週刊READING LIFE vol.24

カツマー卒業のきっかけになったあの「問題作」を、10年後手に取った理由《週刊READING LIFE Vol.24「ビジネス書FANATIC!」》


記事:牧 美帆(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 

2000年代後半、勝間和代さんのビジネス本が一世を風靡し、「カツマー」と呼ばれる、勝間和代さんに憧れる女性がたくさん現れた。
 
当時20代後半だった私も、例に漏れず、彼女の本の影響を受けた一人だった。
カナル型のイヤホンを買ったり、マインドマップをかじってみたり、自転車通勤してみたり、簿記を勉強してみたり……。
 
そんな私が、「カツマー」から卒業するきっかけになった、一冊の本。
 
2009年12月に発売されたその本のタイトルは、「結局、女はキレイが勝ち」というものだ。
 
それまでに発売された勝間さんの本のデザインは、ムギ名義の処女作「インディでいこう!」を除き、だいたいシンプルなものだったり、ビジネス系のアイコンを並べたものだったり、ご本人の写真であっても、ビシッと黒系のスーツとシャツで決めたもので、かつ小さめのカットが多かった。
 
しかし、この「結局、女はキレイが勝ち」では、髪をくるりんと巻き、アイラインしっかりのバッチリメイク。パールのネックレスとイヤリングを身に付け、ヒラヒラした淡いブルーの花柄のトップスを着た勝間さんが、どどんとアップでうつっている。
 
勝手に心の中に勝間さん像を作り上げていた私は、これまた勝手にはしごを外されたような、裏切られたような気分に陥った。
 
発売のタイミングが、自分の最初との離婚のタイミングとほぼ同じだった、しかもその原因が夫の心変わりだったというのも、反発を覚えた原因かもしれない。
 
Amazonのレビューにある星の数は2.5。星2の本もいくつかあるが、レビューの数が全然違う。この本は勝間さん最大の問題作といっても過言ではないだろう。
 
結局、私は、その本を手に取らなかった。
 
それから10年近く経った。
 
30代後半になった私は、10年以上勤務したサーバ運用管理の仕事を離れ、自社のサイトやSNSに文章を書く仕事に転職をした。
 
転職しても、うまくやれると思っていた。
しかし、なかなか、自分の意見も企画も通らなかった。
文章を書いても、良い反応を得られないことも多かった。
そして沈んだ気持ちのまま仕事をして、ミスを連発してしまう……。
 
初めは、自分に能力や才能がないからだと思い悩んでいた。
ITの仕事に戻ろうかと悩んだ。
しかし、夫や前職の上司に、文章を書く夢を追うと宣言して元の仕事を辞めたのに、たった1年そこらで投げ出すわけにもいかない。
 
しがみついているうちに、私が行き詰まっている原因は、もしかしたら「能力」や「才能」のせいだけではないかもしれないと感じるようになった。
 
自分の考えと近いことを言ったり、書いたりしている人が、褒められている。
ミスをしても、自分は厳しいことを言われるのに、他の人はフォローされている。
 
この違いは、いったい何だろうか……。
 
悶々としていたある日、
「あの件、どうなってましたっけ?」
「ああ、それ、うちの美人◯◯に聞いてみるよ」
という知人の会話のやりとりが、ふと耳に入った。
 
当たり前だけど、私は、もう何年もそんなこと言われないな……。
 
そのときに脳裏をよぎったのが、この「結局、女はキレイが勝ち」という強烈すぎるタイトル、そして自信に満ち溢れた勝間さんの笑顔の表紙だった。
 
もしかして、これ?
 
これが原因のひとつ?
 
私は意を決して、知らず知らずのうちに心の中に積読していた「結局、女はキレイが勝ち」を手に取った。
 
そこには、冒頭から、頭をガンと殴られるようなエピソードが綴られていた。
 
“私の友人に(中略)イケメン君がいます。彼の恋人を選ぶ基準はずばり「かわいい子」。その理由を尋ねたら、返ってきた答えは「性格がいいから」でした。”
キレイでいると、みんなが大事にしてくれるから、自分自身も周りの人に親切になれるというのだ。
 
美人だが性格に難あり、というのは、昔の少女漫画では主人公のライバルとして定番のキャラクターだった。
しかし、現実は真逆なのだ。
美人の性格が悪いのは、もしかしたら読者の心情に配慮して、あえてそうしているのかもしれない。
そうやって、読者にいっときの夢を見せているのだ。
 
