週刊READING LIFE vol.24

「誰のものでもない、ただひとつの人生を創り上げることができる」本《週刊READING LIFE Vol.24「ビジネス書FANATIC!」》


記事:小倉 秀子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

「私はこれから、どうしよう?」
 
それは、二人目の育児を機に15年勤めた会社を退職し、専業主婦としての毎日を送るようになってから、1年が過ぎた頃のこと。
 
家にいること自体は決して嫌いではないし、不満はないはずなのに、何か物足りない。
今しかない我が子たちとの時間が愛おしいはずなのに、ふと空虚な感じに襲われることがある。
それは、母でもない、妻でもない、私自身のこの先の身の振り方について、迷いや不安を感じるようになっていたからだった。
 
会社を辞めた当初は、それこそ、
 
「もう早起きしなくていいんだ」
「もうあの地獄の通勤ラッシュに遭わなくていいんだ」
「もう子供を寝かせてからまた起きて仕事をしなくていいんだ、やったー」
 
と、仕事や通勤から解放された嬉しさでいっぱいだったのに。
 
その生活を1年も続けていたら、今度は、
家事をして子供の世話をするという、しあわせなはずの1日が単調に思え、
今いる世界の狭さを痛感し、
社会と断絶されたような孤独感に襲われた。
 
会社を辞めてしまったけれど、
子育てがひと段落したときに、またやりがいのある仕事に出逢えるだろうか、もしやもう社会に復帰できないんじゃないだろうか。
 
家庭も自分の人生も大切にしながら、好きなことを生きがいにしていきたいのに、その手立てがわからない。
この先私は、どうなってしまうのだろうか。
 
そんな先の見えない不安を感じていた。
 
そんな時に出逢った本がある。
 
「自分の会社をつくるということ」
 
経沢香保子さんの著書だ。
 
経沢さんは、2000年に26歳でたった一人でトレンダーズ株式会社を起業し、2012年に当時の女性最年少上場を果たした女性実業家だ。その活躍はテレビなどのメディアに数百回と取り上げられ、当時とある情報番組のコメンテーターも務められていて、ちょっとした「時の人」だった。
当時のトレンダーズ株式会社は、流行を生み出す年齢層である20〜34歳女性をネットワーク化してマーケティングを行ったり、女性の起業を応援する「女性起業塾」を運営していた。
世の中の流れに敏感に反応し、先を見越して必要なサービスを作り上げ提供するのがとても上手な女性経営者なのだ。
 
もう10年も前のことなので、なぜ起業する気もなかった私が「自分の会社をつくるということ」というタイトルのこの本を手にとったのか、はっきりとは覚えていない。
当時は女性が起業するためには、まだまだノウハウが蓄積されておらず手探りなのではなかったかと思う。だからこそ、経沢さんは社会に必要な仕組みなのにまだ存在していないことを見逃さず、女性起業塾を設立したのだろうけれど。
 
起業を考えていなかった私が、この本を手にとり感銘を受けてしまったのは、簡潔に言ってしまえば、
 
「仕事も、女性としての幸せも味わい尽くしたい」
 
という彼女の生き方に激しく共感してしまったこと、そして
 
「すべては考え方次第。本当に望むなら、必ず夢は実現できる」
 
という強い信念がベースとなって綴られた、説得力があって生きる力が湧き出てくるような文章に、心底惚れてしまったからなのだ。
 
「女性にとって自分の会社を持つことは、人生を自分で創り出していく生き方」
「誰のものでもないただひとつの人生を創り上げることができる」
 
と、彼女はまえがきで力強く語っている。
 
辛いことも数多くあるけれど、毎日「自分は生きている。社会にはっきり存在している」そんな実感を持つことができると。
だから、女性が自分の会社を持つ意味は大きい、この生き方に心から納得していると。
 
また、女性起業塾には、
人生に貪欲で、大変だとしても仕事以外にもいろいろなことを経験して、ちゃんと乗り越えていこうとしている女性や、
家庭生活も、仕事も、趣味も、「女性としての人生」と「仕事としての人生」すべてを楽しく両立したい女性が多く、
それらを叶えるために、社長という仕事を頑張ってみようと勉強しているそうだ。
 
