週刊READING LIFE vol.267

自由の時間《週刊READING LIFE Vol.267 迸る》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2024/6/24/公開
記事:奥村洋介(READING LIFE編集部ライティングX)
 
 
「ご飯を用意しておいたから早く食べて寝なさいね」
子供の頃、私の両親は音楽好きで、地元に有名なオーケストラ楽団が来ると、音楽会に出かけていた。
クラシック音楽の大ファンで、特にベートーベンやモーツァルトの演奏を楽しみにしていた。
音楽会のチケットが手に入ると、嬉しそうに話し合い、出かける準備をしていた。
チケットは、日程を忘れないように冷蔵庫にパンフレットと一緒に磁石で貼り付けられていた。
そんな光景を見ていると、音楽会は特別なイベントなんだということが伝わってきていた。
 
両親が音楽会に出かける夜、私たちも楽しみにしていたことがある。
両親がいない間、普段は見ることができない「ドリフの全員集合」を見ることができるのだ。
志村けんのユーモラスなギャグや、他のメンバーとの楽しい掛け合いが大好きだった。
弟妹たちと一緒に笑いながら見る時間は、私たちにとって特別な楽しみだった。
 
当時家庭に1台しかテレビがないのが普通だった。
動画が見られるスマートフォンは当然存在もしていない。
父はいつもNHKの大河ドラマを楽しみにしていて、週末の夜になると、テレビのチャンネルは大河ドラマに固定された。
大河ドラマの視聴率は30%と非常に高く、父もその熱心な視聴者の一人だった。
彼は歴史物語にも深い関心を持ち、毎週末欠かさず見るのを楽しみにしていた。
私たちはその大河ドラマの時間に他の番組を見ることが許されなかったため、静かに父の隣で一緒に見るしかなかった。
 
しかし、両親が音楽会に出かける夜は違った。
私たち弟妹は、家中がまるで自分たちの王国になったかのように感じた。
リビングのテレビ前に集まり、「ドリフの全員集合」を待ちわびる時間は、私たちにとっての音楽会であった。
食事も済ませ、風呂にも入りテレビのスイッチを入れる。
志村けんや加藤茶が画面に現れると、部屋中が笑い声で満たされた。
彼らの滑稽な動きやコミカルなギャグに、私たち弟妹も笑い転げた。
 
そして、ドリフが終わるとたけしやウッチャンナンチャンの番組が放送される。
両親が家にいない間、私たちは心置きなくテレビを見続けることができた。
普段は父が大河ドラマを見ている時間に、好きな番組を自由に選べるというのは、私たちにとって贅沢な時間だった。
 
両親が帰ってくる時間まで夢中で見ていて、よく怒られたものだ。
帰ってくる時間は日々まちまちであった。
気が付けば両親が玄関に入ってきていた。
「こんな時間まで何やってるの!」
母のの第一声。
布団に潜り込むが、すでに手遅れだった。
 
「週末は実家に行ってくるね」
妻がそう告げるとき、私は心の中で喜びを感じる。
妻が実家に用事で帰ることが時々ある。
その度に、私は「せっかくだから泊ってゆっくりしてきたら良い」と送り出す。
妻が家を出た瞬間から、私の自由時間が始まるのだ。
 
普段はお互いの生活リズムに合わせて過ごしている。
この時だけは、全くの一人時間を楽しむことができる。
まず、見たい映画のリストを頭の中で確認する。
夫婦では映画の好みが違う。
妻は感動的な人間ドラマや心温まるストーリーが好きだが、私はアクションや戦争映画の方が断然好みだ。
映画が始まり、画面いっぱいに広がる迫力ある映像に目が奪われる。
緊張感あふれるシーンが続くと、思わず体が前のめりになる。
いつもは音量を絞って見ているが、一人の時は気にせず映画の世界に没入する。
 
夜通し映画を見続けるのも、自由時間の醍醐味だ。
次から次へと映画を見て、気が付けば深夜を過ぎていることもある。
疲れたら一旦ソファに横になり、仮眠をとる。
そして再び映画の続きを楽しむ。
その繰り返しだ。
朝が来る頃には、いくつもの映画を楽しんだ満足感で一杯になる。
 
昼頃に起きると、まずは冷蔵庫からビールを取り出す。
昼間からビールを飲むなんて、普段の生活では考えられない贅沢だ。
窓から差し込む日の光を浴びながら、冷えたビールを一口飲むと、全身に広がる心地よさがたまらない。
この瞬間、自分だけの自由な時間を満喫していることを実感する。
自由、フリーダムだーーー!
 
よく考えてみると、小学生の頃に「ドリフだよ 全員集合」を両親から隠れて見ていたのと同じようなことをしている。
あの頃は、両親が出かけた隙に弟妹たちとテレビの前に集まり、志村けんや加藤茶のギャグに夢中になって笑っていた。
それが今では、ネットの映画やビールなどの大人仕様にバージョンアップしただけで、本質的には変わっていないのだ。
あの頃は両親から隠れてテレビを見ていたが、今は妻の目を気にせず映画を見ている。
人間って、成長しないんだなと思う。
結局、誰かの目を気にせずに好きなことをする時間が一番の贅沢なのかもしれない。
 
しかし、部屋が散らかり始めると、その自由も少しずつ煩わしさを感じるようになる。
空き缶を捨てて、スナックの袋を片付ける。
次第にその自由が重荷に感じられるようになる。
リビングの静けさが、妙に寂しさを感じさせる。
 
そのくらいから、早く妻が帰ってきてほしくなるのだ。
家の中に彼女の存在が戻ることで、日常の生活が戻ってくる。
日常の中のささやかな自由が一番心地よいのだ。
平凡な生活の中で、お互いの存在を感じながら過ごす時間も大切なのだと実感する。
自由を楽しむことも大切だが、その背景にある日常の安定が、さらにその自由を輝かせる。
 
結局、私は昔と変わらず自由と安定の間を行き来している。
自由を求めながらも、平常の生活にもどりたいという気持ち。
どちらも大切で、どちらも欠かせない。
だからこそ、そのバランスを見つけることが重要なのだろう。
そしてそのバランスの中でこそ、本当の自由を見つけることができるのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
奥村洋介(READING LIFE編集部ライティングX)

 
 

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2024-06-19 | Posted in 週刊READING LIFE vol.267

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