週刊READING LIFE vol.24

相手との距離を縮めたい時には《週刊READING LIFE Vol.24「ビジネス書FANATIC!」》


記事:飯田峰空(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

高校生の頃、私は父からあるプレゼントをもらっていた。「LANCOME(ランコム)」という海外ブランドの化粧品である。
当時、父と私は一緒に暮らしていなかった。父が単身赴任でアルジェリアにいたからだ。そのランコムの化粧品は、父が休暇で日本に来る時に、機内販売で買ってくるものだった。
ちょっとしたアイテムでも5000円くらいはする、高校生が自力で買うにはハードルの高いブランドだ。訳のわからない民芸品やお菓子ではなく、実用性と特別感のあるランコムの化粧品を買ってきてくれる父に、いつもよりテンション高く、心から喜びを伝えた。父も、そんな私をみて満足そうだった。そこまでは良かったのだ。
 
それからというものの、何から何までお土産はランコムになった。舞台メイクのような派手な色のアイシャドーパレットは、日常生活には使えず、一度家で試したっきり。一年に1本のペースで使っていたマスカラは、消費しきれず、封を開けていないものが7本はあった。ランコムと名のつくものをせっせと買ってくる父に対して、口ではお礼を言うものの、次第に「ランコムさえ与えていれば、私が喜ぶと思ってるのかね」と冷ややかな目で見るようになってしまった。
ついには、ランコムのロゴを見るのもうんざりするようになった。
 

そんなことをすっかり忘れた10年後。
私は、ある一冊の本を手にした。
30年間、結婚カウンセラーとして多くの男女や人間関係を見てきた著者・ゲーリー・チャップマンが記した『愛を伝える5つの方法』だ。
円滑な人間関係を築く方法を書いていて、ビジネス書の側面も持っている本だ。
スペース
そこには、人が愛情を感じたり、また愛情を表現する方法には5つのパターンがある、と書いてある。著者はそれを「愛を伝える5つの言語」と名付けていて、このように説明している。
・相手を褒めたり、感謝や愛情を示す「肯定的な言葉」
・何にも邪魔をされない中で、相手と共に時間を過ごす「クオリティ・タイム」
・相手のことを考えながら用意した「贈り物」
・相手の行動を手伝ったり、生活の中で奉仕する「サービス行為」
・握手、ハグをはじめとするスキンシップ「身体的なタッチ」
 
誰もがこのどれかを大切に思っていて、たいていの人は重要視する言語は1つか多くて2つだという。
愛情の言語が同じもの同士だと、お互いにほしいものが一緒なので、愛情の交換がスムーズになる。一方で、愛情の言語が違うと、自分が愛情表現だと思ってしていることが、相手に伝わらないこともある。
例えば、手の込んだ料理を作ったり、生活がスムーズにいくように家事を入念にする「サービス行為」が愛情だと思う人がいる。でもパートナーが、二人で同じ体験をしたり、ゆっくり語り合う「クオリティ・タイム」が愛情だと思っていたら、「そんなことまでしなくていいから、こっちにきて一緒に過ごそう」と言うかもしれない。言われた相手は、「せっかくあなたのためにやっているのに、軽くみられた」と思うかもしれない。
 
愛情表現をしているはずなのに、愛情として伝わらない。そして、相手の愛情表現も、愛情表現と気づかないから見逃してしまう。その結果、すれ違いや不満が生まれていく。
そうして関係が険悪にならないためにも、良好な関係を築くためにも、パートナーが何を大切にしているかを知ろう、というのが具体例とともに書かれている。
 

この本を手にしたのは、その時悩んでいた人間関係が動機だった。でも、読み終わった時、私の頭には父が浮かんでいた。
 
私が生まれた時から、父はずっと海外赴任をしていた。だから、一緒に過ごした時間や思い出が少ない。その中で、私が渇望し、重要視するようになったのは
「クオリティ・タイム」だった。
一方で、父ができる愛情表現は、ごく限られていた。時間の共有やスキンシップは一緒にいないとできないし、サービス行為も難しい。当時は、国際電話も高く、メールも今ほど気軽じゃなかったし、もちろんコミュニケーションアプリはなかったから、私の心境に寄り添った言葉をかけることも簡単ではなかった。その中で、十分に気持ちを込められるのが贈り物だったのだ。むしろ、それに全てをかけるしかなかったのだ。
 
贈り物が、父にできた唯一の愛情表現だと気付いた時、私はどれだけ父の愛情を軽視して、無下に扱っていたのだろうと思った。
娘への関わり方がわからないから、手っ取り早く物やお金で解決しているとさえ思っていた。
でも、そうではなかった。父が、私との関係の中で、愛情を伝えられる行為を考えあぐねた結果だ。そして、私自身、本当は父と一緒に過ごす時間がほしかったのだ。私が愛情だと思う「クオリティ・タイム」が満たされないからこそ、「違う! 私がほしいものはこれじゃないの!」といったように、父の贈り物に過剰に反応していたのだと思う。
 

それ以来、自分が大切にしている愛情の言語、そして目の前の相手が大切にしている愛情の言語は何かを意識するようになった。
大切にしている愛情の言語を、一致させる必要はない。たとえ、自分の中では大切に思っていない言語でも、相手にとって大切な愛情の言語だとわかれば、それを軽く扱うこともなくなる。「この行動が愛情表現だ」ということがわかるだけで、自分も相手も一気に楽になる。
 
このことは、異性のパートナー関係だけにとどまらない。家族や友人の親しい間柄から、仕事相手や同僚などビジネスの場面にも通じている。
相手を観察していると、その人がよくやる事や喜ぶポイントが見えてくるから、それを参考にする事もある。また、ざっくばらんに話せる相手なら、直接この本を引き合いに出して、心理テストくらい気軽な感じで聞いてしまうのもいい。
身の周りにいる人の心の内や価値観を知りたい時、この本の話をしてみると、その人との距離が縮まるかもしれない。
 
仕事は一人ではできない。だから、一緒に仕事をしている相手のことを知って、自分のことも伝える。そうすれば、持っている力は何倍にもパワーアップするはずだ。

 
 

❏ライタープロフィール
飯田峰空(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

神奈川県生まれ、東京都在住。
大学卒業後、出版社・スポーツメーカーに勤務。その後、26年続けている書道で独立。書道家として、商品ロゴ、広告・テレビの番組タイトルなどを手がけている。文字に命とストーリーを吹き込んで届けるのがテーマ。魅力的な文章を書きたくて、天狼院書店ライティング・ゼミに参加。2020年東京オリンピックに、書道家・作家として関わるのが目標。

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2019-03-19 | Posted in 週刊READING LIFE vol.24

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