週刊READING LIFE vol.267

当たり前のことへのカルチャーショック《週刊READING LIFE Vol.267 迸る》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2024/6/24/公開
記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「えっ、何? どういうこと!」
 
朝ご飯を食べ終えて、使った食器をシンクで洗おうとしたときのことだった。
蛇口から水がシャーっとあらゆる方向へと迸って行くのだ。
何だ、何だ、何が起こったんだ。
私は、想像もしていなかった状況に大いにとまどってしまい、しばらく動くこともできなかった。
 
あれは、私が30歳を迎える年に結婚して、台湾での新婚生活を始めた時のことだった。
先に赴任していた夫と、会社の人が見つけたマンションで、新婚生活をスタートさせた。
そこは、こぢんまりとした間取りのマンションだったが、キッチンやバスルームなどの設備も日本と同じように整っていて、夫婦二人には問題ないような環境であった。
 
それまで、私は9年間OLをしていて、結婚するまで自宅で生活をしていた私だったが、自慢じゃないが家事はひと通りなんでも出来た。
料理に関しては、会社の同期の友だちなどは、結婚して夕飯を作るのに2時間くらいかかって大変だとか話していたが、私は結構、手際よく作れていた。
というのも、独身時代には、お菓子作りや料理も好きで、母の手伝いをしたり、自分でも休みの日に作ったりしていたので、慣れていたのだ。
台湾という異国の地でも、スーパーマーケットで食材を調達して、和食や洋食、中華でも卒なく作ることが出来ていた。
慣れていないのは異国の地、台湾の環境の方だった。
キッチンの作りは当時の日本と何ら変わりなく、ガスコンロやシンクも使い勝手が良いデザインではあった。
 
ところが、台湾に赴任して、10日ほど経った頃だっただろうか。
いつものように、食事を作って、後かたづけをしようとシンクで洗い物をし始めると、突然蛇口から水が好き勝手な方向へと迸っていったのだ。
私は、蛇口はシャワータイプのモノが好きだった。
なぜならば、優しい水流で食器をまんべんなく洗えるからだ。
なので、台湾でのキッチンの蛇口もそのような形態だったので快適に使用していた。
けれど、突然起こった事態に、私は手が止まってしまったのだ。
すぐさま蛇口を閉めて、そのシャワーヘッド部分を開けてみると……。
なんと、そこには小さな石がたくさん詰まっていたのだ。
日本でも、たまに蛇口からの水の出方がおかしくなることはあったが、水垢が少し詰まっている程度でサッとお掃除をするとすぐに快適な水の出方に戻ったものだ。
ところが、台湾ではその蛇口のシャワーのヘッド部分に、見たことがないくらいたくさんの小さな石が詰まっていたのだ。
 
その時、思い出したのが、台湾の水道事情だった。
海外赴任の際、生活面に関してかなり調べたのだが、台湾では水道水をそのままでは飲めないと書いてあった。
日本の水道の基準とは違っていて、生のお水は飲んではいけないと書かれていたのだ。
なので、当時、台湾の一般家庭では、水道水を一度沸かしてから使っていたようだ。
その、生のお水が飲めない理由が、その時シャワーヘッドの内側を見た時にようやく理解が出来た。
こんなにも、水道水に石が混じっているのだったら、それは飲めないな。
私は、全てのことが繋がって、納得すると、サッとシャワーヘッドに詰まっていた石の掃除をした。
それよりも大変だったのは、まるで勢いの強い噴水のような状態だったので、シンク周りの床が水浸しのようになってしまったことだった。
海外での生活は、何かと大変だと言われているが、これまで長く暮らしていた日本とはこのようなライフラインに関してもその状況が違うということなのだろう。
 
その時に思い出したのが、結婚前に短大の同級生の友だちと一緒に行った、ヨーロッパ旅行だった。
ツアーに参加して行ったその旅行では、ローマ、ヴェニス、フィレンツェのイタリア3都市とフランスのパリを巡った。
完全なツアーだったので、「おはようございます」から、「おやすみなさい」までツアーの参加者の人たちと共に行動をするものだった。
なので、ランチでもレストランに皆で同じテーブルを囲んで、楽しく食事をしたものだった。
その際、席に着いても、お水もおしぼりも出てくることはなかった。
それは、イタリアのどの街のお店でも、パリでもそうだった。
それどころか、お水が欲しければ買わなければならないということも当時はカルチャーショックだった。
しかも、お水の方がワインよりも高かったことにさらに驚いたのだった。
お水って、そんなに貴重なモノだったんだと、30歳を前にしてようやく気づいたという次第だった。
日本での当たり前は、海外などの他の地域では全くそうではないということを思い知ることとなったのだ。
 
当たり前になってしまっていることには、いつしか感謝の気持ちが薄れてしまい、当然のことと思い込んでいることに気づくことが出来た経験となった。
当時、バブルの時代でブランド物を買うことが楽しみでもあったヨーロッパ旅行だったが、このような体験が出来たことも、今思うと大きな収穫だった。
 
異国の地、台湾での生活では、まずは飲料水を確保することが必須ということだった。
わが家では水道水を煮沸するよりも、ペットボトルでお水を買う方を選択した。
洗い物以外、お料理に使ったり、飲んだりするために必要な全てのお水をペットボトルのお水にすると、それらを消費するのはとても早かった。
なので、近くのお店から定期的に配達してもらうことにしていた。
北京語があまり話せない日本人の私に、その配達をしてくれるお兄さんは、インターホン越しに、「は~い、シュエ(水)」と、満面の笑顔で言って届けてくれたものだ。
なぜか、あの時の配達のお兄さんの笑顔が今でも目に焼き付いている。
まとめて買っていたペットボトルの段ボール箱は、とても重たかったが、それをイヤな顔一つせず、何度もわが家に届けてくれたことに、今でも感謝している。
 
新婚時代、初めて自分で家事全般をすることになったのが、異国の地、台湾だった。
そして、そこでの生活は日本の便利なそれとは違うことも多々あった。
キッチンのシンクの蛇口から迸る水を見た時に、あらためてここは日本と違うんだと思い知る経験となった。
それと同時に、日本での当たり前の生活を、そうではなく感謝の気持ちで思い返せるようにもなれた。
そのキッチンのシャワーヘッドの石のお掃除は、その後、1週間に一度はやらなくてはいけないこととなって、それもいつしか台湾での当たり前の習慣となっていったのだった。
あらためて、日本での生活というのは、何ごとに関しても実は大変有難く、恵まれているということを忘れず、感謝の気持ちを持って過ごしたいと思うこととなった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。
2013年1月断捨離提唱者やましたひでこより第1期公認トレーナーと認定される。
整理・収納アドバイザー1級。

 
 

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2024-06-19 | Posted in 週刊READING LIFE vol.267

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