マークシートの落とし子、国連に受かる
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:飯田久枝(ライティング・ゼミ 2026年1月開講4ヶ月コース 第12回課題)
「アパルトヘイトについて論ぜよ。」
ニューヨークの試験会場で問題用紙をめくった瞬間、ヤバッと思った。
国連職員の採用試験、二次審査。世界中から集まった受験者たちに囲まれ、丸2日間にわたる筆記試験の真っ最中だった。
なんだっけ、と思いながらもペンを走らせる。じっくり考える時間なんかない。
「黒人とアラブ人の争いである——」
違う。全然違う。アパルトヘイトは南アフリカの人種隔離政策だ。
今ならわかる。
でも当時の私はとにかく何か書かなければ、と苦肉の回答。
社会科の成績は壊滅的で、歴史も地理も政治経済も、からっきしダメだった。
得意なのは英語と数学。そして、マークシート。
私は「マークシートの落とし子」と呼ばれていた。
四択なら、なんとなく正解がわかる。消去法と直感とカンの三刀流で、実力以上の成績を叩き出す特殊能力を持っていた。
受ける試験は全部この技で受かった。
高校時代、勉強が嫌いで「大学には行かず就職する」と親に言ったら、銀行員の父に「勉強しなくていいから、友達を作りに行ってくれ」と頼まれた。
仕方なく、入試の1週間前に英単語を2,000語詰め込んで、上智大学に受かった。
大学ではダンスサークルに入り、踊ることに夢中になった。
卒業後、経済学部のクラスメートが銀行や証券会社に就職する中、私はプロのダンサーになった。父が用意してくれた銀行のコネは、華麗にスルーした。
ただ、自分が一流になれないことは、薄々わかっていた。
だから最初から「3年」と決めていた。
3年経って、次を考えた。
「とにかくアメリカに住みたい」。
ニューヨークにダンス留学した時の楽しさが忘れられなかったからだ。
ニューヨークに宝石鑑定士の学校があると知り、「キラキラしたものが好きだし、ここに行く!」と親に宣言した。
いつも味方でいてくれた母が、この時ばかりは一蹴した。
「自分勝手なことばっかり言ってないで、人の役に立つことを考えなさい。」
母に反対されたのは、後にも先にもこの一回だけだ。
じゃあ、国連に行く。
そう切り返した。宝石鑑定士がダメなら国連。
飛躍にもほどがある。
しかし「人の役に立つ」という母の条件はクリアしている。
両親とも「大学院に行くなら」と許可を出した。
バイトで貯めた100万円を握り締め、渡米しワシントンD.C.の私立の大学院に入学した。
100万円は1学期で消え、結局父に学費を援助してもらった。
生活費は大学内のバイトで月500ドル。当時のレートで5万円以下。早く貧乏から抜け出したくて、通常2年の修士課程を1年半で終わらせた。人生で唯一、本気で勉強した時期だった。
そして、国連の採用試験を受けた。
一次の書類選考で、約2000人から10人以下に絞られた。
ここで活きたのが、父の人脈——というか、偶然だった。父が母と参加した海外パックツアーに、たまたま外務省の人がいた。父がその人に「娘が国連を受けるんですが」と相談したところ、「履歴書に、とにかく自分をアピールしろ」とアドバイスをもらった。
ちなみに、国連の採用試験は、日本人の場合は日本の外務省が窓口になる。
日本人は謙虚だから、自分を大きく見せることが苦手だ。アドバイスに従い、私は、修士論文のタイトルを「著書」の欄に書き、ボランティア経験を盛りに盛った。嘘にならない範囲で、できる限り自分を大きく見せた。
一次、通過。
二次が、冒頭の筆記試験だ。アパルトヘイトを盛大に間違えた。もう落ちたな、と思った。
受かった。
なぜ受かったのか、今でもわからない。マークシートの落とし子だった私が、全問筆記、しかも英語での試験で本領発揮か?
三次は面接だった。くじでお題を引き、20分の準備で10人ほどの審査員の前でスピーチする。緊張で声が震え、自分でも何を話しているかわからなかった。ただ、笑顔だけは絶やさなかった。
受かった。
こうして私は、国連職員になった。アパルトヘイトを間違え、スピーチで何を言ったかも覚えていない女が、世界平和のために働くことになった。
実際の国連の仕事は、想像とはかけ離れていた。世界を飛び回って恵まれない人たちを助ける——そんなイメージだったが、蓋を開けるとお役所仕事だった。些細なことに何人もの承認が必要で、2年で辟易した。
結局、私は国連を辞めた。理由は、外資系投資銀行に勤めるフィアンセと結婚するため。「セレブ妻になる!」と意気込んだが、それもうまくいかず、離婚した。
ダンサーも3年で辞めた。国連も2年で辞めた。セレブ妻は数ヶ月で終わった。
何一つ続いていない。
でも、後悔は微塵もない。どの選択も、その時の自分に正直に出した答えだから。
今、私は湘南で愛猫2匹と暮らしながら、小さな会社を経営している。金融業界で20年以上働いた経験を活かして、ペットの飼い主のためにお金のコンサルタントをしている。アパルトヘイトを間違えた女が、人前でお金の話をして「わかりやすい!」と言ってもらえている。人生は、本当にわからない。
父は「可愛いお嫁さんになれ」と言った。母は「手に職をつけて、自立しなさい」と言った。どちらにもなれなかったが、2人が共通して言っていたことが一つだけある。
「他人に迷惑をかけなければ、好きなことをしなさい。」
マークシートの落とし子は、その言葉だけは、ちゃんと守っている。
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