週刊READING LIFE vol.260

職人とは、会話の達人である!《週刊READING LIFE Vol.260 これぞ職人》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2024/5/6/公開
記事:青山 一樹(READING LIFE編集部ライターズX)
 
 
「言うべきか、それとも黙っておくべきか……」
私は、10日間、その選択に迷っていた。なぜなら、信じられないほど、私の腰痛が悪化してしまったからだ。私は5年間、週1回のペースで、パーソナルストレッチを受けている。しかし、最近はストレッチを受けた後、更に腰が痛くなる。ベテランから若手のトレーナーが、専属になった途端に。
 
そもそもの腰痛の原因は、育児であることは明らかだった。不自然な姿勢で、長時間、娘を抱っこする日が続いていた。そのおかげで、私の腰に負担がかかる。腰は、日に日に痛みを増していった。それでも、週1回のストレッチを受けることで、少しは楽になっていた。
 
だが、若手の専属トレーナーによるストレッチを受けた後、腰痛は酷くなる一方だった。施術後の痛みは耐え難くなり、遂には、寝返りをうつたびに、目を覚ます。それほどまで、私の腰は悪化したのだ。その結果、パーソナルストレッチとは別の接骨院に、駆け込む羽目になってしまった。
 
育児で腰を痛め、パーソナルストレッチで更に腰を痛める。そして、救いを求めて、新たな接骨院へ行く。2週にわたり、私はこの悪循環を繰り返した。ストレッチは1回60分あたり7千円と、決して安いとは言い切れない金額である。私は、2週連続、7千円を無駄遣いしている気分になった。
 
この状況を、どのように、ストレッチ店に伝えようか……。5年間、通い続けた店舗を黙って去るわけにもいかない。とはいえ、現在のトレーナーを一方的に批判して、若者の将来を奪うわけにはいかない。更に、このまま我慢して通い続けていては、本当に腰がダメになってしまう。悩みに悩んだ私は、若手トレーナーの休暇日を狙って、店長あてに電話をした。
 
店長が電話口に出てくれた。腰痛の経緯を詳しく説明すると、彼は真剣に聞き入ってくれた。そして「次回は、1度、私が担当しましょう。そして、私のストレッチの内容を、現在の専属トレーナー伝えますから」と言った。
 
私は店長にストレッチしてもらうのは、これが初めてだ。他のトレーナーたちは彼のことを絶賛していた。「うちの店長はすごい人です。2,500人を超えるスタッフの中で、トップ1%にしか与えらない『マスタートレーナー』の称号を与えられています」と。
 
まさに職人技を持つトップトレーナーの手によって施されるストレッチを、受けられると思うと、私は腰痛の経緯も忘れ、楽しみになってきた。
 
ついに、その日が訪れた。店長は、いきなりストレッチに入らない。まず、私を立たせ、次にベッドへ腰を掛けるよう指示をし、私の日常の姿勢をチェックした。前後左右の歪みを見て、いよいよマスタートレーナーによるストレッチが始まった。
 
「では、仰向けに寝てください」と店長に言われた時、私は驚いた。通常、腰痛を訴えるときは、うつ伏せ寝て施術が始まることが多かった。しかし、彼は私を仰向けに寝かせ、つま先から脛にかけて念入りにストレッチを始めた。若手トレーナーとは、全く異なるアプローチだった。
 
彼は、私の両足から太ももにかけて、丁寧にストレッチを行っている。施術自体は目新しいものではなかった。むしろ、60分コースで、ここまで脚中心のストレッチをされたのは初めてだった。残り時間もわずかとなり、彼は、腰・背中・お尻といった私の腰痛の原因と思われる個所には指一本触れていない。これで、私の腰痛は治るのだろうか? そんな心配が、私の頭の中を過っていた。
 
彼が、若手トレーナーと異なるのは、お互いの私生活に踏み込んだ話題を振ってくる点だった。私と若手トレーナーの間には大きな年齢差があった。若手トレーナーは、親世代ほどの歳の差がある私に対して、踏み込んだ話題を振るのは、難しかったのかもしれない。そのため、トレーナーは学生時代の話を振り、私は聞き役に徹することが多かった。
 
しかし、店長は違った。彼と私の共通の話題は、育児だった。私は40代後半の新米パパであるが、彼は30代前半にして3児のパパだ。夫婦間の家事と育児の役割分担について、われわれの話は盛り上がった。
 
60分間のストレッチはあっという間に終わった。店長は、主に私の両脚と腹筋に焦点を当てた施術を行った。そして、終わり際に、彼は言った、「ストレッチした部分が2、3日間は張るかもしれませんが、それは正常な反応です。もし4日目以降も違和感が残るようであれば、遠慮なくお電話をしてください」と。
 
