週刊READING LIFE vol.261

最後の直弟子を自認するのは、それなりの理由(わけ)が有る《週刊READING LIFE Vol.261 あの出会いがあったから》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2024/5/13/公開
記事:山田THX将治(天狼院・ライティングX READING LIFE公認ライター)
 
 
全国区の有名人と繋がりが有ると、ちょいとした自慢に為る。
自らの人生に、裏書が付いたような気持に為るからだ。
 
 
私の知り合いで、全国区の有名人と言えば、映画解説者の淀川長治(よどがわながはる)先生だ。
わざわざルビを振った理由は、よく、淀川先生の御名前を“ちょうじ”と御読みに為る方が居らっしゃるからだ。
その間違いは、解らなくも無い。何故なら淀川先生は、テレビに出始めの頃“よどちょーさん”と、業界で呼ばれていたからだ。
しかし、先生当人の談に依ると、その呼ばれ方を余り好んでは居ないと伺ったことが有る。
ただ一人、淀川先生のことをニックネームで呼んでも嫌がられなかったのは、同級生で戦中からの親友だった、あの、黒澤明監督だけだった。
黒澤監督だけは、淀川先生のことを“よどさん”と呼ぶことを許されていた。
対して淀川先生だけは、巨匠・黒澤監督を“くろちゃん”と呼んでいた。
 
私は現在、“自称・淀川長治の最後の直弟子”と称している。
これは特に、淀川先生から公認されたものではない。
しかし、淀川先生が1948(昭和23)年に創設した‘東京映画友の会’の事務局を長年かつ今でも務めているから良いのではと判断している。
それだけではない。
超有名人の淀川先生が、結婚式に出席して下さった最後から二番目の会員(友の会の)だからだ。
 
最後から二番目で“最後の直弟子”は、おかしいと訝しく思われることだろう。それにも理由がある。
淀川先生は、思いの外、他人の名を憶えることが苦手だった。実際、最後に結婚式に出席して下さった私の後輩は、結局のところ遂に明確に名前を憶えて頂けなかった。
しかし、私の場合、先生がお亡くなりに為る直前でも、
 
「山田くん」
 
と、私の顔と名を憶えていて下さったものだ。
だから‘勝手に’最後の直弟子を名乗っている。
 
私は、この、淀川先生の、
 
「山田くん」
 
と、いう呼び掛けが大好きだった。
何故なら、神戸出身の淀川先生のイントネーションというか、節回しが独特だったからだ。
丁度、甲子園で行われる高校野球のアナウンスを思い出して頂けると解り易い。
“やまだくん”の“ま”ではなく、“だ”にアクセントが来るイントネーションだ。
だから、淀川先生に呼び掛けられると、妙な優越感に浸っていたのだ。
 
そして今でも私は、高校野球を観たりすると、淀川長治先生のことを想い出して仕舞うのだ。
 
 
一般的に、淀川長治先生がテレビに登場したのは、NETテレビ(現・テレビ朝日)の『日曜洋画劇場』に於ける史上初の映画解説と認識されている。
それはそうだろう。何しろ『日曜洋画劇場』で淀川先生が解説しているシーンだけのDVDが発売された程だ。
そればかりではない。
50代後半以上の方に、
 
『それでは皆さん、また来週』
 
と、投げ掛けると、
 
『サヨナラ・サヨナラ・サヨナラ』
 
と、鸚鵡(オウム)返しで繋いで下さるものだ。
これは、淀川先生が行っていらっしゃった、『日曜洋画劇場』での挨拶が、それ程有名だった証拠だ。
片仮名で表記したのは、淀川先生のトレードマークだからだ。今と為っては理由が不明だが、先生の著作では、“さよなら”は必ず片仮名表記だ。
従って、〈片仮名の“さよなら”・しかも3回=淀川長治先生〉の公式が成立しているからだ。
 
