サボテンを1つ枯らしただけで、「サボテンすら枯らす女」になった30代の話
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:雨宮さよ(3/28京都・通信/タイトル1DAY講座)
よく利用しているコワーキングスペースに、小さなサボテンが置いてある。茶色い陶器の鉢に入った、両手で包めるくらいのサイズのものだ。どこにでもあるようなオフィスの景色。
ふと目にはいったサボテンから、目が離せなかったのは、その形だった。
サボテンって、もっと丸いというか、どっしりしているイメージがあった。あまり変化がない植物だと思っていたのに、上に向かって細くなりながら伸びている。よく見ると、上のほうは重さに耐えかねてぐにゃりと曲がっている。
あれ、サボテンってこんなに細長い形だったっけと思ったとき、急に別のサボテンの記憶が浮かんできた。私が昔、枯らしたサボテンだ。
サボテンを枯らしたことがある。こういうとほとんどの人は微妙な表情になる。サボテンって、普通はなかなか枯れないらしい。水もそんなにいらないし、むしろ放っておいたほうが元気に育つ。そういう植物だと、あとから知った。それなのに私は、枯らした。しかも、けっこうちゃんと枯らした。
あれはたしか、30代のころだったと思う。仕事は忙しかった。忙しいというより、ずっと走っている感じで、時間の感覚もあまりなかった。24時間働けますか、という昔のCMを見ても、特に違和感がなかったくらいには働いていた。
それでも一応、生活はしていた。休みの前日には花を飾ったり、気分転換に小さなものを買ったりもしていた。整っているとは言えないけれど、必死で生活を整えようとはしていたのだと思う。
その流れでサボテンを買った。なんとなく、これなら育てられそうだと思ったのだろう。お店の人も手がかかりませんよと言ってくれてたし……。
買ったときのことも、ぼんやり覚えている。小さくて、少し不格好で、とげとげで。でもそれが可愛らしく見えた。手がかからなさそうで、それでいて、ちゃんと「生活を大事にしている感」は出せそうだった。今思うと、だいぶ都合のいい解釈をしている。
結果は枯死。原因は、わりとはっきりしている。買って部屋においてから、すっかり忘れていたから。そのくらい当時の私は仕事一辺倒のニンゲンだったのだ。
たぶん、そのときの私は「ちゃんとしている人」になりたかったのだと思う。忙しく働きながらも、部屋には花があって、小さな植物もきちんと育てている。そういう、少し余裕のある生活のイメージに、自分を寄せようとしていた。
でも実際は、そこまでの余裕は全くなかった。時間も、気持ちも、たぶん足りていなかった。それでも形だけ整えようとして、結果としてサボテンを枯らす女という称号が新しく手に入っただけだった。枯らしてしまったサボテンには、本当に申し訳ないことをしたと思う。
それ以来、なんとなく思っている。私は、サボテンすら枯らす女だ。わざわざ口に出すことはないけれど、どこかに残っている。地味に、ずっと残っている。
不思議なもので、その出来事は特別大きな失敗ではないのに、妙に記憶に残っている。誰かに責められたわけでもないし、困ったことが起きたわけでもない。ただ、自分の中にだけ、小さく引っかかっているのだ。
今でも、ときどきサボテンを見る。お店の片隅だったり、誰かのデスクの上だったり。たいていは、ちょこんと置かれていて、普通に元気に生きている。
そのたびに思う。ああ、ちゃんと目に入る場所に置いてあるんだなと。会ったこともないその人になんとなく親近感を覚えることもある。
あのときの私は、たぶん、余裕が無さ過ぎたのだ。サボテンに対しても、自分に対しても。
さらに思い返すと、あのときの私は「ちゃんとやること」に安心していたのかもしれない。仕事に24時間捧げているくせに、少しでも生活を良い状態にしようとする。その行為そのものが、自分はちゃんとできているという感覚につながっていた。
だから余計に、花もサボテンすらも買わず、部屋という空間に対して、何もしない選択ができなかったのだろう。何もしないことは、生活に手を抜いているような気がしてしまったのだと思う。
余裕がないとき、人は形だけでも整えたくなるのかもしれない。そして、その「整っている感じ」に頼ろうとしていた。
今はそこまで極端ではないけれど、それでも似たようなことはある。ちゃんとやろうとする気持ちは悪いものではないけれど、行き過ぎるとどこかで無理が出る。その加減は、やってみないとわからない。
だからこそ、あのサボテンのことは、思い出すたびに申し訳なかったという気持ちが湧いてくる。大げさな教訓というほどではないけれど、ああいうこともあったな、という程度の重さで、今の自分の中に残っているのかもしれない。
もう一度サボテンを育てたいかと聞かれたら、たぶん、どちらでもいい。ただ、もし手に取ることがあったら、今度は存在を忘れない。水も、日当たりも、気にしすぎないで、少し距離を置きながら、一緒に暮らすだろう。朝夕のあいさつの声をかけてもいいかもしれない。それくらいのほうが、うまくいくこともある。
サボテンを枯らしたことがある。それだけの話だけれど、余裕がないときに、うまくやれなくなる自分の傾向には気づいている。
そして、年齢を重ねるごとに、まあ、それはそれでいいかとも思えるようになってきた。完全に間違っているわけでもないし、かといって、それで全部が決まるわけでもない。
小さな出来事で、自分の輪郭をなんとなく決めてしまうことは、たぶん誰にでもある。その雑さも含めて、人間らしいのかもしれないと思う。少なくとも私は、そういう自分を、いまはそれほど嫌いではない。
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