週刊READING LIFE vol.259

白黒な青春を染め上げた真っ赤な光《週刊READING LIFE Vol.259 青春の定義》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2024/4/29/公開
記事:録林者(READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部)
 
 
キラキラの青春なんてなかった。『氷菓』の主人公が言うような省エネ志向の灰色の青春でもなかった。灰色ように淡ければささいなことで色づいたのかもしれないが、白黒のように強烈な光と影によって生まれる世界は、他の色の存在を許さない。唯一ゆるされたのは赤だけだった。
 
信号の赤、危険物の赤、救急車の赤──挙げたらきりがないが、私にとっての赤は血の色だった。顔を殴られ口内から出る血、鋭利なものが皮膚を切り裂き傷口から出る血、ストレスのあまりからでる血便。どれも身体の異常事態を知らせるもので、それだけが白黒の世界で色づいた色だった。
 
別に不幸自慢をしたいわけではない。そんな境遇は、日本のどこでも起きているだろうし、世界を広げればなおさらだ。だけどもその人にとっては、それだけがすべてでそんな世界で生きていくしかない。昔の私もその1人だっただけだ。
 
いじめは小学1年生の時に始まった。きっかけはなんだったか。ああ、登下校班で一緒の小学6年生の上級生と喧嘩した時だった。どうして喧嘩になったのかを思い出せないのだが、きっと気に入らなかったとかそんなチンケな理由でしかないだろう。だけども喧嘩している時の様子は今でも覚えている。ランドセルを背負い、傘をぶん回し、石を投げ投げられ、殴り殴られ、1対3で戦った。多人数と上級生という安全圏から相手は嘲笑いながら殴る蹴る。地域の大人が仲裁に入りその場は治まった。鼻血を出し、切傷やあざをつくって帰宅すると親が驚きながら怒っていた。
 
翌日からだ、いじめになったのは。上級生からいじめられているだけならまだマシだっただろう。だけども、いじめが嫌なところは誰かが1人いじめ始めるとその集団全員がいじめに加担するようになる。全員は言いすぎたのかもしれない、知らなかった人、無関心な人もいただろう。だけども当事者からすると自分以外全員だと感じたし、そういった空気が漂っていた。「〇〇菌」と言い、人をウイルス扱いして、自分たちの遊びに組み込む。そして、皮肉なのは、それがまだマシだと思えてしまうところだ。人はいじめられるよりも無関心が堪える。いない人扱いされるのがよっぽど泣きたくなるというより泣いた。
 
いじめは魔女狩りのようだし、人柱でもある。ようは生贄だ。集団が集団として生きていくためのシステムのように思っている。だってそうでしょう。学校のように閉鎖的で大人数がいる空間で、誰かをいじめていると安心するでしょ。自分はいじめられる対象ではないんだと安心するし、俺ら私たちは〇〇をいじめている同士みたいな感覚で結束感が生まれんでしょ。それとも、その空気に乗れないと空気読めないKYな奴になって、自分がハブられる対象になるからなのか。男子は蹴ったり殴ったりして虫のようにうずくまる姿を見て下がいるぞと安心感と優越感を得て、女子は「キモっ」というだけで集団にいる証明になるんでしょう。楽だよね。
 
地面でボールを転がすように、水から高いところから落ちるように、あなたたちは楽に流されるんでしょう。ちょっとぶつかったり、一言口にするだけで集団にいる証が手に入るんだろ。そりゃ仕方ないもんね。それだけ楽だったら人をいじめるよね。いじめってやられた方が覚えていて、やった方が覚えていないというじゃない。それは当然だと思う。別に罪悪感なんてないか、それか自分の集団にいたいという欲望が勝るんだろ。そうやって自分を正当化した記憶でしかないのだから人を傷つけたという実感はないんじゃないかな。だから人の人生を狂わしても平気でいられんだろ。
 