但し、淀川先生のテレビ出演が『日曜洋画劇場』からという説は正解では無い。NETの洋画放映は当初、土曜日だった(これ、事実です)からでは無い。
『日曜洋画劇場』(当初は土曜日)の放映が開始されたのは、1966(昭和41)年10月のことだった。半年間だけ土曜日に放映され、1967年4月から先生が逝去された1998年を乗り越え、2013年まで続いた長寿番組だ。
私が学生だった頃には、淀川先生が解説をする為の資料集めを手伝わせて頂いたものだ。
 
しかし、『日曜洋画劇場』が開始される6年も前に、淀川長治先生はテレビに登場していた。それも同じ、N E Tテレビに。
 
 
淀川先生が、初めてテレビに登場されたのは、1960年に放送開始されたアメリカ製テレビ西部劇ドラマ『ララミー牧場』だ。
‘ドラマなのに解説が付くの?’
と、思われることだろう。
何しろ当時テレビでは、アメリカのテレビドラマが、数多く放送されていた。当然、どのドラマにも解説なんぞは付くことは無かった。
『ララミー牧場』を除いては。
 
現代では考え難いかもしれないが、1960年代の日本人は、余りアメリカの事情に詳しい方は珍しかった。西部劇の背景や状況を、理解出来ないと『ララミー牧場』を楽しむことが出来ないと、NETの上層部は考えたそうだ。
誰か解説してくれる適任者はと探していたところ、前年迄、洋画雑誌の編集長をしていた淀川長治先生に、白羽の矢が立ったという経緯が有った。
なので、淀川先生のテレビ初出演は、『日曜洋画劇場』ではなく『ララミー牧場』と為るのだ。
 
私がこう断言するのは、この『ララミー牧場』を観ていて、大好きだったからだ。
ただ、『ララミー牧場』放映が始まったのは、1960年のこと。1959年生まれの私は多分、1961年以降の回と再放送を観ていたのではないかと思う。
推定で書いたのは、当人が記憶を意識しない年齢だったからだ。
但し、私の母は明確に覚えている。言葉も話さない幼い私が、『ララミー牧場』が始まった途端に、テレビの前から動かなかったそうだ。
 
母は呆れながらも、私が大人しくテレビを観ているので、佳とした様だ。
商売をしていた関係で、少しでも手が掛からない方を取ったらしい。
 
 
『ララミー牧場』での出会いが切っ掛けで、私は高校に進学する頃には、淀川先生と生で出逢うことと為る。
 
中学生の頃から私は、毎週末には映画館に通う様な、映画ファンに成長していた。高校生に為ると、どこかに映画ファンの集いが有るのではと考える様に為っていた。
ある映画雑誌で、淀川先生が主宰する“東京映画友の会”という集いが在ることを私は発見した。情報が少なく、その集いが‘いつ’・‘どこで’開かれているのか知る由もなかった。それに、友の会の連絡先も解からなかった。
 
私は仕方なく、映画雑誌の編集部へ架電してみた。
対応して下さったのは、多分、編集長クラスの方だったと思う。何故なら、電話口の声が、中年の男性の声に聞こえたからだった。
その男性は、高校生の私に対し、実に丁寧な対応で、友の会の開催日時と会場を教示して下さった。
そして、
 
「貴方の様な若い映画ファンが訪れると、淀川先生は喜んで下さいますよ」
 
と、私迄嬉しく為る様な言葉を付け加えて下さった。
 
 
次の月、第三土曜日の午後、高校生の私は、編集長(多分)に教えて頂いた、東京・虎ノ門のアメリカ大使館近くの会場に出向いた。土曜日で学校の授業が有ったが、高校生と思われたくない背伸びで、学校の制服は着替えて向かった記憶がある。
因みに、現在も続く(創設75年超!)東京映画友の会は、毎月第三土曜日に開催されている。
 