著書の中のこれらすべてのくだりが私の中にするりと入り込み、今まで抱えていた空虚感や孤独感を解きほぐしてくれるようだった。
 
私だけではなかったんだ。
女性としての人生をしっかり生きながら、社会での存在意義を見出したい人たちがここにもたくさんいる。
そしてそれは許されることなのだ。
 
とても救われた気持ちになったことを今でも覚えている。
 
空虚感や孤独感から救われただけではなかった。
著書には、女性が起業するときの最初の理想的なビジネスモデルとして、
 
「年商一億円、社員3〜4人、ニッチで、他の誰も手がけていないようなオンリーワンビジネス」
 
という具体的な目標設定まで掲げられていた。数値目標を示され、とても説得力がある。決して容易なことではないけれど、でも決して絵に描いた餅でもなく、彼女の文章を読んでいたら、もしかしたら自分にも出来るかもしれないという静かな自信が芽生えてきてしまう。
さらに、起業する前にやるべきこと、会社を成功させるための方策、社長という仕事について、企業の要である営業と人事についての手法が、ご自身の決して順調なだけではない苦い経験も交えて綴られている。最後には、起業1年で会社をたたむ企業が多い中、あきらめずに最低3年は続けましょうとして書を結んでいる。
 
それを読んでいるうちに、起業するつもりのなかった私でも、「私にもこんな風に生きてみたい、会社を自分の手で作って成功させたい」という意欲が湧いてくるのだった。そして女性起業塾に入ろうかと、何度も検討に検討を重ねたほどだ。
結局、費用面やそのときの諸事情を考慮して入塾は断念、メールマガジンを購読し、それを毎週貪るように読むまでにとどまったけれど。
 
でも経沢さんの著書に奮い立たされた私は、実際にその後行動を起こすことができた。
 
学生の頃からアクセサリーを身につけるのが大好きで、細部まで納得のいく、この世でただひとつのアクセサリーを作りたいとかねてから願っていた。
 
まさに「願えば叶う」で、あるとき天然石を使ったハンドメイドのアクセサリーを作る手法を学ぶ機会に恵まれた。一から勉強し、やがてアクセサリー製作を趣味からビジネスへと展開させて行ったのだった。仕入れ、製作、宣伝、販売、納品までの仕組みを作り上げ、自らのアクセサリーブランドを立ち上げた。
自分の好きなことで、ビジネスを立ち上げることができたのだ。
 
私がデザインして製作したアクセサリーをSNSやWEBで紹介し、自宅にお招きして実物に触れていただいたり、展示会に出展したりしているうちに、人々に知っていただき、身につけていただけるようになっていった。
確かにすべてひとりでこなすことは、寝る間も削らなれければならないほどやることがたくさんあったし、成功までの不安やひとり作業する孤独も感じたけれど、思いを込めて作り上げたものがお客様の胸元や耳元に彩りを添えているさまを見たときに、
 
すべてはこの時のためにあったのだ
 
と、とても報われた気持ちになった。
私は社会に生きている、微力でも人の役に立てている実感があり、とても充足した気持ちになれた。
 
何年か続けているうちに、私の作りたいアクセサリーは、同じデザインで数点作って展示会に出品するものよりも、思いを形にしたアクセサリー、つまりお客様のご要望のひとつひとつをオーダーメイドで丁寧に形にしていくアクセサリーなのだと気づき、そのスタイルを主流にした。それが出来ることにこの上ない喜びを感じ、私だけでなく、お客様にとってのこの世でただひとつのアクセサリーを作りお届けするようになった。
 
アクセサリーを作り続けていくうちに、「思いを形にする」ことそのものが、私にとって最も意義のある仕事なのだと悟り、アクセサリーを素敵に撮るために一から学び始めたカメラにもその後どんどん貪欲になっていった。今では写真を撮ることで思いを形にする喜びをも噛み締め、カメラマンとしても活動している。
「思いを形にしたい」欲求は留まるところを知らず、今は文章でも思いを形にして伝えられることが愉しく、今こうして文章を書き続けている。
 
女性にはいくつかの人生の節目がある。
私も例外でなく、いくつもの節目があった。
その時々で立ち止まり、分岐のどれか一つを選ばなければならなかった。私の場合選ばなかった分岐はいつも仕事だったけれど、この先形を変えて、その時の私が心から愉しめる仕事に出逢えるだろう、いや、出逢えるための努力を続けていこうと思っている。
 
経沢さんの「自分の会社をつくるということ」に出逢え、救われ、一歩を踏み出し、そこから世界が広がった。
 
そして今、起業はしなくとも、仕事も家庭も趣味もあきらめない、誰のものでもないただひとつの人生を創り上げている実感がある。
 
経沢さんと著書に、心から感謝したい。

 
 

❏ライタープロフィール
小倉 秀子(READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部)
東京都生まれ。東京理科大学卒。外資系IT企業で15年間勤務した後、二人目の育児を機に退職。
2014年7月、自らデザイン・製作したアクセサリーのブランドを立ち上げる。2017年8月よりイベントカメラマンとしても活動中。
現在は天狼院書店で、撮って書けるライターを目指して修行中。
2018年11月、天狼院フォトグランプリ準優勝。

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2019-03-18 | Posted in 週刊READING LIFE vol.24

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