いじめって結局は集団からしか生まれないんだと思う。相対でやっていれば互いに嫌いであっても関わらなかったり、交渉したりする余地がある。だってお互いに殴れば怪我させられるし、なんなら刺し違えることもできる。だけども集団になって、天秤が片方に傾くといじめになる。そこには逃げ場がなくて、交渉の余地もなく、手を出しても1人は差し違えても、それで数倍で報復が待っているのだから、その未来はあまりにも苦痛しかなく、手足が動けなくさせるには十分だ。
 
そんな状況で9年間も過ごせばどうなるか、簡単だ。心が壊れる。親から話を聞く感じ、明るかったようだが、笑えなくなる。悪意にさらされているのだから心に影ができる。ひっそりした影ではない。何かを飲みこんばかりの深い影だ。そして、影が深いからこそ光が強くなる。光が強くなれば希望を感じているのかというとそうではない。ちょうど写真で感度を上げて光を取り込みすぎると、白飛びといって真っ白な写真が撮れるだろう。そんな感じだ。影と光の差が強すぎてうまく世界を認識できない。わかるのは自分から流れる血の色だけだ。
 
高校に入ってもフラッシュバックするかのように記憶がよみがえり、うまく集団に馴染めない。少々マシになっても激烈な何かがあったわけではなかった。
 
そんな死に体の私を救ったのは、ある場所でのワンシーンだった。
 
真っ黒な世界が真っ赤に染まったのだ。
 
空や地面、あたり一帯が燃え盛るように赤色に染まっていき、服も紅くなり、体が火照り、心が高揚する。それは南の海に浮かぶ西表島での朝焼けだ。私が知っている冷たい赤い血の色ではなく、燃え盛るようにそれでいて暖かい太陽の光。世界を染め上げた紅い光は徐々に引き、残された景色は日常の色に帰る。初めて世界が美しいと知った。
 
たまたま家族に言われ、西表島に滞在していたからこそ見えた景色。それが人生を一変させた。
 
そこから旅をするようになった。これまでの喪失を埋めるかのようにのめり込んだ。バイトをして資金を貯めてある時は独りで、ある時は友人らと色んな地域を巡るようになる。たとえば群馬県のある地域に訪れると、りんごの果樹園がいたるところにあって収穫期になれば収穫を手伝う。そして夜は日本酒という水を飲む。地域の先輩方と、友人とガハハ、ゲラゲラと、コップに水を注ぎながら、「お前どの娘が気になっているのかよ」「あの授業はどうなんだ」「昔はもっと飲めんたぞ」というのを倒れて寝込むまでやった。腹に溜めている無形有形のものを人の輪や便座に吐いたりした。今に思えば、顔色が悪くなったらお手洗いに駆け込む癖ができたのは救いでしかない。
 
ある四国の漁村でも水を片手に、その日に釣った魚を捌いて食べる。カワハギの身をウマヅラの肝醤油で食べる。これがまぁうまいんだわ。カワハギの肝醤油でも美味しいんだが、ウマヅラだと禁断の扉が開くかのようなコラボレーションで、無口になって手と口だけが動き、あっという間にお皿が真っ白になる。身の一片も残さないほどみんな食べている。あれを超える味は、まだ都内でも食べたことがない。でも味だけではないのは知っている。あそこにいた人たちが暖かくて余所者を受け入れてくれたから笑顔で食べられたんだ。
 
後鳥羽上皇が流されたという島々は、国内あらゆる地域の森林が集まっているとも言われ、島一周は約100km。車で数時間も走らせば緑だけではない、赤や黄、紫、白など様々な色を持った植物の姿が観察できる。他にも、何百年と生きている樹木が鎮座している。空気は湿っており、白いモヤがあたりを覆う。手を伸ばせば届きそうだが、決して柵を越えてはならない。神々しいような光景にも逢えた。
 
それから旅を続け日本全国を巡った。各地で暖かい人や熱い友人、何かを考えさせるような光景に出逢って今を生きている。もしこれから先に白黒な世界がやってきたとしても、いずれ夜が明けるのを知っているから前に進めるんだ。まだ青春は終わらない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
録林者(READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部)

森林や木材、山の風景などをこよなく愛する旅人。普段は出版社にいながら取材活動に取り組む。AIなどにも興味関心がある。

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2024-04-24 | Posted in 週刊READING LIFE vol.259

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