4ヶ月・4人目で再婚を決めた60才手前の友人と、それなら結婚しなくてもいいと思った私の違和感の正体
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:雨宮さよ(2026年1月開講・渋谷/通信・4ヶ月コース)
60才にあと少しという友人が、婚活サービスで出会った人と再婚した。婚活開始から4ヶ月。4人目で決めたという。
数字だけ並べるとずいぶんと軽やかに聞こえるが、本人はいたって落ち着いていた。どこか肩の力が抜けたあとの静けさのほうが印象に残った。久しぶりにお茶しようと待ち合わせた。私のほうがそわそわと落ち着かなかった。
下世話な好奇心から費用も聞いてみたが、50万円はいっていないらしい。そこにも驚いた。この年代の結婚というものに対して、どこか構えてしまう自分との距離を、いきなり突きつけられたような気がした。
彼女とは、人の人生の節目に関わる活動を通じて知り合った。互いに講師という立場で、いろいろと意見を交わしてきた関係だ。
数年前、私が本格的に山歩きを初めてから山に誘った山友でもある。同じルートを歩き、同じ景色を見て、同じように息を切らしながら、少しずつ距離を縮めてきた。ただの趣味仲間とは少し違う、独特の信頼感があった。
だからこそ、今回の話は驚きと同時に、どこか納得感もあった。山で見てきた彼女は、いつも前向きで明るく、無理をしない人だった。自分のペースを乱さないし、周囲に合わせすぎることもない。自分の歩幅をちゃんと知っている人だ。
その彼女が「4人目で決めた」と言うとき、それは軽さではなく、むしろ精度の高い選択なのだろうと思えた。
話を聞いていくと、彼女の結婚観はさらにシンプルだった。60才までにパートナーを見つける。これだけであった。私はそれを初めて聞いた気がして聞き返したが、きっとこれまで私が聞き逃していたのだろう。
さらに聞くと、お互いに何をしていてもいいし、趣味に時間やお金を使うことも自由。生活を共にするからといって、何かを制限するつもりはないという。
私はそこで思わず聞いてしまった。それなら結婚しなくてもよくない?と。彼女は少し笑って、別に気にしないよ、と答えた。そのやりとりが、あとからじわじわと効いてきた。
そのときの私は、半分は冗談のつもりで、半分は本気でそう聞いていたのだと思う。自分でも少し驚くくらい、自然に出た言葉だった。問いかけたというより、反射に近い言葉だった。
なぜ私は、自由でいいと言われたときに、それでも結婚という形に意味を見出せないのだろう。考えてみると、私は結婚というものに対して、ずっと「何かを差し出すもの」という前提があったのだと思う。
時間や行動、場合によっては生き方そのものを、どこかで調整し合うものというより、どちらかが譲るものだったのかもしれない。少なくとも私の中では、自分が主導権を握るのはどこかはしたない気がして、それならいっそ全部譲ってしまおう、という感覚のほうが強かった。
だからこそ、その対価として精神性や成長といった理由を求めていたのかもしれない。
しかし彼女は違った。何かを差し出すというよりも、すでに持っているものをそのまま持ち寄るような感覚だったのではないかと思う。減らすのでも増やすのでもなく、そのまま重ねる。その発想は、私の中にはあまりなかった。だからこそ、驚いた。
そして、ふと気づく。私はこれまで、自分の選択を正当化したかったのだと。精神性が必要だとか、関係の質がどうだとか、そういう言葉を使いながら、実際には「それができない関係には入らない」という選び方をしてきた。それは、自分を守ることにもなっていたのだと思う。
彼女の「別に気にしないよ」という一言は、その前提を軽く越えていった。どちらが正しいという話ではない。ただ、自分が無意識に置いていた前提が、くっきりと浮かび上がった瞬間だった。
私はこれまで、結婚という制度に対して、どこかで距離を取ってきたのだと思う。子どもの頃から、理由ははっきりしないまま、うっすらと違和感があった。とはいえ、私は結婚制度の中で両親に愛されて育った。それなのに、どこかでそれを自分のこととして引き受けきれない感覚があった。
最初の結婚は20代前半。父を早くに亡くし、一日も早く結婚して母を安心させるべきだという空気と、叔母や叔父から繰り返しそう言われていたことも影響していたのだと思う。
自分の意思だけで選んだというよりも、周囲の期待や役割を自然と引き受けた結果だったように思い出す。
優しくて素敵な人だった。ただ、結婚前の約束事が反故にされた瞬間に、結婚を維持するのは難しかった。自分の感覚と、世間の感覚は大きくずれていた。
異性を好きになり、感情が揺さぶられること自体は嫌いではない。しかし、結婚となると話は別だった。私にとっては、互いに高め合う精神性がなければ成立しないものだった。尊敬と緊張感を保ちながら、同時に男女としての関係も持つ。その両立をどこかで前提にしていた。
結婚に興味がないと言い切れる年代になって振り返ると、この条件はかなり厳しいことがわかる。少なくとも私自身には、それを自然に続けられる関係は起きなかった。どちらかに寄ると、もう一方が崩れる。そのバランスを取り続けることに、いつのまにか疲れていたのかもしれない。
もしこのままシングルでいたとしたら、それはそれで一つの形だったとも思う。続けているワイフワークも趣味もあるし、自分の時間とお金をどう使うかを、自分の判断で決めてきた。その自由を維持したまま歳を重ねることに、不安はなかったはずだ。
そんな自分からすると、彼女の選択はとても対照的だった。自由であることと、結婚することを切り離していない。その軽やかさは、私がこれまで前提としてきたものとは明らかに違っていた。
そして何より印象的だったのは、彼女の表情だった。ただただ、すこぶる笑顔が美しい。それまで目の奥にあったちょっとした憂いが、すべて吹き飛んだかのような瞳の輝きも眩しかった。何かを手に入れたというよりも、余計なものがすっと抜けたような、そんな軽さがあった。
結婚にたいして正反対といえる価値観を持つ私と彼女。しかし私は、彼女の再婚を心から祝福している。それは私にはできなかった、あるいは選ばなかった生き方だからだ。
後日、彼の写真を見せてもらった。一目見て、理解した。とてもよく似ている二人なのだ。空気感というか、持っている温度が近い。その自然さが、すべてを説明しているように思えた。
結婚するかどうかは、制度の問題ではなく、その人が何を前提にして生きているかのあらわれなのだと思う。
私には私の前提があり、彼女には彼女の前提がある。どちらが正しいという話ではない。ただ、自分が何を大切にして選んできたのか。それに気づいたとき、初めて、自分の選択に納得が生まれるのだと思った。≪終わり≫
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