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週刊READING LIFE vol.22

買い物は、買った後でないと正解はわからない《週刊 READING LIFE vol.22「妥協論」》


記事:宮嶋 周一郎(READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部)
 
 

「ああ、これじゃない!」
それは、リュックが壊れて、新しいリュックを探していたときのことだった。
数年使ったリュックサックのチャックが壊れて、ようやく観念して新しいリュックを買いに行ったときのことだ。もうだいぶ前から、生地がほつれたり、ボロボロになっていたのだが、まだいけるだろうと考え、酷使した結果、使用不可能のところまできて、買い替えようと決心をした。
だが、せっかく買うのなら、以前よりいいやつを買いたいと思うのが人の心だろう。
どこでいいやつと決めるかは、人それぞれ違う。
私が重視したのは、物をたくさん詰め込める容量と、ダボッと膨らみにくく、どこに行っても持っていきやすいデザインだった。
本来の形が崩れず、容量が多く、そこそこカッコいいやつ。
そして、値段も高くないのが理想だ。
そんな贅沢な一品を求めていた。
お店に買いに行く前に、一つの候補があった。
それは会社の同僚が使っているノースフェイスのリュックサックだった。
私がそれを気に入ったのは、デザインのシンプルさと型崩れのしないところだった。
私は必要以上に荷物を詰め込んでしまうところがあって、普通のリュックだとパンパンになりやすく、型崩れしやすいのだ。
お店に行って探すと、なんと同じリュックを発見。
だが、さすがに全く同じものを買うのもどうかと思う。
色違いを探すも、残念ながら、同僚と同じ黒色しかなかった……。
「ああ、どうしよう」
せっかく、お気に入りのリュックを見つけたというのに!
だけど、仕方ない。
気を取り直して、新しいリュックを探しにお店のフロアを歩く。
デザインはいいのに、型崩れしそうなもの。
型崩れはしなくても、デザインがピンとこないもの。
大きすぎるもの。
小さすぎるもの。
ああ、もう求めてるものはないのか。
どこかで妥協しなければいけないのかもしれない。
そう思ったとき、ふと目に止まったリュックがあった。
濃いブルー色で、大きさも中型ほどのリュックだった。
 
「これ、いいかも」
ふらふらと吸い込まれるように、近づいていく。
鏡の前で、背負ってみる。
背負った感じも、大きさも、デザインも悪くない。
値段もさっきのより、少し安い。
でも、本当にこれでいいのだろうか。
もっといいのがあるのではないだろうか。
正直、悪くない。
悪くないのだけど、その一番の候補よりは心惹かれないのだ。
なら、まだ他を探してみたほうがいいのではないか。
ここでこのリュックを買うことは、妥協にならないだろうか。
妥協しないで、自分の理想を求めていたほうが手に入るのではないだろうか。
よく自己啓発の本にも、望んだことは叶うと書いてある。なら、妥協することはなにか違うのではないだろうか。
妥協とは、理想を諦めることだと思っていた。だから、妥協という言葉は、実は好きではなかった。どことなくネガティブなイメージがあるのだ。
だから理想があったら、叶うまで諦めない姿勢が大切なのではないか。
たかだかリュック、されどリュック。
仕事用で使うのだから、そこまで求めないでもいいかもしれないが、自分が日常で使うものこそ、自分が気に入ったものを使いたい。
妥協したくない。
そう思って、その場を離れる。
しばらく、他のフロアをウロウロする。
あれじゃない。
これじゃない。
ウロウロした結果、また先程と同じ場所に戻ってきてしまった。
結局、そのブルー色のリュックを超えるものはなかったと。
「もうこれにしよう。これください」
自分の中では、妥協のつもりで買うことにした。
一番好きな人を諦めて、二番目に好きな人と付き合うような感覚だった。
 
そして、しばらく使ってみると、これがまた台本通りとも言えるように、気に入ってしまった。思っていた以上に、使いやすく、型崩れももちろんしない。
「そのリュック、かっこいいね」
人からも、誉められる。
あれ?評判も、使いやすさもいいぞ。
あれだけ悩んでいたのに、いい買い物ができているじゃないか。
あれだけ悩んで妥協して買ったはずなのに、気にいってしまっている。
結果的に、とてもよかったからいいのだけど、妥協ってなんなのだろう。
初恋は叶わない。
一番好きな人とはうまくいかない。
一番好きなことは仕事にしないほうがいい。
そういう言葉があると、妥協したほうがいいのかと思えてくる。
でも、それは妥協だけれど、結果としてはよかったと思えることがある。
妥協ってなんだろうと思える。
妥協と思っていたことが妥協ではなく、それが理想であったのかもしれない。
ただ、自分で気がついていなかっただけで、妥協が理想だったのかもしれない。
妥協ということにこだわらず、正解は蓋を開けてみなければわからないということだ。
ならば、妥協と思ったことも、構わず行えばいい。
妥協がいいか悪いかは、最後までわからない。
そう考えさせてくれたリュックは、今でも大切なものとして使っている。
結論、いい買い物ができてよかった!

 
 

❏ライタープロフィール
宮嶋 周一郎
東京都出身。
子供の頃から本が好きで、出版関係の仕事に憧れていた。2018年9月の天狼院ライティングゼミを受けてから、ますます本が好きになり、文章を書く楽しみに目覚める。趣味は、登山とカフェ巡り。

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2019-03-06 | Posted in 週刊READING LIFE vol.22

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