まあその割に、結局は主人公も「私はモテないし、全然だめ、って言いながら、そうは見えませんけど!」な容姿をしているわけだが……。
 
また、こんなことも書かれていた。「自分に気をつかわない人が、他人に気をつかうわけがないと思われる」と。
なるほど、認めるのはしんどいけど、確かにそうかもしれない。
 
若いお母さんたちが美しくお化粧して着飾ることに対し、「自分のことばかりで、子供のことは放ったらかしなんじゃないか?」という批判を聞いたことがないだろうか。
しかし、もちろん全員ではないだろうが、それは心にオシャレをするだけのゆとりがあるということであり、そのゆとりは子育てにもきっと良い影響を与えているのだ。
子どもにまつわる悲しいニュースで逮捕され、連行される両親をTVで見て、「え、その年齢には見えない、ふたりとも老けすぎやろ」と驚愕したことはないだろうか……。
 
とどめが、文末に書かれた「醜くない体型の方が周りの扱いは親切です」という一言。
 
よくわかります……(涙)
 
「キレイでいることを大事にし始めたら、いろいろな人が話に耳を傾けてくれるようになり、仕事がとてもやりやすくなりました」
 
まさに、私が仕事で「もしかして」と感じたことが、書かれていた。
 
思えば、私自身はぐるぐると負のスパイラルを描いていた。
30代も半ばを超え、どんどん自分が「劣化」していくのを感じるようになっていった。
自信がないから、「こんな自分が着飾っても仕方がない」と自分を大切にできなくなる。
自信がないから、「仕事もできないのにファッションなんて」とおろそかになる。
それが容姿にあらわれる。そしてますます自信をなくす。
そして、自信がない人の言葉では相手の心は動かない……。
 
本を読み終わったあとで、考えてみる。
もし20代後半で、ちゃんと自分の現実と、未来と向き合い、この本を手に取っていれば、あるいはもう少し自信たっぷりの自分になれていたのだろうか?
 
……いや、多分読み流したような気がする。
この本が出た当時は、今にして思えばまだまだ年齢なりにちやほやされていた。おそらく、ピンと来なかったに違いない。
 
20代女性をターゲットに書かれた内容ではあるが、30代後半になったからこそ、刺さる1冊ではなのかもしれない。まだ間に合うかもしれないと思えるから、余計に。
 
2012年になって、勝間さんは「有名人になるということ」という一冊で、ある理由であえて有名人になるために戦略を取っていたこと、そして、いろいろと言われて精神的に辛かったことを告白している。ひどすぎるAmazonのレビューを見るに、この本も無関係ではないだろう。
しかし10年近く経ってから私がこの本をすぐに思い出せた理由は、おそらくこの戦略に則ったのであろう、インパクトあるタイトルと表紙のおかげなのだ。本当に感謝しかない。
 
2019年度の私の目標は、「良い取材が出来るようになる」ということだ。
取材のやり方は学んだが、こんなことを聞いていいのだろうかと、つい臆病になってしまい、相手の心に踏み込み、面白い話を引き出せたという達成感をなかなか得られなかった。
でも本当に文章を生業にしたいと思うのであれば、取材は避けて通れない道だ。
もちろん技術を磨くのも大事だが、それだけではない。「キレイ」になることで、少しでも相手を気分良くさせることができれば、相手の気持ちも、もっとスムーズに引き出せるかもしれない。
 
タイトルの「キレイが勝ち」というのは、過去の自分に勝つ、ということだそうだ。
アクションものの漫画では、「自分の分身」「自分の心の弱さが具現化したもの」と戦うという展開はよく見られる。
過去の自分は、なかなかの強敵だ。
 
『キレイは有効なコミュニケーションである。』
 
巻末に付録として書かれたこの言葉をお守りにして、2019年度を迎えようと思う。
 
 

❏ライタープロフィール
牧 美帆(READING LIFE公認ライター)
2018年にライティング・ゼミと並行してプロフェッショナルゼミの最終である8期を受講。最速で修了し、READING LIFE公認ライターとなる。メディアグランプリやWEB
READING LIFEでは主に自らのしょっぱい恋愛経験を最大化してなんとか情緒に訴えかけようとするエッセイを投稿しているが、新たな方向性を日々、模索中。Microsoft Official Trainer。趣味はキラキラネームの研究。

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2019-03-19 | Posted in 週刊READING LIFE vol.24

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