皆が待つ会場に現れた淀川先生は、
 
「はい、今日初めて来た人、手を挙げて」
 
と、仰った。
私を含め数人が手を挙げると、
 
「ようこそ、Foolish Paradise(フーリッシュ・パラダイス)へ」
 
そして、
 
「ここは、愚か者の楽園(フーリッシュ・パラダイス:戦前のサイレント映画の題名)です」
 
更に、
 
「賢い人は、近付いてはいけません」
 
最後に、
 
「しかし、人生を豊かにしたい人は、どうぞいらっしゃい」
 
と、笑顔で語り掛けて下さった。
 
それからの私は、淀川先生の御言葉通り、毎月欠かさず東京映画友の会に、顔を出す様に為った。
大学生に為ると、会場設営や雑用を、先輩メンバーから仰せ付かった。
 
その縁が、半世紀近く経った現在も続いているのだ。
 
 
友の会の雑用をさせて頂く様になった私は、自然と顔と名前を淀川先生に覚えて頂いた。
未だ大学生だった私に、冗談めかして、
 
「山田くんは、僕の葬儀には来て下さいね。代わりに、山田くんの結婚式に出席しますから」
 
と、仰った。
時に、淀川先生は70歳に為るか為らないだった。だから私は、葬式の話を冗談としか受け取っていなかった。
 
しかし、実際に私の結婚が決まった時、先生の御言葉を思い出した。
そして、本当に出席願っても良いものかと考えた。多忙な全国区の有名人を、私用に呼び出しても良いものかと思ったからだ。
私は恐る恐る、友の会で淀川先生に直接、御伺いを立てた。
先生は、
 
「勿論、そのつもりでしたよ。おめでとう。式はいつですか」
 
と、優しい御言葉で快諾して下さった。
私は、ホッと安堵した。
 
そして、
 
「くろちゃん(黒澤明監督)に、祝電でも頼みましょうか」
 
とも、提案して下さった。
私が、大の黒澤ファンと御存じだったからだ。
しかし、いくら何でもそれは恐れ多すぎて、丁重に辞退させて頂いた。
 
 
1985年10月10日、私は結婚式を挙げた。
出席して下さった淀川長治先生は、手配したハイヤーが思ったよりも早く到着したらしく、披露宴会場ロビーの角で座って御待ちだった。
こんな時、広いロビーで全国区の有名人は辛いものだ。誰彼構わず声を掛けられるし、写真やサインをせがまれるからだ。
 
写真撮影等で、淀川先生を出迎えることが出来なかった私の代わりに、母が先に先生を見付けた。
どうやらそこで、私が言葉を喋らない頃から、淀川先生と『ララミー牧場』を観ていたことを話したらしいのだ。
 
披露宴では勿論、淀川先生には主賓で御祝辞を頂戴した。
マイクの前に御立ちに為った先生は、
 
「新郎の山田くんは、僕の生徒さんです」
 
と、話し始められた。
続けて、
 
「御母様から伺ったのですが、『ララミー牧場』の頃から僕を観ていたそうです」
 
と、語られた。
その後は、映画での結婚式エピソードを交えた、楽しいスピーチをして下さった。
出席して下さった方々は、淀川先生のスピーチに聞き入っていた。
同時に、私のことを淀川先生の弟子と認めて下さった筈だ。
 
一人、冷や汗をかいていたのは、披露宴の司会を頼んだ会の先輩だった。
何しろ、予定時間を大きく超えた、淀川先生の楽しいスピーチだったからだ。
 
歓談の時間に為ると淀川先生は、次々と頼まれるサインや写真を、快く受けて下さっていた。
私は、結婚式に淀川先生を招待することが出来て、本当に良かったと思った。
 
 
以上が、私が“淀川長治先生・最後の直弟子”を名乗る由縁だ。
 
それも、自信を持って。
 
 
そのどれもこれも、幼き日にブラウン管を通じた、淀川長治先生との出会いがあった御蔭だ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山田THX将治(天狼院・ライティングX所属 READING LIFE公認ライター)

1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数17,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を40年にわたり務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックの想い出を伝えて好評を頂いた『2020に伝えたい1964』を連載
続けて、1970年の大阪万国博覧会の想い出を綴る『2025〈関西万博〉に伝えたい1970〈大阪万博〉』を連載
加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する
更に、“天狼院・解放区”制度の下、『天狼院・落語部』の発展形である『書店落語』席亭を務めている
天狼院メディアグランプリ38th~41stSeason四連覇達成 46stSeason Champion

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2024-05-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.261

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