週刊READING LIFE vol.266

腕時計のオーバーホールが、健康寿命の大切さを、気づかせてくれた《週刊READING LIFE Vol.266 フリーテーマ》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2024/6/17/公開
記事:青山 一樹(READING LIFE編集部ライティングX)
 
 
「見積金額は、税抜きで6万8千円です。如何されますか?」と聞かれた。私は予想を超える金額を提示され、「今回は遠慮しておきます」と言いそうになった。私は、百貨店の時計売り場で、腕時計のオーバーホールを依頼していた。
 
オーバーホールとは、時計を完全に分解し、内部の部品を清掃・点検・交換し、再度組み立てるメンテナンス作業のことだ。なぜ、オーバーホールが必要なのか? 腕時計は非常に精密な機械であり、内部には数多くの小さな部品が組み合わさっている。これらの部品が正常に動くためには、定期的なメンテナンスが不可欠である。5年間に一回のペースで、オーバーホールを行うことが、一般的に推奨されている。
 
「6万8千円出せば、新しい腕時計が買えるのではないか。しかも、かなり見栄えの良い品物を」と、私は心の中で呟いた。私は、腕時計の愛好家ではない。自分の腕時計が時刻を正確に示していれば、私は満足だ。よって、正しい時間を提示する以上の役割や機能を、時計自体に求めていない。
 
「でも、この腕時計だけは特別だからな……」と、私は6年前の記憶を呼び戻した。これは、婚約の際、妻から私に贈られた腕時計である。「仕事でも成功しますように!」という妻からの願いを込めて。また、購入する際、お店の人からも「こちらは、お子様どころか、お孫さんの代まで、お使いになって頂ける腕時計です」という説明を受けた。
 
私は、オーバーホールを決心した。妻からのプレゼントを、将来、自分の子どもへ引き継ぐために。第一子は女の子だが、第二子は男の子かもしれない。また、娘から産まれる子どもは、男の子かもしれない。そう考えると、いつの日か、この腕時計を渡す時が来るはずだ。その日に備えて、定期的にオーバーホールをしてもらい、綺麗な状態でこの腕時計を譲り渡そう、と考えた。
 
1ヶ月後、オーバーホールを終えた腕時計が、私の手元に帰ってきた。その姿は、新品に近かった。さらに、時計職人の話を伺う機会もあった。オーバーホールをすることで、時計の寿命を大幅に伸ばすことができる。なぜなら、時計が最良の状態で動作し続けることが保証されるからだ。と教えてもらった。
 
腕時計が新品同様になった一方、私は、「果たして自分の身体を、定期的にメンテナンスしているのであろうか?」という疑問に襲われた。
 
時計のオーバーホール以上に、メンテナンスをしなければいけないのは、私自身の身体である。ゼンマイ式腕時計は、多くても200個程のパーツ数で組み立てられている。一方、人間の体は、206個の骨で組み立てられている。細胞の数に至っては、60兆個もあると言われている。人間の身体は、腕時計以上に精密な機械といえる。
 
しかも、腕時計のように、簡単に分解や部品交換ができない。さらに、人間の身体は、自分が思った以上に上手く機能しているため、なかなか異変に気づかない。そして、異変に気づいた時には、すでに手遅れになっている。
 
「1年に一回、人間ドックを受けているから安心だ!」と、私は思っていた。しかし、検査は受けているものの、その結果からは目を背けていることに気づいた。改めて私は、最近の人間ドックの結果を、過去のものと比較してみた。47歳時点の私と、20代、30代時点の私を。
 
体重は、大きく変わっていない。20代のころから、増減は2キロ前後である。しかし、ウエストは年々太くなっている。今は、メタボ体型と言われても、否定できないほどの太さになっている。
 
次は、血圧だ。20代のころは、健康診断の度に「血圧低めですが、大丈夫ですか?」と、低血圧を心配されていた。しかし、今や、高血圧を心配するほどの値になっている。
 
最後に血糖値だ。20代のころの血糖値は、低血糖でも高血糖でもなく、基準値のちょうど真ん中の数値を叩き出していた。私は自分の血糖値に、自信を持っていた。しかし、今はどうだろうか? 年齢を重ねるにつれ少しずつ上昇している。そして、ついに今年、高血糖の方で異常値が出てしまった。
 
このように、私の身体という精密機械は、年数を重ねて徐々に故障に近づいている。20代、30代のころと比べて、食事を摂る量も、お酒を飲む量も減っているにもかかわらず、ウエスト・血圧・血糖値は上がっていく。これが、老化というものだろうか? しかし、私は老化に抗わなくてはいけない。
 
まだ娘は、生後5ヶ月であり、社会に出るまで20年以上の歳月が必要だ。今後、腕時計を譲り渡す息子や孫たちが、産まれてくる可能性もある。子どもや孫のために、健康で元気な身体を維持するのが、これからの私の役割だ。そう考え、まずはスポーツクラブのトレーナーに相談を持ち掛けた。
 
