週刊READING LIFE vol.262

自分の気持ちに正直に、自分の内なる声に耳を傾けたいと思うあなたに読んで欲しい本《週刊READING LIFE Vol.262 今こそ読むべき一冊》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2024/5/20/公開
記事:松本萌(READING LIFE編集部ライティングX)
 
 
ノンフィクション作家川内有緒の本に出会ったのは、西荻窪の駅から5分程歩いたところにある本屋だった。
 
18歳からの4年間、私は西荻窪にある大学に通った。高校2年生まで部活に明け暮れていた私は、大学に行きたいという思いはあるものの4年間掛けて何を学びたいのか、卒業後どんな仕事をしたいか全く考えていなかった。3年生になり、クラスメイトが「あそこの大学に行きたいんだよね」「将来就きたい仕事があるからこの学部に入りたいんだ」と話す姿を見るたびに焦りを感じつつ、「自分は何を学びたいのか」を明確に言うことができなかった。英語が好きだったので言語に関わる勉強をしてみたいと思いながら、文学には興味がなかったので英文学を専攻しようとは思っていなかった。見かねた母が「言語学っていう分野があるらしいよ」とアドバイスをくれ、言語学を学べる大学はどこだろうと探したところ西荻窪にある大学が出てきた。ゴールデンウィークにキャンパス内で催しものがあることを知り、行ってみることにした。
 
最寄り駅から歩いて10分、校門前にある横断歩道に立ったとき、そこから見える景色に惹きつけられた。門を入ってすぐのところある高い木々が陰をなしているその奥に、太陽の光を受けてあたかもキラキラ輝いているように見える白色の建物が静かにたたずんでいた。門をくぐり並木道に抜け足を踏み入れると新緑の爽やかな風を感じた。住宅街にあるキャンパスの敷地面積はさほど広くなかったが、静かで緑が多く心地よかった。「この大学に通いたい。ここで4年間過ごしたい」と感じた。
 
千葉の自宅から2時間掛けての通学は大変だったが、門の前の横断歩道に立つたびに「今日もこの景色を見られて幸せだな。この大学に通えて良かった」と思った。その思いは卒業後も変わらず、年に一度開催される同窓会の催しものを手伝う等用事を作っては定期的に大学を訪れた。
ある年の催しものの帰り、小さな本屋を見つけた。前からあったのだろうか。「旅の本屋」と書かれた看板に惹かれ入ってみた。広くない店内にところせましと本が置かれていた。その中でふと目にとまったのが平積みされていた川内有緒の「パリの国連で夢を食う」だった。
 
わたしにとって「パリ」そして「国連」は気になる言葉だった。
「フランス語ではそこまで親しくない相手や目上の人に対し『Vous』と呼びかけ、親しくなると『Tu』を使います。恋愛映画では最初『Vous』と言っていた二人が『Tu』と呼び合うようになり、そしてまた『Vous』と言う関係になっていくんです」と説明を受けた18歳の私の心はキュンッとし、第二外国語をフランス語にした。複雑な文法と喉を震わせる独特な発音に苦労したが、それでもフランスは私をキュンッとさせる憧れの国だった。
将来何をしたいか分からずに大学生になった私は、「まずは広い世界を見てみよう」と夏休み等長期休みを使って語学研修やNGOのスタディーツアーに参加した。先進国や発展途上国を訪れ、そこに住む人や文化に触れ「世界はとてつもなく広い。もっと自分の目で見て確かめたい」と思うようになった。そしていつか国連で働いてみたいと考えるようになった。当時のTOEIC最高得点が610点だというのに大それた夢である。結果日本の企業に勤め国際的な要素が全くない仕事を続けて今に至るが、若かりしころの夢を思い出すと「そんなことを思っていたな」と懐かしくなる。
 
著者の名前は始めて知ったが、紫色を基調にした表紙と「人はどう生きることもできる」と書かれた帯に惹かれ本を購入した。
本には著者がパリに住み5年半国連機関で働いたときのできごとが書かれていた。国連機関とは各国の頭脳明晰集団が集まった世界最高級の組織で、職員はみな浮き世離れした人達だと思っていたがどうやら違うようだ。もちろんプロフェッショナルであることに間違いないが、本に登場する人達一人一人にフォーカスすると人生に楽しさを求めながら生きていて、時にはサボったり怠けてしまう、自分と似た一人の人間であることを知った。
 
退職まで働ければたくさんの恩恵を受けられる国連機関を退職するところで本は終わっており、読み終わる頃には川内有緒の本をもっと読んでみたいと思った。
次に手に取ったのは「パリの国連で夢を食う」の中で語られていた「パリでメシを食う」だった。前置きが長くなってしまったがこの本が、今回私が「今こそ読むべき一冊」として紹介したい本だ。
 
「パリでメシを食う」はパリの食事情や美味しいレストランを紹介している本ではない。「メシを食う」とは生計を立てるや生活をするという意味で、フランスに渡りパリに根付いて生きている10人の日本人のことが書かれている。
その世界で有名な人も出てくれば、「あそこにこんな日本人がいるよ」と聞いて著者がコンタクトを取って取材をした人もいる。最初からパリを目指した人もいれば巡り巡ってパリに落ち着いた人もいた。10人の職業は様々で若い頃から目指していた職業を極めている人もいれば、気がつけば今の仕事に辿りついていたという人もいた。
 
