「格好良くあろうとする思いが格好悪い自分を作り出す」ということを気づかせてくれたワンシーン《週刊READING LIFE Vol.268 心に残る映像》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2024/7/1/公開
記事:松本萌(READING LIFE編集部ライティングX)
私のダンスのセンスは壊滅的だ。
元々ダンスは得意ではなかったが、小学校や中学校の体育祭でダンスをする際は人並みに踊っていた、はずだ。教師から「ちゃんと踊りなさい!」と指摘されたことはないので、上手くはないものの和を乱す程ではなかったと思う。
自分にダンスのセンスがないことをはっきりと認識したのは大学生のときだ。
英語が好きだった私は、大学2年生の夏休みに語学研修としてカナダに1ヶ月滞在した。カナダにいる間は大学の寮で寝泊まりをし、平日は大学で語学研修のプログラムを受け、週末は様々なアクティビティに参加してカナダでの生活を満喫した。カナダも夏休み中のため本来であれば現地の学生も休みを謳歌するところだが、数名の学生がボランティアで日本からの留学生である私達のお世話をしてくれた。
語学研修も佳境になりあと数日で帰国の日を迎えるタイミングで、夏休みを返上して私達のお世話をしてくれた現地の先生や学生、スタッフにお礼を込めてクラスごとに出し物をすることになった。せっかく語学研修に参加しているのだから英語の要素を入れようと、海外ではスキヤキソングとして知られている「上を向いて歩こう」を英語バージョンで歌うことになった。もう一つ何かしようとなったとき、高校生時代はギャルだったであろう風貌のクラスメイトの鶴の一声「みんなでパラパラ踊ろうよ。私踊れるからさ。みんなに教えるよ」でパラパラを踊ることになった。
出し物をする日まで余裕がない。残り少ない日々をカナダでの街並み散策にあてたい思いに駆られながら、授業後はみんなで集まってスキヤキソングの練習をしたり、ギャル風の友達からパラパラの猛特訓を受けることになった。
歌は好きなので乗り気だったが、運動は苦手なのでパラパラに関しては正直なところ「面倒くさいな。難しかったらどうしよう」と思っていた。いざ練習をしてみると複雑な動きはなく、同じ動作の繰り返しが多かったので「これなら楽しいかも」と思えるようになり、積極的に練習した。
当日はしっとりとした雰囲気で「上を向いて歩こう」を英語の歌詞で歌った後、大音量で曲をかけながらパラパラを踊ったところ、カナダ人からも他クラスの日本人学生からも笑いが起こり大盛況だった。
なんとか無事ダンスを終えてほっとしながら席に戻ったところ、他クラスの友人から「萌のダンス面白かった」と笑いながら言われた。みんなと同じ振り付けで踊っていたはずなのに、どういうことだろう。友人いわく「みんなよりワンテンポずれているし、なんだか動きがぎこちないんだよね。ロボットみたい」とのことだった。
その後何人もの友人から同じ指摘を受けた。自覚はあった。元々瞬発力がないので素早い動作やキレのある動きをするのが苦手だ。「次はどう動くんだろう」と頭で考えてしまうので、戸惑ってしまいすぐに次の動作に移れない。集団で同じ動作をするパラパラではちょっとしたズレが目立っていたのだろう。
薄々気がついていたものの、何人もの人に指摘されると「私はダンスが下手」と自覚せざるをえなかった。
救いなのは日本ではダンスが踊れないことで困るケースがほとんどないところだ。
アメリカの高校では卒業式前にプロムというダンスパーティがあるが日本にはない。フランス人の旦那さんと結婚した友人は、参列者の前で二人のダンスを披露するという文化に「恥ずかしかった!」と言っていたが、私にフランス人のパートナーはいないから問題ない。
困ることはないからいいのだ。
それでも曲に合わせてゆったりと体を動かしているさまがとてつもなく似合う人を見ると「いいな」と思ってしまう。カラオケでアイドルの振り付けをプロモーションビデオを見ながらかわいく踊る友人の姿を見ると「私もやってみようかな」と思うのだが、体が思うように動かない。
「だって自分はダンスのセンスがないから踊れない。踊ったところでロボットになってしまう」という思いが浮かんできて、体が鉛のように重く感じ動けなくなってしまう。
「ダンスは見るもので自分がするものではない」という思いに縛られていた私だったが、ある映画のワンシーンに惹きつけられた。
その映画とは、日本では2004年に公開されたクリスマスを題材にした「ラブ・アクチュアリー」だ。アンサンブル・キャストで多くの著名な俳優が出演していて、豪華なキャスティングになっている。
物語はクリスマスの5週間前から始まって、エピローグはクリスマスから1ヶ月後に設定されている。シーンの大半はロンドンで撮影されており、エンディングはヒースロー空港での人々の出会いや別れのシーンが映し出されてグッとくる。ドキドキハラハラするシーンはなく、様々なかたちの恋愛が描かれており、見終わった後に心が温かくなるストーリーで私のお気に入りの映画だ。何度も見たくなるのでDVDを買ってしまった。