彼は、私の筋トレのパーソナルコーチだ。彼は、常々、私の血圧の高さを心配してくれていた。なぜなら、私の通うスポーツクラブでは、上の血圧が150mmHgを超えると、筋トレ自体を禁止しているからだ。私の上の血圧は、いつも140台後半で、いつ禁止されている数値を超えても、おかしくなかったからだ。
 
彼は、私の血圧・血糖値・ウエストサイズから、一つの解決策を提案してくれた。「意識的に有酸素運動を増やしてください。筋トレでは、これらの数値は、なかなか改善しません」と。
 
私自身も、何となくであるが、有酸素運動が不足しているのは、分かっていた。しかし、こうもハッキリ言われると、意識するだけでなく、実行に移さなくてはならない。その日から、私は一日の平均歩数を9,000歩になるよう、歩く時間を増やした。
 
一日の歩数を9,000にすれば、血圧や血糖値が下がるという根拠は無かった。女性の理想的な歩数が一日8,000であること、ここ5年間で私が最も健康体であった時の一年間の平均歩数が8,500歩であったこと。その頃から比べると、多少は老化していること。それらを加味して、一日平均9,000歩を目標にウォーキングを行うことにした。
 
まず、今の生活で私が、どのくらい歩いているのかを計ってみた。おおよそ、4,500歩だった。一日9,000歩にするには、今の倍くらい歩かなくてはならない。そこで、私は仕事から帰宅し、夕ご飯を食べた後、ウォーキングを試みた。しかし、上手くいかない。
 
仕事から帰宅すると、夕食の前に、娘をお風呂に入れる。そして、自分も湯船に浸かってしまう。その後、晩御飯を食べると、もう外に出かけるのが億劫になってしまう。また、妻が気を利かせてくれて、私が帰宅する前に、娘をお風呂に入れてくれる。
 
しかし、そのような日に限って雨が降ってくる。私が風邪を引いてしまう。夜間のウォーキングを拒む条件が何故か揃ってしまう。そこで、私は毎日9,000歩のウォーキングを諦めた。ただし、一日平均9,000歩を諦めたわけではなかった。
 
平日は平均7,000歩を、週末に平均14,000歩を目標とし、一週間で平均9,000歩となるよう調整したのだ。平日の7,000歩であれば、帰宅後、15分ほど歩けば達成できる。その15分間にお風呂のお湯を溜めてもらえば、ウォーキングを終えた後、すぐに娘をお風呂に入れることができる。
 
そして、土曜日はスポーツクラブへ行き、有酸素運動をする。その後、妻と娘と合流し、公園などを散歩してから帰宅する。日曜日は、午前と午後の2回、娘と出かける。もしくは、1回は一緒に出掛け、2回目の外出は私が食材の買い物に行き、回り道をして帰ってくる。こうして、プライベートや家族サービスを利用して、歩数を増やした。
 
そうして、今年の一日の平均歩数は8,500まで増えた。まだ、目標の9,000歩には届かないが、昨年度の平均8,000歩に比べると増えている。では、私の健康状態は改善したのであろうか?
 
私は、人間ドックでの総合評価が悪かったため、3ヶ月後に簡単な再検査を受ける必要があった。簡易検査とは、キットが自宅に届けられ、自分で血液を数滴採取し、それを検査会社に返送するやり方だ。簡易検査で血糖値等の血液検査を行い、血圧とウエストサイズは、スポーツクラブで測定した。
 
良い結果が出るのを楽しみにしていたが、全ての項目で、ほとんど変化がなく、異常値を示す印がついている。私は検査結果に対する期待が大きかった分、落胆も大きかった。腕時計を遥かに凌駕する、私の精密機械のような身体は、10年、20年と長い年月をかけて歯車を狂わされた。それを、たった3ヶ月で修理するのは、元々無理な話だったのか……。
 
しかし、結果から目を背けていては、何も改善しない。私は注意深く、人間ドックの値と、3ヶ月後の再検査の値を見比べてみた。「ほんの少しだけ改善している!」
 
空腹時の血糖値は2低下し、下の血圧の値は変わっていないものの、上の血圧は5mmHgほど下がり、ウエストは5㎜細くなっている。まだまだ異常値ではあるが、3ヶ月の有酸素運動は無駄ではなかった。狂っていた歯車が、少しずつ正しい方向に動いている。
 
パーソナルコーチのアドバイスは正しかった。あとは、私がそのアドバイスを、毎日、愚直に実行するだけである。しかし、毎日続けて、それを10年間も20年間も継続できるだろうか。腕時計のオーバーホールなら、5年に一回で済むかもしれない。しかし、人間の身体は毎日の積み重ねが大事である。
 
いや、私は有酸素運動を続けて、健康寿命を延ばす責任がある。この腕時計を、一人前になった子や孫に、私から直接手渡しするために。「仕事でも、成功しますように!」という想いを込めて。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青山 一樹(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

三重県生まれ東京都在住
大学を卒業して20年以上、医療業界に従事する
2023年4月人生を変えるライティングゼミ受講
2023年10月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に加入。
タロット占いで「最も向いている職業は作家」と鑑定され、その気になる
47歳で第一子の父親になり、男性育児記を広めるべく、ライティングスキルを磨き中

 
 

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2024-06-12 | Posted in 週刊READING LIFE vol.266

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