが、どこも雇ってくれなかった。院卒の外国人女性を採用する余裕が、当時の研究機関にはなかったのだろう。そんなとき、拾ってくれたのがニューヨークの日系証券会社だった。

 

「腰掛けのつもりです」と最初から伝えたのに、それでも採用してくれた。懐の深い会社だと思った。

 

本命ではない。でもやるからには、と思って仕事に臨んだ。すると、思いのほか自分に合っていた。数字を扱うことへの抵抗がなく、マーケットの動きを読むのが面白かった。「なぜこの株が上がるのか」「このタイミングで動くべきか」。そういう問いを立て、答えを探すことが、苦痛どころか楽しかった。腰掛けのつもりで、淡々とこなしていた。

 

そういえば、日本の大学では経済学部だったが、ゼミでは株式市場を専攻していたっけ。

 

ダンサーとして舞台に立つことは好きだったが、才能がなかった。金融の仕事には情熱はなかったものの、頑張らなくてもできた。「好き」と「できる」は、別物だ。そのことを、私は証券会社で初めて知った。情熱がなくても、自然にできることがある。そしてそれは、情熱だけで続けることよりずっと長続きする。

 

それでも、2年近くが過ぎた頃にバンコクの国連からオファーが届くと、迷いはなかった。本命のためにここまで来たのだから。証券会社の仕事をやめ、ニューヨークで出会ったフィアンセを置いて、タイへ飛んだ。

 

帰国してから、「腰掛け」の本当の価値に気づいた。

 

フィアンセとの結婚を機に国連をやめて帰国し、日本で仕事を探した。専業主婦として半年過ごした後、やっぱり外に出よう、と派遣会社に登録した。登録したその日の夕方に電話があり、明日から米系大手の証券会社に行ってくれと言われた。派遣社員として1ヶ月勤めた後、社員になった。あのニューヨークでの2年間が、強力な武器になっていた。国連のために腰掛けたはずが、気づけば金融の世界で20年以上働くことになっていた。外資系と日系、複数の証券会社を経験した。

 

収入は増え、生活も存分に楽しんだ。贅沢三昧した、と言っていい。それでもFIREできたのは、証券会社で身につけた知識と経験が効いたからだ。お金の使い方ではなく、お金の育て方を知っていた。あの「腰掛け」がなければ、FIREも、今の生活も、なかった。

 

本命じゃないと思っていたことが、人生の一番の糧になっていた。

 

国連を目指して始めた旅が、なぜかFIREで終着した。計画通りにはいかなかった。でも振り返れば、ウェイトレスも、ホステスも、ダンサーも、「腰掛けのつもり」の証券会社も。どれひとつとして、無駄ではなかった。寄り道と思っていたものが、実は本道を作っていた。

 

「好きなことを仕事に」とよく言われる。でも、好きなことと得意なことは違う。情熱がなくても、なんとなくできてしまうこと、苦にならないこと、そこに実は自分の強みが隠れていることがある。キャリアの正解は、最初から決まっているわけじゃない。

 

あなたが今「本命じゃない」と思いながらやっていることの中に、あなた自身もまだ気づいていない強みが、眠っているかもしれない。

 

「腰掛けのつもりです」と言って入った会社が、私の人生を作った。あの正直な一言と、それでも採用してくれた会社がなければ、今の私はいない。

 

 

 

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