私が大好きなシーンというのはヒュー・グラント扮する年若く優柔不断な雰囲気が否めない英国首相が、高圧的なアメリカ大統領に追従することなく、メディアの前で自分の意見を発信した後のシーンだ。長い一日が終わり、一人で首相官邸の窓辺に立ちながらテレビかラジオから流れてくるポインター・シスターズの「ジャンプ」を聞いているうちに自然と体が揺れ始める。ドンドンのってきてノリノリのダンスをしながら深夜の首相官邸を練り歩き、あたかもマイクを持っているかのように歌いながらクルリと振り向いた瞬間秘書に見られていることに気がつき、慌てていつもの優男に戻る。
悦に入りながら踊る姿は常日頃様々なプレッシャーを受けながら一国を治めている悩める首相ではなく、心躍るほど嬉しいことがあってその陽気な気分が溢れ出して思わず踊り出してしまったティーンエイジャーのようだった。
嬉しいことがあると人は顔の表情だけではなく、自然と体全体で喜びを表現するのだと気づかせてくれたシーンだ。
このシーンは初めて映画感で見たときから好きな場面だった。ただ当初は「ノリノリのダンスシーンを見ていると楽しい気分になっていいな」と思うだけだった。何度も見るうちに気づけば私にとって「心に残るシーン」になっていた。
なぜ私の中で心に残るシーンになったのか。
それは意識して踊ろうとしているのではなく、知らずに体がリズムにのって動きだし、いつの間にか感情に身を任せ踊り出していることが伝わってきたからだ。「自分はやり切った」という高揚感と、音楽のメロディーと歌詞の内容がマッチし、思わず踊り出してしまっていたからだ。
大人になれば、ましてや首相という立場であれば自分一人の考えで行動するのは難しく、感情に任せて行動する場面は少ないだろう。そんな一人の大人が思わずノリノリで悦に入って踊る姿は、見ているこちらの心もウキウキとさせた。
ヒュー・グラントの体が自然と動き出すシーンを見るたびに「私もあんな風に思わず踊りだしたり、熱唱してみたい」という気持ちが生まれた。それと同時に「私がやってもぎこちなくて格好悪い」という否定的な思いが生まれることに気がついた。
なぜ「格好悪い」という言葉が私の中で生まれるのだろうと疑問に思い「なぜ私はそう思うの?」と自分に問いかけてみた。すると私は「どんなときもうまくやろう」なんなら「どんなときも上手にできないとダメだ」と思っていることに気がついた。誰に見せるわけでもない動作でさえ人の目を気にしている自分がいた。
音楽を聞いていて体が揺れるときは揺らそうと思って揺れているのではなく、無意識のうちに揺れている。そんな無意識な行動に対してまで「人の目」という意識的行動を当てはめようとしている自分に気がついた。体の中から湧き出てくる感情に素直に行動することに関し、他人の視線を意識して「自分はやっていいのだろうか」「恥ずかしいことをしていないだろうか」と常に考えていた。
大学生のときの私のダンスはワンテンポずれてぎこちなく、ロボットみたいだったのは確かだろう。だからといって踊ってはいけないわけではない。パラパラを踊る私達の姿をみんなが楽しく見てくれていたなら、それで目標は達成しており大成功なのだ。それなのに私は自分のダンスへの他人の意見にフォーカスして「私は格好悪い。だから私にダンスは似合わない」という謎のブロックを作っていた。
「やりたいからやってみよう」という自分の気持ちに素直に従って行動するのと「できなかったら格好悪いからやらない」といってやらないのでは、どちらが格好悪いだろう。人の目を気にしてやらない方が格好悪いと私は思う。自分の内なる言葉に耳を傾けてあるがままの自分でいるには、自分の思いに素直でいることだ。あるがままとは上手くできる状態のことではない。
ラブ・アクチュアリーでのダンスシーンは私に大切なことを気づかせてくれたが、ヒュー・グラント自身は大嫌いなシーンで「ダンスなんて本当にしたくなかった」と言っているとことを最近になって知った。作中ではノリノリで踊っていたのでびっくりだ。本人としては不本意だったようだが、私としては自分の中のブロックを気づかせてくれた大切なワンシーンだ。
今も大切にDVDを手元に置いている。今度の週末にでもまた見てみようかな。
□ライターズプロフィール
松本萌(READING LIFE編集部ライティングX)
兵庫県生まれ。千葉県在住。
2023年6月より天狼院書店のライティング講座を絶賛受講中。
「行きたいところに行く・会いたい人に会いに行く・食べたいものを食べる」がモットー。平日は会社勤めをし、休日は高校の頃から続けている弓道で息抜きをする日々。
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