私が「パリでメシを食う」を今こそ読むべき一冊にした理由は、パリでメシを食うまでに至る10人それぞれの生き様や、彼らに起きた出来事やその時々の彼らの心理状況に対する著者の描写に感動したからだ。そして自分がいる場所に違和感があるならば、彼らのように内なる声に耳を傾け居場所を探して旅立つことができると学んだからだ。
10人の中には自分の目指す世界は海外にあると意気揚々と日本を出た人もいれば、日本には自分の居場所がないと飛び出した人もいる。当初から考えていた職業を貫いている人もいれば、日本を離れて知った世界に感化されて今の仕事をしている人もいる。そんな彼らに共通していることは、自分の直感を信じて行動しているということ、そして半端ない行動量で自分の人生の舵を切っていることだ。
 
私の個人的な考えだが、多くの日本人は海外に根ざして生きることに抵抗を感じるのではないかと思う。言葉通り海を越えなければ他国の土を踏めないからだ。国境はあるものの陸続きの国に行くのと、海を越えて行くのでは物理的なハードルが違う。そして海外赴任とは違いその国に根ざして生きていくのは想像以上に苦労が多いことだろう。
本の中では差別的な行為を受けたり、日本の常識では考えられない出来事に見舞われる話が出てくる。海外というただでさえ心細さを感じる場所で周囲から冷たい対応をされたら、私だったら立ち直れなさそうだ。本に出てくる10人全員のメンタルが鋼というわけではなく、むしろとてもナイーブと思われる人達もいるが、彼らはそこから逃げずにそして諦めずに「私はやりたいことをする。それをする場所はパリだ」と決めて生きている。繊細な人ほど自分の思いに直球に生きている様が描かれている。「Non!」と突き返されてもめげずに果敢に挑戦している。戦うというより柳のようにしなやかに受け止めながら生きている。日本に住んでいると「パリで働いているなんて素敵!」と一言で片付けられてしまいそうだがそんなことはなく、日本での「あたりまえ」が通じないパリで奮闘しながら自分の生きる場所を見つけた10人の話が描かれていた。
パリは冷たい街なのかというとそうではない。パリジェンヌは議論好きでプライドが高いイメージを持たれるが、個々を大切にする文化が様々なタイプの人を受け入れる寛容性に繋がっている。
 
最初「パリでメシを食う」を読んだとき、「こんな色々な経験をしながらパリで生きることを決めたこの人達はすごいな」と思った。二度目読んだとき、波瀾万丈な10人の人生を文章で描き出す川内有緒という作家のすごさに惹かれた。
自分に起こった出来事を書くのに比べ、プロの作家でもノンフィクションで自分以外の人のことを書くのは難しいだろう。出来事は一つでも人の人数分の解釈や思いがあり、他人の気持ちを忠実に文章で表現するには深い洞察力と表現力が求められる。私は一度天狼院書店の課題でプライベートで親しくしている知り合いのことを書いたが、書きながら不安に襲われた。「『あの人はこう思った』と私は解釈しているが、本当だろうか」「話に矛盾はないだろうか」と悩みながら書いた。
何度もインタビューができない中、なぜにパリに行き着いたのか、なぜこの仕事をしているのかが本人達の思いを組みながら書かれた文章は過度なデコレーションがされておらずスッと自分の中に入ってくるのを感じた。真実を書く冷静さの中に、温かな目で人を観察する著者の人柄が感じられた。
二度目読み終わったとき、わたしも著者のような温かい眼差しで他者を見られる人になりたいと思った。
 
ファンになった私は出版記念に足を運び、何度か著者と会ったことがある。国連機関退職後も様々な国や地域にフットワーク軽く訪れる著者はアグレッシブな人だろうと予想していたが、違った。身長は私の頭半分低く小柄で、社交的というよりはクールな印象を受けた。講演では当時の思い出や本を出版するにあたっての裏話を心地良い落ち着いた声音で語ってくれた。
 
私は英語が好きでいつか国連に勤めたいと思っていたが、正しく言うと勉強の中では一番苦に感じずに取り組めたのが英語だったというだけで、得意科目とは言い難かった。そして国連に勤めたいと思っていたのは「国際秩序のために」とか「世界のために」という使命感からではなく、「色々な国を自分の目で見て、そこに住む人や文化を知りたい」というミーハーな気持ちからだった。
いざ就職活動をするとなったとき「国連」という言葉は頭の片隅になく必死にエントリシートを書き、リクルートスーツに身を包んで面接のために駆け回った。
新卒以来同じ会社に勤め、嬉しかったことや苦しかったこと、悔しい経験を繰り返しながら、十数年経ってやっと憧れていた仕事に携われるようになった。仕事は楽しい。じゃあここが自分の居場所か、いたい場所かと聞かれると即答できない。「ここではないどこか」に惹かれる自分に気がつく。
コロナ禍が落ち着いた今、以前のように海外に行きやすくなった。自分の居場所を求めて国内外を旅するのもいいし、今いる居場所を離れる覚悟が自分にあるかを問うてみるのもいいかもしれない。
 
川内有緒の紡ぎ出す文章はどれも好きだが、一番のお気に入りはこれだ。
「うまくいかなければ、その時考えればいい。だって、パリに生きるみんなが教えてくれた。人はどう生きることもできる」
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
松本萌(READING LIFE編集部ライティングX)

兵庫県生まれ。千葉県在住。
2023年6月より天狼院書店のライティング講座を絶賛受講中。
「行きたいところに行く・会いたい人に会いに行く・食べたいものを食べる」がモットー。平日は会社勤めをし、休日は高校の頃から続けている弓道で息抜きをする日々。

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2024-05-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol.262

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