週刊READING LIFE vol.24

こんな女性リーダーになりたくて、ジェルネイル続けてます。《週刊READING LIFE Vol.24「ビジネス書FANATIC!」》


記事:相澤綾子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

去年の今頃の私は、最悪の状況だった。
とにかくつまらない仕事で、いつもイライラしていた。職場に送られてきた文書やメールの分類とか、調査ものとか、出張の交通費の支払いとか、パートの給与計算とか、スタッフの時間外管理とか、庶務事務と言われる分野だった。この会社に勤め始めてから、育休を除いた14年間のうち9年間はそういう仕事だった。異動しても、経験者だからといって、またやらされた。「こういう仕事はやりたくない」と言うと、「他の人には務まらないよ」みたいな言い方をされることもあった。つまり、ただ便利に使われているだけだ。どの部署でも、庶務事務をやるのはほとんどが女性だった。
昔は、お茶入れとかコピーは女性に頼むものだったらしい。そんな時代よりはマシだけれど、まだまだ、こういう仕事は女性、というような役割分担が多かった。庶務事務以外には、お客さんが多く来る窓口の部署は圧倒的に女性が多かった。女性だからという理由だけでこういう地味なつまらない仕事ばかり当てられているのは納得できなかった。
不満は持っていたけれど、だから最低限の仕事をしていればいい、と考えていたわけではない。いくつか持ってる事業に当てる時間を確保したくて、毎月定例の仕事にかかる時間をカウントして、先月の自分と競争したりした。熟練度を上げるだけでなくて、仕事のやり方そのものを変えて、効率化を図ったりもした。工夫して確保した時間を使って、次の人に引き継げるように、新しい仕事のやり方のマニュアルを作った。
そんな風に、前向きに仕事をしていたけれど、それでも、やっぱりつまらなかった。誰からも感謝されなかった。一方で、自分が怠ければ、部署の仕事が回らないという強迫観念もあった。いくつもの部署で経験していると、「大丈夫でしょう」みたいな感じで上司からもあまりきちんとチェックしてもらえない感じがあって、それも重荷だった。他のスタッフの誰かから感謝されたり華やかだったりする仕事が羨ましかった。自分ならもっとうまくやれるのに、とこっそり考えることもあった。

 
 
 

ボロボロな気持ちを保ってくれたのは、4週間に1回、ネイルサロンで整えた爪を見ながら仕事ができることだった。最初のきっかけは、一年半前、友人から、新規開店のネイルサロンの体験をしつつ働く女性の交流会を開催すると誘われたので、そこに参加した。それが私のジェルネイル初体験だった。
ネイルのデザイン帳を見て、薄い黄色のラメのグラデーションを選んだ。少しずつジェルを塗り重ねてくれる。一回塗り終えると、その度に青白い光の出る小さな機械の中に指を入れる。そうするとジェルが固まるのだ。それを何回か繰り返す。最後にトップコートを塗り、再度機械に入れて固めると、ぷっくりとしたつややかな爪に変身する。指の先がキラキラして、帰りの電車の中では、何度も読んでいる本を閉じて、爪を眺めてはうっとりしてしまった。
仕事の時にもパソコンをしている時、書類をチェックしている時、メモを書いている時、ちょっとした瞬間にジェルネイルのキラキラが自然と目に入り、気分が上がった。
3週間目、そろそろ伸びてきたので、どうしようかと思ったけれど、迷わず、オフではなく、付け替えの予約をした。それから1年半、ネイルを続けている。
最初のうちは、4週目あたりから、爪が伸びてパソコンが打ちにくいような感覚があったけれど、しばらくすると慣れて、違和感なく仕事ができている。そして、違和感無くなった頃には、もうすっかり、生活に欠かせないものになっていた。ちょっと贅沢かな、と思うこともあるけれど、もうやめられない。
ネイルをしていることで、なぜか気持ちが落ち着くようになったのだ。自分でもその理由はうまく説明できなかった。
その理由に気付かせてくれたのは、太田彩子さんの「働く女性! リーダーになったら読む本」だった。

 
 
 