正直なところ、腰や背中といった背面には、一切手を触れていないのに、どうやって腰痛が改善するのだろう? と疑問に思った。しかし、職人技を持っているトレーナーから施術を受けたのだ。私は、店長の腕を信じ、黙って帰宅し、そのまま布団に入った。そして、翌朝、目を覚まして驚いた。
 
朝起きても腰が痛くない。更に、寝ている間に、何回も寝返りをうっていた。私を2週間も苦しめていた腰痛が、まるで嘘のように消えていたのだ。
 
驚いた私は、翌週、どのようなストレッチを行ったのか、店長に聞いてみた。若手トレーナーは、私が痛みを訴えた個所の筋肉を、伸ばすだけの技術に留まっていた。それに対し、店長は、私の立ち居振る舞いから重心のバランスのズレを推測し、どの筋肉が不可を受けやすいのかを見極めながら施術を行っていた。ちなみに、私の重心は、身体の前側と左側に乗りやすいとのことだった。
 
更に、重心のバランスのズレの原因は、私との会話の中身から判断したものだった。重心が前側と左側にかかりやすいのは、抱っこの姿勢が原因だった。確かに、私は彼に立って抱っこをしないと娘が泣き止まない。左腕に娘の頭を載せないと、上手く抱っこをできない。と言った。しかし、それはお互いの育児の雑談をしている最中に、何気なく私が言った一言だった。
 
その何気ない会話の中で、彼は、私の腰痛の原因を分析していた。私は、つま先側に体重がかかりやすい。逆に頭を後ろに下げやすい。その結果、腰が反ってしまうため痛めやすくなる。また、左腕で娘の頭を支えている。その結果、左側の腰が下がり、右側の腰が上がる。骨盤が歪み、更に腰を痛めてしまう。
 
また会話中のリラックスした状態にも関わらず、私が常に力を入れている部位に、彼は気づいていた。それは、腹部と脚のつけ根だった。このことから、私はお腹や太ももといった身体の前面が常に力んでいる。身体の前面が力むと、バランスを取るために背面も力む。その結果、腰痛を招く。なぜなら、私は腹筋に比べて背筋が強すぎるから。というのが彼の見解だった。そのため、今回は、まずお腹と脚の緊張を解すために、前面のストレッチを中心に行ったとのことだった。お腹と太ももという身体の前面の緊張状態も、私の抱っこの姿勢から推測したらしい。
 
ストレッチの後、店長は、私の重心の偏りを教えてくれた。私の重心は、前側と左側にかかりやすい。さらに、脛の辺りは外側に、腿の辺りは内側にかかりやすいことも。そして、普段から「重心が、どこにかかっているかな」と意識することで、重心の偏りを少なくできることも教えてくれた。
 
この施術を通じて、私は、なぜ店長が2,500名以上いるトレーナーのトップ1%に選ばれるのかを実感した。マッサージの技術が高いことは当然であるが、顧客とのコミュニケーション力が、ずば抜けて高い。しかも、沈黙を無くすために、彼が一方的に話すわけではない。顧客の声を引き出す会話を心掛けている。
 
思えば、電話を掛けた時から彼の対応は違った。私がクレームを入れているにも拘らず、言い訳や反論を一切しない。私の話を最初から最後までずっと聴き続ける。また、施術中において、私と彼の会話量は同じくらいだった。どちらかが、一方的に話していることなどなかった。そして、私の会話の内容から腰痛の原因を探り出し、施術に活かしたのだった。
 
ストレッチトレーナーのみならず、マッサージ師や整体師などに、私たちは「技術力」を期待してしまう。しかし、われわれ素人が気づけるほど、技術力に大きな差は無いのかもしれない。一方、差が表れるところは、コミュニケーション力である。
 
会話で引き出した情報を基に、お客さん一人ひとりに合わせた施術を行う。それができる人のことを、職人と呼ぶのであろう。そのことを、「これぞ職人」と思えるパーソナルストレッチのマスタートレーナーから教えてもらった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青山 一樹(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

三重県生まれ東京都在住
大学を卒業して20年以上、医療業界に従事する
2023年4月人生を変えるライティングゼミ受講
2023年10月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に加入。
タロット占いで「最も向いている職業は作家」と鑑定され、その気になる
47歳で第一子の父親になり、男性育児記を広めるべく、ライティングスキルを磨き中

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2024-05-01 | Posted in 週刊READING LIFE vol.260

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