週刊READING LIFE vol.267

視覚情報に頼りすぎていることを、生後間もない娘が教えてくれた《週刊READING LIFE Vol.268 心に残る映像》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2024/7/1/公開
記事:青山 一樹(READING LIFE編集部ライターズX)
 
 
「あっ! オデコのラインが、自分に似ている」と私は思った。昨年10月、妻の胎内を撮ったエコー検査の画像を見て。出産まで後3ヶ月、やっとヒトとして認識できるようになった。その娘の画像を、私は感慨深い思いで見続けていた。
 
妻が娘を宿して以降、このエコー画像が三枚目だった。一枚目の画像を見たのは、昨年の6月頃だった。「今、赤ちゃんの大きさ7ミリだって!」と、妻は喜びながら、私に画像を見せてくれた。どこに赤ちゃんが映っているのか、全く分からない。しかも、私の職業は製薬会社の営業、MRである。仕事柄、エコー画像を見る機会は、一般の人より多いはずだ。それにもかかわらず、どこが妻のお腹で、どこに赤ちゃんが居るのか、判別できなかった。しかし、小さな生命の誕生に、私も跳び上がるように喜んだ。
 
二枚目の画像を見たのは、それから2ヶ月後だった。「今の大きさは2.8センチだって! ペットボトルの蓋と同じくらいの大きさだよ」と、妻が報告してくれた。赤ちゃんは、順調に育っていた。しかし、7ミリから2.8センチと4倍の大きさに成長しても、エコー画像では、まだまだヒトとして認識できなかった。「妻のお腹の中に、本当に赤ちゃんが居るのかな……」と疑うようになってしまった。
 
さらに2ヶ月後、三枚目の画像になって、やっとヒトとして認識できた。性別も分かるようになっただけでなく、顔の形もハッキリ映っている。そして、父親である私に、その顔は似ている。自分の遺伝子が、確実に引き継がれている、そう思うと、私がもう一人いるような不思議な感じがした。私は、エコー画像に映っている娘の姿を心に刻み、三ヶ月後の対面を心待ちにした。
 
今年1月9日、遂に妻の出産予定日を迎えた。妻は帝王切開であったため、予定通りの日に、娘を取り出すことになっていた。その日、大学病院の産婦人科病棟に行くと、すでに新しい命が誕生していた。それも1時間に1名という早いペースで。いよいよ妻の手術の番になった。
 
産婦人科病棟と手術室は別の建物である。手術室で取り出された赤ちゃんは、保育器に入れられ、エレベーターで産婦人科病棟へ運ばれてくる。私は産婦人科病棟の家族待合室で待機し、娘と顔を合わせるのを楽しみにしていた。しかし、なかなか娘は運ばれて来ない。
 
私の病棟での待ち時間は2時間以上に及んだ。その間に、何名かの新しい命が、病棟に運ばれてくる。「この赤ん坊が、自分の娘かな……」と思い、保育器に入れられた赤ちゃんの顔見るが、看護師が違う家族の名前を呼ぶ。
 
そして1時間後に、また次の赤ちゃんが運ばれてくる。しかし、今回も私たちの子ではなかった。しかも、1人目と2人目の赤ちゃんは、区別がつかない程、同じ顔と同じ体つきをしているように思えた。
 
また、産婦人科病棟と分娩室は、同じフロアにあった。そのため、通常分娩で産まれた赤ん坊も、分娩室から病棟へ移動する際、私の目の前を通る。今回は、別の家族の赤ちゃんと分かっていても、その顔を覗き込みたくなる。そして、今まで見た赤ちゃんと区別が付かないくらい似ていることに気づく。
 
「赤ちゃんって、皆、同じ顔をしている。自分の子どもと、他の家の子どもの区別がつくかな……」と、普段、新生児を見たことのない私は、弱気になった。
 
と同時に「自分には、心に刻んだ娘のエコー画像があるじゃないか! オデコのラインを見れば、自分の娘と間違えず、認識できるはずだ!」と強気の面も出てきた。強気な自分と弱気な自分が、入れ違いに私の心を襲ってくる。待ち時間も長くなり、心身ともに疲れ果てた私を呼ぶ声が聞こえる。手術室から保育器を運んできた看護師だった。いよいよ娘との感動の対面の瞬間である。
 
「あれっ? 思ったほど、オデコのラインは、似ていないぞ……」というのが、娘と対面した時の、私の率直な感想だった。オデコのラインどころか、他の顔のパーツも、私に似ていない。目は妻に似ていたが、私に似ている個所が一切見当たらない。
 
