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「ただいま」から始まる、京のお宿 〜自分を整える、究極の「寛ぎ」〜


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事: 清水 明子 (2026年1月開講・福岡・2週間集中講座)

 

 

 

 

 

 

疲れたとき、あなたはどこで休みますか?

 

ホテルに泊まる人もいるでしょう。

何もせず、好きなように過ごす時間も大切です。

けれど私には、少し違う“戻る場所”があります。

 

京都の繁華街・四条河原町からすぐ、三条に向かって鴨川に沿うように伸びる細い一本の路地があります。

「先斗町(ぽんとちょう)」です。

車も通れないほどの道幅の両側には、歴史を感じさせる千本格子の町家が軒を連ね、夕刻ともなれば、石畳に店々の提灯がぽっと灯ります。時折、お座敷へ向かう舞妓さんの草履の音が「カラン、コロン」と響く——。

そんな、いかにも京都らしい情緒が凝縮された場所に、私の「もう一つの居場所」があります。

 

「京のお宿 三福」

 

初めてこの門をくぐったのは、2004年の6月のことでした。 それから20年以上。季節が巡るたび、私はこの石畳の路地を抜け、宿の玄関をくぐり続けています。

 

~「おかえり」という響きに包まれて~

 

三福の玄関をくぐる時、私の口から自然とこぼれるのは「お世話になります」という言葉ではなく、「ただいま!」という弾んだ声です。 それに対して、「おかえりやす」と温かい笑顔で応えてくれる家族のような存在

 

現在、このお宿を守っているのは、御年90歳の大女将と女将さん。そして、偶然にも私の母と同い年の仲居さん、女将さんのご主人である料理長です。

 

私の京都に関する知識……美味しいお店、美しい神社仏閣……そのすべては、ここの女将さんから教わったもの。私にとっての京都の地図は、三福の皆さんの優しさで描かれていると言っても過言ではありません。

 

~目覚め、整い、味わう、至福の朝ごはん~

 

三福を語る上で、どうしても外せないのが「朝ごはん」の存在です。 かつて、食の探求誌『dancyu』の「朝ごはんがおいしい宿」特集に掲載され、さらには「日本の宿 100選」にも選ばれたその味。朝から料理長が腕を振るいます。

その素晴らしさは、単に舌に美味しいというだけではありません。 そこには、現代の私たちが忘れかけている「生活の美学」が息づいています。

三福の朝は、心地よい緊張感と共に始まります。 お部屋食であるこの宿では、朝ごはんの時間の30分前になると、仲居さんがお布団をあげに来てくださいます。 つまり、その瞬間までには、誰に会っても恥ずかしくないように身支度を整え、一人の人間として「シャキッ」としておく必要があるのです。

 

~ダラダラしない、という「贅沢」~

 

最近のホテルは、チェックアウトまで誰にも邪魔されず、パジャマのまま過ごせることを売りにしているところも多いですよね。私も、心底疲れ果てて、ただ泥のように眠りたい時には、そんな場所を選ぶこともあります。

でも、日常の忙しさに流され、生活が、そして心が「惰性」に傾きかけている時。 私を救ってくれるのは、三福の「規則正しい生活」なのです。

お布団をあげに来る時間に合わせて、背筋を伸ばす。 顔を洗い、身を整え、清々しい空気の中で仲居さんを迎える。 それは、決して「苦痛」ではありません。 むしろ、自分勝手に過ごせる自由よりも、自由の中にも自然と守るべき規律があることの方が、今の私にとっては「整う」のです。豊かな気分になるのです。

三福で過ごす時間は、単に「休む」ことではありません。 箕でふるいにかけるように、自分の中の余計なものをそぎ落とし、もう一度本来の形に戻していく、静かな「修復」の時間なのです。

 

ひとつ、三福から教わったエピソードをお話しします。

 

~神さまと共に過ごす、凛とした年越し~

 

ある年、私は三福で年越しをさせていただきました。そこで体験したのは、単なる観光としての正月ではなく、日本人が本来持っていた「祈り」としての元旦でした。

お屠蘇(とそ)、お節料理、そして白みそのお雑煮。 女将さんは、その一つひとつの由来を丁寧に教えてくださいました。 お節料理とは、本来は豪華なご馳走ではなく、神さまへのお供え物であること。そして、お正月の三が日だけは、そのお供え物を私たち人間が神さまと一緒に「共食(きょうしょく)」して良い、特別な時間なのだということ。

だからこそ、使うのは「利休箸」です。 両端が細くなっているのは、一方は人間が使い、もう一方は神さまが使うため。 自分の名前を書いた箸袋に、神さまが使った側を大切に納め、自分が使った方は外に出す。そして食事の後は、自分で箸を洗い、また箸袋に戻す——。

三が日の間、自分自身で箸を清め、神さまと共に食事をいただく。その洗った箸を、女将さんがそっと床の間に飾ってくれた時、私の心に不思議な静寂が訪れました。 「いただく」という言葉の本当の意味を、私は三福の床の間の前で教わったのです。

 

~三福を愛し続ける理由~

 

自由奔放に振る舞える場所は、世の中に溢れています。 しかし、自分を律することで得られる「本当の自由」や「心のゆとり」を教えてくれる場所は、そう多くはありません。

 

もし今、私に「疲れた時、リラックスしたい時、何をする?」と尋ねる人がいたら、私はこう答えます。「京都の三福に泊まって、朝ごはんをいただくこと」

20年以上変わらない、温かい「おかえり」の声。 凛とした朝の空気。 そして、不要なものを鴨川に流し、福だけを胸に宿す心地よさ。

日本文化の素晴らしさ、そして日本人の心の豊かさを、理屈ではなく肌で感じさせてくれる場所。 私はこれからも、自分を「整える」ために、あの玄関をくぐり続けることでしょう。「ただいま」と言って。

 

 

 

 

 

 

 

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