太田さんのことは、天狼院書店店主の三浦先生が「成功できる人の営業思考」を紹介していたことから知った。天狼院通信によれば、2013年には、天狼院書店のオペレーションの実地指導をしてもらう企画もあったという。早速太田さんの本を読んでみようと思って、一番タイトルに惹かれたこの本からチャレンジしてみることにした。
帯にはにっこりと微笑む太田さんの写真が載っている。ストライプシャツだけれど、パーツの二連ネックレスをその上にかけていて、白いカーディガンを羽織っている。肩より少し伸びた髪はくるりとカールしていて、きれいでかわいらしいお姉さんだ。全くマネジメントの本っぽい雰囲気はない。その横には「等身大のわたし」で結果を出す! と書かれているのが唯一、それらしさを出している。
これまでもマネジメント向けの本などは、読んだことがあったけれど、大抵男性が書いたものばかりだった。中には、女性が読むことを全く想定していないと思われる発言が出てきて、ちょっぴり寂しい思いをしたりもした。
でもこの本は違った。
最初から、働く女性に向けて書かれた本だった。
彼女自身は、大学3年の時に出産し、就職活動ができなかったため、起業しつつ、親族の会社の経営者も務めるという珍しい経歴の持ち主だ。その後、就職し、経験を経て、人材派遣会社を設立している。
起業しつつ、親族の会社の経営者も務めた経験は、ビジネス用語も分からないまま仕事をしなければならず、苦労した。最初は上から目線で命令すれば、上下関係ができてくると思ったけれど、全くうまくいかなかったという。相手は「こんな若い娘に何がわかるものか」と思っているのだ。
でもそこからが太田さんのすごいところで、これを逆手にとって、「『頼りない』のだけれども、『頼りにされる』ように努力した」という。
「経験もなく頼りないですが、一生懸命頑張って一人前になりたいのです。だから会社をよくするためだと思って教えてください」
と頭を下げて回った。すると徐々に教えてくれるようになり、さらには応援してくれるようになり、最後には、悩みを相談されたりするようになったという。頼ってくれるようにもなったのだ。
女性であることを意識せず、男性と同じように、と考えていると、うまくいかない。太田さんは、「脱オトコオンナ」という言葉も使っている。「ただ仕事だけを頑張る鉄の女になるだけではなく、女性なら女性らしく勝ちにいきましょう」ということだ。
私はまだリーダーではないけれど、庶務事務は、自分より上位職の係長に調査ものの締め切りを依頼したりもしなければいけない。依頼とはいっても、締め切りがあるので、守ってもらわなければいけなくて、結局仕切らなければいけないこともある。実はそういうこともストレスだった。そういう時にも、締め切りを守ってもらわないと困るという態度ではなくて、忙しいのは承知しているけれど、協力をお願いしたいという気持ちで頼んだ方が、お互いに気持ち良くできるということなのだろう。
そういうソフトな態度に出ることができるスイッチが、私の場合、ネイルだったのではないか。ネイルは女性ならではの楽しみだ。それを見れば、女性であることを楽しむ気持ちが出てくる。そして、女性だからこんな仕事をやらされているという気持ちよりも、楽しい気持ちの方が勝る。だから女性らしく振舞うことも、悪くないと思えるようになった。

 
 
 

そして、そういう態度の変化が認められたのか、あるいは、ようやく今になってチャンスが巡ってきただけなのか、どちらなのかは分からないけれど、私は昨年の4月に異動することができた。そしてつまらない庶務事務から解放された。新しい仕事は、初めての分野だった。庶務事務以外の仕事をろくに経験させてもらえなかったから、自分にろくな強みがないことを恨みに思いつつも、今この時期に経験させてもらえることをありがたいと思った。同時にちゃんと自分にこなせるのだろうかと不安になった。けれど、色んな人に訊きながら、助けてもらいながら、どうにかここまでやってこられた。前は自分の仕事は自分一人が背負っている気になったけれど、今の気持ちは全く違う。みんなに支えられて、自分の仕事を進められているわけだし、逆に自分が何か貢献できることは積極的にしたいと考えている。
次に仮にまた庶務事務になった時は、もう少し前向きな気持ちでできるような気もしている。まあできればもう二度とやりたくはないけれど。
私もそのうち部下を持つことになると思う。太田さんの本には、部下を10種類のタイプに分けて、どう接したらいいかというアイデアをいくつか挙げていた。同僚たちの顔を思い浮かべながら、どれにあてはまるかな、なんて考えながら読んだ。それ以外にも、たくさん、女性リーダーならではの悩みにどう対処していくかというヒントが詰まっていた。今から少しずつ気持ちの準備していくのは、いいことかもしれない。
女性活躍と言われるけれど、それは男性のようなリーダーになれということとは違うということを、太田さんは教えてくれた。太田さんに直接指導を受けられたわけではないけれど、本を通じて、私は部下として指導を受けた気持ちになっている。太田さんのようなリーダーになってみたい!
そのための一つとして、私はジェルネイルを続けていこうと考えている。

 
 

❏ライタープロフィール
相澤綾子(Ayako Aizawa)

1976年千葉県市原市生まれ。地方公務員。3児の母。
2017年8月に受講を開始した天狼院ライティングゼミをきっかけにライターを目指す。

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2019-03-19 | Posted in 週刊READING LIFE vol.24

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