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正しさを、面白さが超えていく —— ミュージシャンをバンドに誘うとき、正しさはいらない


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:川瀬健二(2026年1月開講・渋谷/通信・4ヶ月コース)

 

ミュージシャンを自分のバンドに誘うとき、エビデンスは必要か?

「市場規模はこれくらいで、成功確率はこのくらい。競合優位性はここにある」

そんな数字を並べ立てて、「一緒にやろう」と言われて、果たして心が動くだろうか。おそらく、動かない。もしあなたが本当に優れたベーシストを誘うとしたら、語るべきはそんなデータではないはずだ。

 

「こんな音を、君と一緒に鳴らしたいんだ」

その一言で、十分なのではないだろうか。

 

ここ数年の僕は、その逆をやっていた。

経営者として、常に「正しいこと」を語る。間違いのない計画を立て、リスクを最小化し、成功確率を高める。それがリーダーの絶対的な役割だと信じて疑わなかった。だから、丁寧に資料をつくった。数字を揃え、ロジックを整え、可能な限り突っ込まれない形に仕上げる。いわば、「完璧な楽譜」を配っていたのだと思う。

「この通りに演奏すれば、いい結果が出る」

そう胸を張って説明できる状態に整えてから、ようやく人に声をかけていた。

 

けれど、あるとき気づいた。その楽譜には、肝心の「音」がなかった。正確ではある。論理も通っていて、数値も揃っている。再現性も高い。だが、どこかに「震え」がない。企画書や提案書が陥りやすい罠でもあるが、人の心を根底から動かす何かが、決定的に欠けていた。

 

思い出すのは、自分がまだ何者でもなかった若い頃のことだ。

いつも陽気に、無鉄砲に人を誘っていた。

「一緒にやろう」

明確な根拠があったわけではない。成功する保証も、エビデンスもなかった。むしろ、不確実性の塊だった。それでも、なぜか人が集まってきた。後から考えると、理由は単純だった。「面白そうだったから」だ。未来がどうなるかはわからない。けれど、今この瞬間、こいつと何かを始めることがたまらなくワクワクする。その純粋な感覚が、理屈を超えて伝わっていたのだと思う。

 

ミュージシャンは、楽譜だけでは動かない。どれだけ正確に書かれていても、そこに奏者の意志が入る「余白」がなければ、演奏はただの作業に成り下がる。本当に心が動くのは、計算外の「セッション」が生まれるときだ。決めすぎない。縛りすぎない。少しだけ曖昧で、少しだけ未完成。だからこそ、自分の音を差し挟む余地がある。その空白に、人は惹かれ、自分の命を投じたくなる。

 

ビジネスも、同じではないか。完璧に設計された計画は人を管理することはできても、人の情熱を引き出すことは難しい。「自分が関わる意味」が入り込む隙間がない場所に、人は本当の意味で参加したいとは思わないからだ。

 

最近、強く感じていることがある。これからの時代に必要なのは、「正しさ」ではなく「共鳴」だ。どれだけ正しいことを言っても、人の心は動かない。だが、たった一つの「面白そう」が、世界を動かすことがある。それは論理ではなく、感覚に近い。だが、決して曖昧なものではない。むしろ、生存本能に根ざした、極めて精度の高い判断だ。

 

人は、本能的にわかっている。

「自分の時間を使う価値が、ここにあるか」

「この人と一緒にいると、どんな新しい音が鳴るのか」

「根拠はあるのか」

その問いは、正しい。だが同時に、人の可能性を閉ざす問いでもある。すべてを説明できるものだけを選び続けた先に、新しいものは生まれない。なぜなら、真に新しいものは、常に「説明できない領域」から産声を上げるからだ。

 

だからこそ最近、僕は意識的にやろうとしていることがある。エビデンスという「防具」を、いったん脱ぐこと。その代わりに、「面白さ」という武器だけで勝負してみること。それは無責任になることではない。むしろ逆だ。より深いレベルで、自分の「感覚」に全責任を持つということだ。これから始めようとしていることは、まだ輪郭がはっきりしていないし、完成形も見えていない。けれど、一つだけ確信している。とびきり面白い音が鳴る。その予感だけは、はっきりとある。そして、その音を誰かと一緒に鳴らしたいと、心から願っている。

 

もし、あなたが今、何かに迷っているとしたら。

「正しいかどうか」で判断するのを、一度だけやめてみてほしい。その代わりに、こう問いかけてみてほしい。

 

「それは、面白そうか」

「心の底からワクワクするか」

心が少しでも動くなら、それは十分すぎる理由になる。正しさは、あなたを守ってくれる。だが、どこへも連れていってはくれない。面白さは、時に不確実で、危うい。だが、確実に新しい景色を見せてくれる。

 

これからまた、僕は新しい「バンド」を組もうとしている。 根拠はない。保証もない。 けれど、一つだけ確信がある。 これまでで一番、いい音が鳴る。

 

あなたの心は、今、何に共鳴していますか?

 「面白そうだ」と震えたあの瞬間の感覚を、覚えていますか?

目を輝かせ、時間が経つのを忘れていたあの頃を、思い出せますか?

その音を、どうか見過ごさないでほしい。

それはきっと、あなたにしか鳴らせない音なのだから。

 

スピードと正確さを求められる仕事なら、僕らはもうAIに勝てない。

 しかし、僕らは幼き頃からもうひとつのエンジンを持っている。

真の人間の叡智とは、根拠なき夢であり、無限の面白さの中にある。

 

 

≪終わり≫

 

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