私にマネジメントを教えてくれた本《週刊READING LIFE Vol.24「ビジネス書FANATIC!」》
記事:木野 トマト(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
私がまだ教育業界で正社員だった頃、とにかく仕事が面白くて、自分のスキルを上げたくて、さまざまなビジネス書を読んだ。生徒の学力を伸ばすことが仕事だったので、学習法はもちろんのこと、脳科学、コーチングやモチベーションを上げるといったものも読んだ。生徒を募集することも仕事だったので、営業に使えるといった類の本もたくさん読んだ。たくさん読んだ理由は単純に営業が一番苦手だったからだ。そして10数人の優秀なアルバイトをマネジメントする立場だったため、マネジメントも学びたいと思って、これもまた関連するビジネス書を読んだ。さまざまなジャンルのビジネス書はあれど、家だけで120冊ほどあったのだから、借りたものなどを含めるとおそらく200~300冊くらいは読んでいるのだと思う。
そんな私が特に「これこそ私が知りたかったマネジメントだ!」と思い、大いに影響を受けた本がある。がしかし、残念ながらその本は、このさまざま読んだビジネス本の中には含まれていない。なぜなら、私が一番マネジメントを学び、実践し、結果を出すことが出来た本は、小説だからだ。
その名を「水滸伝」という。ただし、中国本家のではなく、北方謙三先生が書いた、いわゆる「北方水滸」だ。
その本を読むきっかけになったのは当時の上司である。何かの会話のはずみで二人とも読書好きをいうことがわかり、お互いにオススメの作家や本を紹介し合った。その時に勧めてくれたのが「水滸伝」である。そこそこ分厚い文庫本で19巻もあるのだから、最初はすごいボリュームだな、1か月以上読む時間がかかるかもしれないなと思った。しかしいざ読み始めたら、冗談や比喩表現ではなく本当にページをめくる手が止まらない。続きが気になるから早く仕事を終わらせたいと思い、長いと思っていた通勤時間も「もっと電車に乗る時間があればいいのに」と思うほどにハマった。
妖術やら仙人やらが出てくる本家の水滸伝と違い、徹底的に現実的で、宋という巨大な国の打倒や新国家の建設を目指し戦い続けている。情報戦、資金作り、攻め込むための戦略、人員の配置など、槍や剣などを持って戦わなければ、そのまま現代にも通じるリアリティの高さ、そして、なんとなく私たちが抱いてしまう「主要な人物は死なないだろう」「危ないと思ったら、都合よく助けに来てくれるだろう」という淡い期待を見事に打ち砕いていく良い意味での非情さ。あぁ、戦とはうまく仲間を導かなければ、あっという間にたくさんの人が死んでいくものなのかと思い知らされる、その命を引き受けることの重み。それぞれの信念。その大きなうねりにいつまでも流されていたいと思うほどのスケールだった。
そして気が付くとこの本で私はマネジメントを学んでいた。最初は宋打倒をなんとなく思ってきた人たちが集まるだけの烏合の衆であったが、どんどん人が入ってきて組織と呼べるほど大きくなっていくと、今まで通りのなんとなくでは通じなくなって、さらに新国家樹立が絵空事ではなくなってくるほどの組織へと成長していく中で、全員がそれぞれの強みを生かして、それぞれに活躍していく姿に、理想の組織を感じたのだ。
組織のボスである宋江は、傍から見るとただの日向ぼっこしているエロジジイなのだが、常に組織内の情報を把握していて全体のモチベーションが下がらないように気にかけている。戦略を組むことも、新しい砦を建築することも、戦に出ることも、生活に必要なものを生産することもほぼ全く行わないのだが、その道に長けた人たちを見出して任せることがとてもうまい。そして、なにかあった時の責任の取り方、腹の括り方が違う。それゆえに全員が同じ目的に向かって一致団結しているのであろうとも思う。軍師である呉用、遊撃部隊の林冲、諜報戦に特化した公孫勝などそれぞれのスペシャリストが、インターネットやスマートフォンのないご時世にさまざまな場所に散らばっていようとも情報共有をしながら組織としての連携がなされていることに大きな感銘を受けた。
すぐに感化されやすい性格なので、本を読んであとすぐにアルバイトたちの強みと苦手なところを把握して、任せられるところは任せ、とにかくのびのびと仕事をしてもらった。もともと優秀なアルバイトが揃っていたこともあったが、不思議なことにまず生徒の成績が伸びていった。生徒の成績が伸びるのでそれが自信となり、営業もどんどん行った。私よりも営業がうまいアルバイトが続々と出てきた。お互いに得意なところでフォローし合うことで信頼関係も深まり、チームとしてのまとまりも出てきた。
また、会社という組織から見た場合の、私の部署の立ち位置や強み、私自身の立ち位置や強みなども考えるようになった。もともと私の性格上、あまり上から事細かく指示されるのが大嫌いだったため、言われないためにも結果を出そうと思っていたし、そのおかげでそれなりの業績をあげてきたが、実はそれは組織から見たら、独立遊撃部隊として「手のかからない部署」という風に見えているのかもしれないと思うようになった。私たちが目標に向かって自由にやらせてもらっている間に、ほころびが見え始めている部署のテコ入れが出来るから、会社の大きな目的からそれていなければ勝手にやってくれという「会社としての意思」を感じるようになった。
毎年毎年、少しずつブラッシュアップを重ねていき、合格実績全校1位や業績昨年対比伸び率2位など部署として、特に歯を食いしばって髪を振り乱して仕事をすることがなくとも、チームで結果を出せるようになっていったのは、水滸伝が見せてくれた男たちの熱いドラマがあったからこそだと思う。
もちろん、優れたビジネス書はたくさんあるが、良質な小説は私にとって素晴らしい実践的な教科書となってくれるのだ。
❏ライタープロフィール
山田THX将治( 山田 将治 (Shoji Thx Yamada)
1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数15,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を40年にわたり務め続けている 自称、淀川最後の直弟子
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
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