産まれたばかりの娘の写真を、私の母と義理の母に送り、二人の感想を聞いてみた。やはり、二人とも私と同じ意見だった。「目はお母さん似や。でも、他のパーツは誰に似たんや?」という感想が、大阪の義理の母から届いた。
 
「もう少し、私に似ていても良かったのに……」と、娘が産まれた喜びよりも、自分に似ていない悲しみの方が、勝りそうになった。三枚目のエコー画像は、何だったのだろうか? 産婦人科医やエコー技師が、私を喜ばせるために加工してくれたのだろうか? そう思いながら、私は毎日、入院する妻と娘のお見舞いへ通い続けた。
 
「あれっ! 昨日とは、娘の顔が違う!」と気づいたのは、娘が生後3日目を迎えた日だった。前日に比べると、赤みが収まっている。と同時に、目や鼻の形がしっかりしている。耳の形が、私の耳に似てきた。という変化が起きた。
 
調べてみると、赤ちゃんは狭い母親の胎内で、締め付けられながら、長い時間居る。そのため、身体中が浮腫んで赤くなる。しかも、目・鼻・耳も押さえつけられているため、産まれた時は、潰れたような形になっている。だから、産まれたばかりの赤ん坊は、肌の色や目・鼻・耳の形が近い。よって、区別が付きにくいことが分かった。
 
一日ごとに、娘の顔つきが変わり、次第に私に似て来ている。耳だけでなく、待望のオデコのラインも、私の遺伝子を間違いなく引き継いでいる。私だけでなく、誰の目で見ても、分かるようになってきた。自分に似ていると、本当に可愛く思える。私は娘と過ごす時間を、より大切にするようになった。
 
一方、産まれたばかりの赤ん坊は、まだ視力が弱く、世の中が白黒に見えるらしい。そのような状態で、どうやって自分の親と、それ以外の大人を区別しているのだろうか? 興味を持ったため調べてみると、意外なことが分かった。聴覚・嗅覚・触覚・味覚を利用して区別しているのだという。
 
例えば、最も声を掛けてくれる人を、自分の親として認識する。最も臭いを嗅いでいる人を、自分の親として認識する。最も肌に触れている人を、自分の親として認識する。最も母乳を与えてくれる人を、自分の母親として認識する。といった具合に。
 
もちろん、大勢の赤ん坊自身が、そのように答えたわけではない。しかし、私はこの研究結果から一つの結論を導き出した。それは「自分は、視覚に頼りすぎている!」だった。
 
エコー検査の画像を見ては、自分の子どもとして認識できた、出来なかったで、一喜一憂した。産まれたばかりの娘を見て、自分に似ている、似ていないかで、違和感を持った。自分の目に映るものだけを、信じていた。
 
しかし、娘は違った。世の中が白黒でしか見えない時から、自分に話しかけてくれる声、自分を抱っこしてくれる腕の温もり、その腕や身体の臭いなどで、私を親として認識してくれた。それに加えて、母乳を飲ませてくれる人を、母親として認識してくれた。
 
娘の視覚は、大人の私に及ばないかもしれないが、聴覚・触覚・嗅覚・味覚は私以上に優れている。私も、赤ん坊のころは娘と同じくらい、それらの感覚が鋭かったはずなのに、いつの間にか視覚に頼りすぎ、他の感覚が衰えてしまったのではないだろうか。
 
私が心に残すべき映像は、昨年10月に目にした、三枚目のエコー画像ではない。娘と交わす数々の会話、娘の抱っこ・娘のオムツ交換・娘の身体を洗うなどの感触、娘の身体から発せられる香り、娘が飲みきれなかったミルクを飲んだ時の味。それら、視覚情報に残せないものこそ、映像として心に刻むべきなのではないか。
 
娘と過ごす大切な時間を、いつまでも心に刻んでおくために、視覚以外の四つの感覚を研ぎ澄まそうと思う。そのために、意識的に目を閉じて、耳・肌・鼻・舌から、娘に関する情報を積極的に取り入れる。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青山 一樹(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

三重県生まれ東京都在住
大学を卒業して20年以上、医療業界に従事する
2023年4月人生を変えるライティングゼミ受講
2023年10月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に加入。
タロット占いで「最も向いている職業は作家」と鑑定され、その気になる
47歳で第一子の父親になり、男性育児記を広めるべく、ライティングスキルを磨き中

 
 

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2024-06-26 | Posted in 週刊READING LIFE vol.267

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